正義の協定の申し出 「協定を結びませんか」

「あなた方をお救いします」


 後ろでグッディが歯ぎしりをする。

 僕の発言に戸惑う被験者たち。すでに実験開始のアナウンスが流れた荒野に、風と静寂が訪れる。


「救うって……どういうこと?」


 昨日の実験でイノシシのNPCを失った女性が、遠慮がちに声をあげた。


 荒野を見渡す。まだ自分たち以外の被験者やNPCは現れていない。実験は始まっているが、特に争いの音や振動は伝わってこない。


 それだけ確認すると、立っていた小岩をおりた。被験者たちに近づき、声のトーンを落とす。


「……これから世界中の被験者、NPCと戦うことになります。当然強いものが残っているはずです。これは世界規模の実験です。まだまだ被験者がいると考えていい。つまり、実験もまだまだ続く」


 不安げに数人がうなずいた。険しい表情で聞いているもの、うつむき自分の足もとを見ているもの。被験者たちの反応は様々だが、一様に重たい空気が漂っている。


「”協定”を結びませんか」


 返答を待たず、情報パネルを再び出す。自分のNPCの情報ページを表示する。


「まずはNPCの情報を出し合いましょう。レアリティを隠すことに意味はないと、昨日の実験でよくわかりました。情報パネルでは、自分の情報以外は相手の名前くらいしかわかりません。このさき、僕たちはお互いを警戒し自分を隠すのではなく、情報を出し合い協力していくべきだと思うんです」


 被験者たちが顔を上げ、それぞれの反応をうかがった。こちらの提案に異議を唱えはしない。が、進んで提案に乗ろうとするものもいない。


 そんな中で、悪属性のNPCの主人だった被験者が一人、ふんと鼻を鳴らした。黒いネックウォーマーをつけた男性だ。大トカゲの元主人。


「協力? よく言うよな。最初の実験で他の被験者とNPCを皆殺しにして、一人勝ち上がったようなやつがよ」


「……二人、です」


 男性の否定的な意見には返事をせず、話をずらして訂正する。


「このコンビは相手にするな、おまえら。こいつのNPCもとんでもないが、こいつはたぶんもっととんでもねえぞ。電子空間で殺戮ゲームを楽しむ悪の覇者ごっこ。協定だあ? 恐怖政治の間違いだろ。サイコなガキの遊びに付き合わされてたまるかよ」


 やはり、そううまくは運ばないか。


 悪の覇者。返す言葉もない。クラスメートを皮肉ったいいご身分に、今や自分がなっている。覆りようがない事実だ。


 昨日の実験で悪属性のみとはいえ、多くのNPCを無残に殺しているし、最初の実験の話まで被験者たちには流れている。その凶悪なコンビが信用を得て、協力してもらうのは至難の業だろう。


 男性の当然の反応を黙って聞き、グッディの変化にだけ気を配る。男性の発言に特に怒っている様子はない。どちらかというと、いきなり善人面し始めた主人に対し怒っている。


 どうしたものか。いや、反論がくるのはわかっていた。出し惜しんでいる場合じゃない。ここはもう、協定の内容について話を――。


「いい大人がやめて、こんな若い子相手に。そもそもあなたは人のこと言えないでしょ」


 僕が孤立無援状態から抜けだそうと口を開くと、さきほどの女性がかぶせてきた。


 女性の見た目通りの勝ち気な声に、男性はひる……まない。どちらも気が強い。黒のネックウォーマーと赤いコートの大人二人が、目の前で対立している。


 コートの女性はつり目にミディアムの茶髪だ。見た目の情報だけならキツい美人という印象で、声もキツい。だが、男性とのにらみ合いをやめて僕にふり向くと、一転して穏やかな態度になった。


「あの、陽恋ひこいです。陽に恋するで陽恋。火じゃないわよ、この性格だからよく勘違いされるけど。私でよかったら協力を。覚えてないかもしれないけど、昨日救けてもらったの。だからお礼に」


「も、もちろん覚えてます! 陽恋さん。僕の名前は唐梅です。よろしくお願いします」


 陽恋と握手する。救けたわけではなく、悪属性を倒した結果の偶然の産物でしかないのだが、せっかくの協力者だ。黙っておくにこしたことはない。


「ただ、ごめんなさい。NPCはもういないの。私が参加する意味はあんまりないかも……ねえ、他に誰かいない? この子の言ってることは至極まっとうよ。そうでしょ? 敵対はやめて、これからは協力すべきよ」


 女性の声にも、被験者たちはなかなか反応しない。話が長くなりそうだと荒野のあちこちに腰かけ、無言で様子を見守っている。


「私も参加しよう」


 見ている方向とは真逆のほうから声が聞こえ、後ろをふり返った。そこには、僕たちに負けず劣らずあやしい二人組がいた。赤マフラーと黒マフラー。朱雀と玄武、だったか。


「ふん。女どもは優しいな」


 ネックウォーマーがマフラーに悪態をつく。


「おいおい、ジジイも手あげてんだろうが。見えねえのかよ。老眼か?」


「それはおまえだ、限武げんぶ


 老眼らしい男性は、地面にあぐらをかいて手をあげていた。年齢の割に話しぶりは若く、飄々ひょうひょうとしている。

 女性のほうは岩に座り、足を組んでいる。妖艶な空気を醸しだしており、荒野には似合わない。あやしい二人組が自己紹介を始める。


「私は好削すざく。好き好むあまり削ると書く」


「限武だ」


「限度なき武道」


 と好削が代わりに続ける。


「ちげーよ。限界突破、武者修行! だから」


「ダサいぞ、ジジイ。漢字は同じだろうが」


 二人の軽快なやりとりに、微量だが緊張が和らいでいく。


「ご協力感謝します。好削さん、限武さん。昨日は落下の際に受け止めていただいて、ありがとうございました」


 言えずにいた礼を告げる。好削が目を細めた。腕を組んで、こちらに近寄ってくる。

 じっとりとしたまなざしで、僕のつま先から頭のさきまでを眺めた。全身をなめ回す視線。後ずさりそうになるも、こらえる。


 最初に目を合わせたとき、かわいらしい主人、生真面目そうだと自分をからかっていたのを思い出す。なめられているのを感じる。これまでの自分なら怒っているが、好削の無遠慮な行為に今は耐える。


「悪いが私もNPCはいない。代わりに……おい、限武」


 満足した好削が限武をふり返る。


「いいぜえ、坊ちゃん。唐梅、だっけか? 出し合おうじゃねえか。NPCの情報をよお。――来い、演舞えんぶ

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