グッドディードの行動原理 「非常に単純な答え」

 痛みを忘れて飛び起きた。毎度嫌なタイミングで流れるホウライのアナウンスに、耳の神経を集中させる。


 グッディはいつも唐突に現れるログインボーナスにしっかり反応して、手に取ったようだ。今日のボーナスを手に、横で首をかしげている。


『本日実施されるクエスト及び実験は、全世界中の被験者の皆さんをランダムなフィールドに集めて行われます。このあとすぐ、15時より。フィールドは荒野フィールド、砂漠フィールド、湖フィールドに……えー……あとなんだっけ。……まあ、そのような感じです。実験の内容は前回同様、NPCの稼働実験。クエストも前回と同じ、クエストAのみとなります。説明は以上です。それでは、被験者の皆さんはがんばってポイントを集めてください』


「なっ……待ってください! 湖フィールドと……それからあとは!? フィールドの説明をちゃんと……!!」


 さっさと話し終える形でアナウンスが途切れた。まるで説明責任を果たそうとしないホウライに、またしてもふり回される。


 次は世界中の被験者と実験を行う。その想定は当たっていた。一方で、まったく予期していなかった事態も同時に起きてしまっている。


 フィールドをランダムに選定? しかも、荒野に砂漠に湖? テスト空間ではない?


 自分たちが知っているのはテスト空間と休憩用フィールドだけ。他のフィールドに関しては未知数だ。なのにそれをすべて説明せずに切り上げるとは、どういうことだ。


 不測事態と不誠実機関に神経をすり減らす。そこへ、グッディがまたやってきた。学ランの袖をつんつんと引っぱり、手に持った黒いものを見せてくる。またネズミか、とのけぞる。


「ご主人様。これはなんですか」


 聞かれて覗きこむ。どうやらネズミではなく、グッディの今日のログインボーナスらしい。


「……こんぶ。だね」


 黒い物体の正体を答える。


「……」


 日本語が読めるのにこんぶがわからない、ロンドン生まれという設定のグッディが困惑している間に僕は混乱を切り替える。


 ひとまず、落ちてきた自分のログインボーナスを探す。カーペットの上を見渡すが、見つからない。


 床に手をついてもう一度部屋を見回すと、ベッドの下に転がっているものを見つける。手を伸ばして引き寄せる。意外と小さい。手のひらをひっくり返し、掴んだものを確認した。


 手りゅう弾。映画などで見るような拳ほどの大きさのものではなく、小ぶりだ。が、間違いなく手りゅう弾だ。


「ひいっ!」


「どうしたんですか、ご主人様」


 目ざといグッディがやってくる。急いで爆発物を背中に隠す。


「そういえば、ご主人様のログインボーナスはなんでしたか。昨日は刀が出ましたよね。ひょっとして、今日も――」


 じりじりと距離を詰められる。ベッドの角に足が当たり、シーツの上に転ぶ。下手したら刀よりよっぽど危険なそれを、後ろ手に枕の下へと隠す。


「……き、きき今日は、ハンバーガーだったよ。悪いね、グッディ。僕もお腹が空いていて、もう食べてしまったんだ」


 ええ、とグッディがあからさまにがっかりした。仕方ないなあという様子で、代わりにこんぶをかじってテレビの前に戻る。


 いっそ食べてくれるのなら渡してもいいが、この爆発物をよからぬことに使われたのではたまったもんじゃない。こっそりと情報パネルを再び出し、手りゅう弾の情報を見る。


 小型手りゅう弾。特に属性の記載はなく、レアリティなどの表示もない。おそらく、一度しか使えないものだからだろう。装備できる武器というよりはアイテム扱いか。


 手りゅう弾の情報ページを閉じ、パネルに表示されている時間を確かめる。


 実験開始時刻まで余裕はない。考えはまとまっているが、うまく運ぶかどうかはわからない。


 これから世界中の被験者、第ニの実験をさらに勝ち上がった強力なNPCたちと対峙することになる。それも、今までのテスト空間とは違う未知のフィールドで。


 その強力なNPCのうちの一人である僕のNPCは、テレビとこんぶにかじりついている。話題の殺人犯の家族構成に関する報道を聞き入っていた。


「……グッディ。きみは飲んだくれの両親を殺したそうだね」


 ベッドに座り、グッディの設定……家族について話を持ちかける。


 こんぶをかじる口を止め、グッディは流し目を送ってきた。口端を持ち上げて、うっすら笑うだけの返事をする。


 NPCの設定というものがどこまで詳細に位置づけられ、彼らの中に存在しているのか。それはまってくもって不明瞭だが、第三の実験が始まる前に、この殺人鬼の相棒に確認しておかなければならないことがある。


「……実は僕も両親がいなくてね。施設で育ったんだ。僕ときみは近いと言えるよ。お互い、家族を持たない身だろう。きみの行動に特に偏見もない。だから、安心して正直に僕の質問に答えてほしい」


 グッディがテレビを見るのをやめ、ゆっくりとこちらに歩いてきた。薄く笑い続け、ベッドに座る僕を見下ろす。


「……どうして殺した。両親だけじゃない。魔術師の仲間や、他の被験者、NPC……中には……別に殺す必要のない相手だっていただろう。それでもきみが殺しを犯す理由。殺し続ける理由はなんだ」


「自分以外が苦しいが楽しい、ですよ」


 目を見開く。力の入らないあごが下へ落ち、ゆるく口があいてしまう。グッディの思いがけない非常に単純な答えに、しばらくぼんやりとする。


 グッディがボーナスの最後の一口を大きな口に放りこんだ。得意気に笑い、噛み潰す。飲みこむと、ばさりとコートを翻して部屋に現れた”ドア”へと向かう。


「時間です。今日のクエストではもう邪魔されませんよ、ご主人様。次はなんと言われようと全体攻撃します。殺します」


 背を向け、告げる。黒い穴の前に立ち、こちらを見ようともせず殺人鬼がさらりと言ってのける。


「……ああ。次は殺そう」


 グッディが勢いよくふり返った。僕のぼそりとつぶやいた言葉に驚き、表情を明るくする。子どもっぽく、だだだと駆け寄ってくる。


「本当ですか、ご主人様! 次は好きに殺していいんですね!」


「約束するよ、グッディ。きみは昨日の実験で、がんばって証明しようとしてくれた。自分は悪属性の頂点であると。……だから、次は僕の番だ」


 ふんふんと聞いていたグッディが首をかたむける。


 ひざの上で手を組み、続きを待っているグッディの顔を見る。固まった決意を静かに実行していく。


「僕は……僕も、悪属性だ。だからね、グッディ。次は僕が証明する。きみの望む相棒だと、必ず証明してみせるよ」


 それだけ話すと、僕はベッドから立ち上がった。

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