第二のクエスト終了! 本当の勝利 「二度は逃げまい」

 グッディが全員に向けて質問する。静まり返った空間に、殺人鬼の声だけがやたら大きく聞こえた。


 誰も反応しない。被験者も、NPCも、誰もが立ちつくし、グッディの挙動を必死に追っていた。自分を抱える二人組も、あの果敢に戦いを挑んできた紅白ですら戦意を失い、呆然と立っている。


 悠々としているグッディに、誰も立ち向かおうとはしない。僕は、いだいた二つの希望が完全に打ち砕かれたのを実感した。


 ダメだ。敵わない。誰もこいつに敵わない。


 悪属性の頂点。嘘などではなかった。別に本当に疑っていたわけじゃない。強いのはわかっていた。


 誰もこいつを倒せない。悪属性の中にも、それ以外にも。日本中のNPCを集めても。


 グッドディードより強いものが、いない。


 すべての頂点かもしれない男が、こちらをふり返った。いつもの調子に戻り、機嫌よく歯を見せている。次いで、もう一度周囲を見回した。


 ……まずい!!


 僕は飛びだした。止める二人組をふり切り、血桜に向かって走る。


 グッディが仰々しく咳払いをした。そして、ふざけるように何かをまねて言う。


「あー……皆さん、準備はよろしいですね。――それでは、本日の殺戮及び殺戮を開始します」


 グッディが手をあげようとする。拾った血桜で斬りかかる。簡単にふり払われた。起き上がり、めげずに斬りかかる。


「ホウライいいい!! 終われ! 終われぇえええええっ!!」


 グッディがまねた人物に向かって叫ぶ。声を枯れさせながら、グッディに指で止められている刀を押す。せいいっぱい押す。


『……おいおい、何やってんだこのバカ。自分のNPCと戦ってどうする……。ほら、誰かとっとと止めなさい』


 見かねたホウライがやっとアナウンスを流した。僕たちを止めるよう他の被験者に指示するが、誰も動こうとはしない。いきなりケンカを始めたコンビに、ただただ戸惑っている。


「ほら見ろ! みんな僕らをこわがってる! 誰も攻撃しやしない! 勝ちだ、僕らの! 僕らの勝ちだぁああああ!!」


 狂い叫び、被験者たちに向けて狂気まじりに笑う。押し続けている刀がいっこうに効かないグッディが、僕の言葉を否定する。


「まだです、ご主人様。クエストAでポイントを稼げます」


『そうだ、攻撃しろ。まだ実験は……』


「あっ、命令しないでください! ご主人様でもないのに」


『はあ? 何言ってんだ、このザコNPCは……おまえをつくったの、私たち研究員ですけど?』


 ホウライの命令にグッディが突っかかる。おまえは主人の言うことだって聞かないだろうに。個人的な感情をふくめ、よそ見するグッディに蹴りを入れる。がっ、と頭を掴まれ、後ろへ投げ倒される。


 ザコという発言に機嫌を悪くしたグッディが、ホウライの声のするほう、つまりは特にあてもなく上のほうに向かって魔術を放った。赤い光線がそこかしこに降り注ぎ、被験者たちが逃げ惑う。


「あっぶな。まじキツいわあ。こっち老人なんですけどお~」


「危険なNPCだな。誰か警察を呼べ」


「ヤバいよおお~、負けちゃうよおお~っ!!」


 マフラーの二人組が軽口を叩き、ひょいと光線をかわした。紅白もわめきながらよけている。他の被験者やNPCも、それぞれ障害物に身を隠す。すんでのところで障害物に光線が突き刺さり、僕は青ざめる。


 無我夢中でグッディに飛びかかった。またふり払おうとするグッディの腕に噛みつき、ボサボサの髪を引っぱる。


『あー……もう……』


 ホウライのうんざりとした声がもれた。一拍遅れて、ビーとやかましい警報がテスト空間に鳴り響く。


『本日のクエスト及び実験は終了です。被験者とNPCは休憩用フィールドに移行してください』


「あっ」


 グッディが声をあげる。待ち望んだアナウンスに、僕は食らいついていた口を離した。


 テスト空間の脇に”ドア”が複数現れる。被験者とNPCたちがきじすを返し、我さきにとぞろぞろ黒い穴に向かっていく。僕は歯を見せて笑う。ほくそ笑む。


 笑っているのに気づいたグッディが、わなわなと震え、突き飛ばしてきた。もう何度も床に打ちつけた体を揺らして、構わず笑う。


「あはははは! どうした、邪魔されて悔しいか、グッディ」


「ご主人様!! なんでこんなことするんですか! まだいーっぱい敵が残ってたのに!!」


 獲物を逃したグッディが素直に激昂する。子どもっぽく地団駄じだんだを踏み、一生懸命怒りを表現する。その様にますますおかしくなって、床を転がり、腹を抱えた。


「あはははは!! ……ああ、おかしい。僕はね、きみが笑っているより、怒っているほうがいい。楽しいね、グッディ。楽しいよ」


 グッディが怒りに震えた。寝転んだまま、見下すようにそれを見る。


「……何か問題あるか。仲間の邪魔をして、喜ぶひどいやつ。悪属性の相棒だ。きみが望んだ」


 グッディが震えを止めた。数秒考え、悔しそうに口を結ぶと、それでもはやり地団駄を踏む。頭をかきむしる。


『とっとと帰れ、このバカ二人が。以降、自分のNPCへの攻撃は禁止。次実験をむちゃくちゃにしたら、容赦しませんよ』


 ホウライのアナウンスを最後に、髪をめちゃくちゃにしたグッディが手を止めて歩きだした。悪属性の主人を置いて、肩を落とし、悪の頂点はさきに帰っていった。






 第ニの実験が終わった。


 相棒も、他の被験者たちもいなくなったテスト空間で、一人仰向けになる。白い空とも天井とも言えないものがレンズにうつりこむ。実験をふり返る。


 ……どうにか今日は、グッドディードを抑えることができた。凶悪である悪属性のNPCにのみ、被害を抑えることができた。でも運がよかっただけだ。次はこうはいくまい。わかっている。


 静かに決意した。悪属性の死体が並ぶ床。同じようにして、瞳を暗くする。目をつぶると、脳裏に同級生の死に際の言葉を思い浮かべた。


 閉じた目をあける。白い空が、いつかの曇った雪空と重なる。もうどこにいるかもわからない相手に向かって、遅くなってしまった返事を口にした。


「……僕は、賞金を狙って来たわけじゃないんだ。あちらにも帰らない。帰れない。本当に欲しかったものも、もう手に入らない。……でも」


 胸に手を当てる。拳をつくる。息を吸いこみ、吐く。薄暗い、決して輝かしくない決意。それを言葉にする。


「きみがこちらに逃げたのを知ってる。僕も逃げた。だから、二度は逃げまい。僕はここで賞金も、欲しいものも手に入れず。……きみとさほど変わらず死ぬ」

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