レアリティ100のNPCがお守りします 「はあ!?」

 奥の岩山から、何かが飛びだした。被験者たちが驚き、距離を取る。


 ガシャン、と機械的な音が地にぶつかる。飛びだしてきたものがゆっくり地面から起き上がり、二本の足で立った。


 人間? いや、そうか。グッドディードといい紅白といい、どうもまぎらわしいものが多いな。


 演舞と呼ばれたものの姿を観察する。赤い和傘を差して、黒っぽい紺の着物を着ている。荒野の青空の下、和傘の影に隠れてしまって顔の様子がわからない。着物の帯が腰にあることからして男性に見える。


 帯にくくりつけた刀に鎖が巻きついており、それをジャラジャラ言わせ、演舞が歩いてくる。限武の隣に立つと、静かに和傘を閉じた。


「……あっ、ロボット型のNPC? 人型かと思っちゃった」


 陽恋が演舞の顔を見て驚く。他の被験者たちも同じ反応をする。


「人間っぽいだろ。傘差してるとわかんねえよなあ、こいつ。苦儡屋演舞くぐつやえんぶだ。俺のNPC。かっけえだろ?」


 紹介に合わせて、演舞が閉じた傘を華麗に差し直した。歌舞伎役者のように”見得を切る”。おおお、と被験者たちがわいた。風で着物の裾と銀の長髪が揺れ、様になっている。


 銀とは言っても、つくりものめいたピアノ線にも見える髪だ。その顔と見得を切った手のひらは紺色。つやつやとしていて、関節部分がはっきりしている。限武の言う通り、傘で顔が隠れた状態なら人間に見えてしまう精巧なロボットだ。


 演舞の顔には唇がなく、ギザギザと角ばった歯がむき出しになっている。あやしげに目が光っていて、こわい。グッドディードに引けを取らないダークなデザインだ。


 昨日の実験にいた記憶がないが、人間に見えて気づかなかったのかもしれない。好削と限武のどちらかがNPCなんじゃないかと紅白のこともあり疑っていたものの、見当外れだったようだ。


「属性は電気。レアリティは77だ」


「77!?」


「すげえ!」


 称賛が飛ぶ。被験者たちは一様に感心している。反応からして、どうやら77以上のレアリティのNPCを持つものはいない。誰もが演舞に驚きと好奇の目を向けていた。


 僕は演舞のレアリティよりも、属性にほうに感心する。電気属性。今のところ悪と正義しか知らない僕には有益な新情報だ。


 反応に気分をよくした限武が得意げに続ける。


「レアリティ80と77じゃ、77のほうがいいよなあ。ラッキーセブン。ツキがいい」


「レアリティ80のほうがいいに決まってるだろ、ジジイ」


 好削が冷徹に返す。冷たいというほどでもないか。気心の知れた友人相手に、いつもの調子で返すという雰囲気が近い。


 演舞の登場にわいた効果もあってか、被験者たちは身を乗りだしている。岩に腰かけていたものや遠くのほうに立っていたものたちが集まり、演舞に見入っている。


 これはチャンスだ。一歩前に出る。もうひと押しさえすれば……。


「まあ、実際レアリティは高いほうがいい。これでびっくりしてる場合じゃねえぞ、おまえら。ここにはもっと御上おうえがいるんだからよお」


 もっと御上。限武が見る方向に視線が集まった。被験者たちの注目が僕たち二人に戻ってくる。


 一度ほぐれた緊張がこわばっていく。はからずも言うときがきて、言葉がつっかえた。しかし、グッドディードのレアリティを出すなら今しかない。むしろ好機だ。


 後ろでずっと不機嫌にしている自分のNPCをふり返る。


「さあ、グッディ。おいで」


 機嫌悪く口をいじっているグッディが、こちらをにらみつつも指示に従う。青空と荒野にまるでなじまない黒ずくめの不気味な男が隣に立つ。


「……僕の相棒、グッドディードです。属性は悪。レアリティは……」


 注目が刺さる。演舞の登場にも動かなかった悪属性のNPCの主人たちも耳をすましている。おとなしくしていた紅白がなぜかいきなり出てきて、耳に手を当てた。


「……100、です」


 荒野が静まり返る。被験者たちが目や口を大きくあける。


「……ひゃ、く……?」


「レアリティ……100、だって? ……本当に?」


「……どうぞ、ご確認ください」


 自分の情報パネルを回転させ、被験者たちに見えるようにする。パネルに顔を近づけ、みんなが星の数を数えていく。まっさきにパネルの前に駆けつけた紅白が、星を数え終えた手を大きく震わせた。


「……100だぁああああ~!! レアリティ100~っ!! えーいいないいなー! 唐梅くんめっちゃガチャ運いいじゃ~ん! レアキャラいいな~!!」


 僕の肩をぐいぐい引っぱり、揺らす。運がいいと言われて顔が引きつる。曖昧に笑う。


 紅白は確か、グッディの攻撃を見て引いていたはずだが……レアリティを知った途端、ころっと態度を変えて殺人鬼を褒めちぎっている。なんと切り替えの早いことか。


 羨ましがる紅白をよそに、被験者たちはあ然としている。悪属性の主人だった被験者たちも昨日の敗因の理由を目の当たりにしてか、眉間にしわを寄せている。


 紅白たちの反応に、グッディにはいつものニヤニヤ笑いが戻ってきていた。相棒が少し機嫌を直し始めたのをいいことに、僕は被験者たちに向き直る。


「NPCを亡くされた方も多いと思います。もし僕たちと協定を結び、協力していただけるなら、レアリティ100のNPCが皆さんをお守りします。いかがでしょう」


「はあ!?」


 と声をあげたのはグッディだ。何を勝手に、と驚愕している。回復した機嫌が一気に悪化する。悪属性の私がそんなことやるわけがない。そういった顔でこちらを見ているが、相手にしない。


「そのNPCを殺しまくったのは誰だよ」


 冷静な指摘が耳に届く。ネックウォーマーが再びこちらを見ていた。情報パネルを操作し、いっこうに名乗る様子のない男性の名前を調べる。『詫無わびなし』。


「このために殺したのか? なるほどなあ。ただ殺すんじゃなく、さきを見すえてやったのか。賢い、賢い。……で? それだけか? まだ何かあるんだろ。協力ってのはレアリティの情報を出すことだけか。ずいぶん親切だな、僕ちゃん」


 鋭い。レイド戦と称され、昨日も追いこまれたことを思い起こす。


「……それに関しては、今お話しようと思っていました。……これは何も、NPCを亡くした方だけでなく、全員に向けての提案なのですが……。……」


 次の言葉を出すのに抵抗を覚える。このやり方は正直言って好きではない。できることなら、こんな提案はしたくない。


 心の中ではそう思い、グッディの手前、表情を変えないことに力を注ぐ。意識して冷淡な声を出す。


「……協定、と言いましたが、これはただの協力関係ではありません。僕たち二人と協定を結んでいただいた場合、その被験者の方からは……ログインボーナスをいただきます」

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