第4章 ギリギリ正義

ファストフードとグッドディード 「なな、なんだこれはああ!」

 疲れ色の休憩用フィールド。安っぽいモーテルの一室。ここで過ごすのはまだ三日目だというのに、もうずいぶんと長く過ごしたような気がする。


『先日の両親を殺害し逃走した殺人犯が、国際指名手配となりました。さらに新しい情報が……』


「殺人犯? ひょっとして、私のことを言っているんですか」


 グッディは飽きもせず現実世界のニュースにかじりついている。テレビの前で首をかしげ、同じセリフをくり返している。


 昨日殺しを邪魔されて憤慨ふんがいし、そのあとぐったりと部屋に帰っていたのに、もう機嫌を直したようだ。あれから特に何も言ってはこない。なんなら、あのままずっと落ちこんでいてくれればよかったものを。


 嫌がらせをしてもすぐ立ち直ってくれるタフな相棒に個人的な念を送る。ねめつける。僕の視線に気づいたのか、タフガイグッディがこちらを見た。


 こういうとき、特に殺人鬼を相手にした場合、一般的には目をそらすのだろう。しかし僕は視線を外さない。


「お腹が空きました。ご主人様」


 ベッドに座って相棒を凝視している僕のところに、グッディがやってくる。視線の意味に気づいているのかいないのか、気さくに食事の催促をしてきた。


 指で空気をなぞって、情報パネルを出す。ストアのページにアクセスする。


 ストアには食料品の他に、紅白の言っていた通り衣料品もそろえられていた。ゲームの世界観を目的にやってきた被験者のために用意したと思われる奇抜な衣服がごまんとある。


 自分の情報ページに戻り、持っているポイントの残高を見る。


 このポイントがなければ、電子空間で生活することはできない。僕だけじゃなく、他の被験者たちにとっても重要なものだ。使いみちは慎重に考慮しなくては。


 そして僕には、個人的に使いたくないポイントというものが存在する。最初のクエストで得たポイントだ。これには悪属性以外の……つまり、罪のない被験者やNPCの死がふくまれている。できることなら使いたくない。


 このさき、そうも言っていられない状況がくることはあるだろう。でもこの制約でたとえどれだけ苦しくなろうと、頑固な自分はきっと使わない。


 食料品のページにいく。昨日のクエストで得たポイントを少しだけドルに変換する。


 ハンバーガーに始まり、ピザやポテトといったものを試しに注文した。普段なら買わないが、安く、かつ体に悪そうという今にいたっては理想的な食べ物だ。グッドディードには一番いい。


「……ぶっ」


 ばこっ、ぽん、バラバラバラ。相棒の不健康を企てる僕の頭に、軽い衝撃がくる。いったいなんだ? 混乱していると、次の瞬間視界にうつったのは、ポテトの雪崩。


「わああああっ! なな、なんだこれはああ!」


 大急ぎで床に散らばったポテトをかき集める。グッディはポテトの山に埋もれているハンバーガーと、僕の頭に落ちてきたピザの箱を取る。ポテトには目もくれず、テレビの前に戻っていった。


「……す、すごいな。速達中の速達だ。……電子空間だからできることなのか」


 注文したものが一瞬で到着して、意表を突かれる。夢のようなシステムだ。現実世界にだってこんなものはなかった。ここに来てまともに感動できたのは、おそらくこれが初めてだ。


 紙パックに戻したポテトを一本取り、少しかじってみる。


 ……味がしない。電脳世界でとる初めての食事は味気ないもの、というより味のないもの。このポテトに問題があるのか、単に電脳世界の食事はこういうものなのか。そこで、別の理由に行きあたった。


 当然だ。これは、いわば汚い金だ。悪属性のNPCたちとはいえ、何かを殺して稼いだポイントで買ったもの。うまいだなどと感じられたら、それこそ異常だ。


 もそもそと味のしないポテトを噛み、昨日の実験を思い返す。ベッドに座り直し、情報パネルを操作する。グッディの情報を再確認していく。


 スキルと能力値。ビルの屋上で会った男性が言っていた情報だが、いくら探してみてもそういった記載は見当たらない。


 グッディの使う魔術、特にあの全体攻撃について詳細を調べたくとも、自分のNPCの情報ページに書かれているのは名称、設定、レアリティ。この三つだけだ。NPCが使う攻撃技については何も書かれていない。頭痛に襲われる額を手で押さえる。


 次の実験が今日にも行われるだろう。それも、今度は世界中の被験者たちと。


 最初は日本近畿地区、そして日本全国。こうなったら次は当然他の国の被験者と、クエストと称された殺し合いをすることになる。


 グッドディードに対して、今後どう対処していくか。その決意、考えは固まった。


 自分のNPCに攻撃することはもうできない。ホウライが禁止すると言った。いや、どのみちしたところで敵わない。


 いっそ実験の度にケンカをしてホウライの反感を買うか、とも思ったが、すぐにその案は端に追いやられた。


 サイバーセカンドは殺し合いをさせたがっている。被験者たちが互いをかばい合い、おとなしくなってしまうような状況になるのは困るはずだ。好き好んで殺戮をくり返すグッディのようなNPCは、サイバーセカンドからすればいてくれたほうが都合がいい存在だろう。


 つまり、仮に度重なる違反によってサイバーセカンドが自分を処分することはあっても、グッディを処分……データ削除することは、きっとない。ならばやはり、方法は一つしかない。


 そこまで考えて、グッディに目をやる。食べ終わったピザの空箱を捨てている。ふいに、パシッと何かを手に取る仕草をした。


 グッディの動向を敏感に察知して、構える。が、頭上から降ってくるものには気づけず、僕の頭頂部にまたも硬いものが激突した。


「あ”ああああ!!」


 痛む頭を抱え、カーペットの上をのたうち回る。


『おはようございます。日本全国の被験者の皆さん。本日のログインボーナスを配布します。つきましては、次のクエスト及び実験を実施させていただきます』

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