ギリギリ正義 「僕にとってそれは、完全に悪だけど」

 ”ドア”をくぐり、フィールドに移行する。


 ランダムに選ばれたという未知のフィールドには、つい昨日戦った被験者とNPCたちがすでに待機していた。グッディを引き連れ、僕はこれから実験が行われる新たなフィールドを見渡す。


 ……荒野フィールドか。


 巨大な赤茶色の岩壁の上に立っている。青々と雲一つない空が広がり、遠くには似たような岩壁がいくつも立ち並んでいた。


 美しい。本当にここは電脳世界なのか。


 こんな状況でなければ、間違いなく感嘆している景色だ。ここで殺し合いを行うとはとても思えない爽やかな風が、肌をなでていく。


 周りの被験者の様子をうかがう。前回の実験で最初見たときよりも、数は減っている。NPCだけが死に、一人とり残された被験者たちも来ていた。各々武器を手に、実験に参加しに来ている。もくろみ通りだ。


「ヤッバ~い!! 何これすっごーい! こんなフィールドあるなら最初から出してよ~やっとゲームらしくなってきたーっ!!」


 紅白が空気も読まず、うきうきと喜んでいる。はしゃいでいるのは彼だけだ。


 昨日とは打って変わって、被験者たちには緊張感が漂っていた。誰も会話せず、これから戦う世界中の被験者を前にピリピリしているのが明らかだ。


 マフラーの二人組も来ているのを確認する。中には、昨日グッディが殺した悪属性のNPCの主人たちもいた。こちらも想定通り、僕たちをじっとりとにらんでくる。


 張りつめた空気に構わず、情報パネルを出す。ストアのページを開いた。淡々と操作し、衣服を一点購入する。すぐに学ランの上に黒いコートが出現し、自動的に羽織られた。びっくりするが、声には出さない。


 パネルを閉じようとして、画面の端にあるものが目に入った。


 隣でニヤついているグッディに目をやる。顔に巻いた赤い包帯をいじって遊んでいる。それを確認すると、さらにもう一点だけ購入した。


 血のように際立つ赤色のハチマキを頭に巻く。黒服に赤い布をそれぞれ巻いた不審なコンビが、荒野のまんなかに移動する。


 適当に見つけた小岩に登り、息を整える。ズボンのポケットに入れた手りゅう弾を取りだす。安全ピンに手をかける。何人かがこちらの挙動に気づき、視線を向けてきた。


 手が震える。これからしようとしていることに。うまく運ぶかどうかわからない。でも、やるしかない。


『それぞれのフィールドにお集まりくださった、世界各国の被験者の皆さん。お待たせしました。本日行われる実験は、前回に引き続きNPCの稼働実験。クエストも同様です。被験者の皆さんはNPCを稼働させ、問題がないか確認してください』


 こういうときにかぎって遅れてくれない、定例のホウライのアナウンスが荒野に大きく響き渡った。いったいどこからどのようにして流れているのか、皆目見当もつかない。


 不可思議なアナウンスにまぎれ、震える手で静かに安全ピンを外す。


『皆さん、準備はよろしいですね。それでは、本日のクエスト及び実験を開始します』


 開始のアナウンスを合図に、手りゅう弾を投げた。頭上で小型手りゅう弾が爆発する。


 上方からの爆発音に、実験開始と同時に飛びだそうとしていた他の被験者たちが止まり、いっせいにふり向いた。


 小型ながらも立派に仕事をした手りゅう弾が、煙と破片になり風に散っていく。上に向かって投げたものの、グッディはうざったそうに煙を手で扇いでいる。


 警戒する被験者たちを前に、小岩の上で姿勢を正す。手を後ろに回して組み、あごを引く。すっと胸を張る。


「ご注目ください。ここにいらっしゃる被験者の方々に、お話があります」


 しっかりとした声が荒野に通った。


 僕の真剣な面持ちに、被験者たちが顔を見合わせる。誰もがこちらを見て、聞き耳を立てた。僕のすぐ背後には、主人がこれから何をするのかと薄い笑みを浮かべている相棒がいる。


 ……この電子空間にやってきて、今日で三日目。まだ三日目だ。何度も死に、生き、死んだように感じる長い三日間だった。


 僕のNPCであるグッドディードが、他のNPCを殺し、人を殺し……多くを殺めた。もう戻れない。僕はこいつと共犯だ。人殺しだ。


 息を吸う。涼しい酸素が心地いい。それが決意を後押しする。


 グッドディードは殺しをやめるつもりはない。そして、僕はこいつの前で気に入りの主人……悪属性の主人でいなくては。


 こいつの反感を買って、死ぬわけにはいかない。グッドディードの好感を得ながら、できるかぎり抑え……その上で、僕の目的も達成するんだ。


 息を吐く。熱い空気となって、荒野に消えていく。この熱意まで消えてくれるなと息を止める。


 これ以上誰も殺したくはない。しかしそのためには、こいつを止められるものが必要だ。グッドディードよりも強い誰かの存在が必要なんだ。


 本当に欲しかったものは手に入らない。それどころか、いつかこの電脳世界で、みっともなくむごたらしく死ぬだろう。グッドディードといっしょに。死ななければならない。


 そう、僕らを倒す誰かが現れるまで。それまで、僕にできることがある。


 ここに何しに来た。……あちらでできなかったことを、しようと来たんじゃないか。


「あなた方をお救いします」


 空気が変わる。被験者たちの警戒が困惑、疑問へと移っていく。


 ――ガリッ。


 苛立ちを噛んで殺す音が聞こえた。グッディが歯をきしませ、不機嫌極まりない目で僕を見上げている。その姿をまなじりでとらえ、ふり切り、前を向く。


 あの日、ここへ逃げてきた。同じ諦めを口にする気はない。二度は逃げまい。


 本当に目指した形には、もうなれない。それでもなってやる。

 誰かを救うヒーローに。殺人鬼の相棒と二人。自分たちの方法で。


 僕はこいつをギリギリ正義にする。僕にとってそれは、完全に悪だけど。

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