レアリティ100VS有象無象のレイド戦 「足もとに群がる蟻」

 集中砲火が僕たちに迫る。思わず腕を前に出す。


「ぐえっ!?」


 何かに首が絞めつけられた。苦しい、と思うと同時に、強風が体を取り巻く。


「うわあああああ!!」


 グッディにえり首を掴まれ、一瞬でNPCたちの頭上に浮き上がった。放たれた火炎や電流が標的を失い、お互いにぶつかり爆発する。


 ビル3階分ほどの高さにまで飛ぶ。下方に広がるテスト空間を見ると、NPCたちが円になってこちらを見上げていた。またこれか、と思う暇もなく、NPCたちが空中に浮いている僕たちに向かってさらに攻撃を打った。


「ははははははは!!」


 狂気的に笑い、グッディが転回し空を飛ぶ。それを追い、火球や電磁砲が飛びかう。攻撃の嵐の中を、黒服のコンビが縦横無尽に飛び回る。


 色とりどりの火花が顔をかすった。宙に投げ出された足が、電流のさきにふれそうだ。強風と攻撃の渦にもまれる。僕は自分に攻撃が当たることよりも、もっと別の強い絶望に意識をとられていた。


 まずいまずいまずいまずい。この流れはまずい。


 グッディにぐいぐいと引っぱられ、テスト空間のあっちへこっちへと猛スピードで移動する。その度に学ランのえりが首を絞めた。息ができない。そんなことすらどうでもいい。


 ダメだダメだダメだ。この流れはダメだ。


 もうろうとする頭で考える。考えたくなどないおそろしい予測が立ってしまう。


 グッドディードのレアリティの高さに危機感を持った周囲が、敵意を向けてくること。それをグッドディードは、喜んで受け入れるであろうこと。


 もっともおそれていたこれらの事態が、今まさに起きてしまっている。そして、迎えてほしくない結末に向かおうとしている。


 攻撃の嵐がやむ。


 テスト空間の上空にいる。NPCや被験者たちの姿が、さきほどより小さく見える。吐きだされた火球がこちらに届かず、ゆっくりと下に落ちていく。


 誰もこちらに攻撃を届けられず、飛行して追ってくるNPCもいない。この時点で、グッディの方が優位なNPCなのはもう明白だ。


 普通なら高さに足がすくんでいる。しかし僕は、別物の恐怖に支配されていた。首根っこを掴まれぶらんと浮いて、目だけで隣のグッディを見る。


 ニタニタと不気味に笑い、余裕のある表情で下を見ている。足もとに群がる蟻を、これから潰そうとする子どもの目。


「……さて」


 一息ついて、グッディがつぶやいた。体中から汗が吹きだす。


 こいつ、またやる気だ。あれをやる気だ……!


 グッディがあいている片手をふり上げた。全身に鳥肌が立つ。つい昨日の未曾有みぞうの惨劇が、一気に頭を駆け巡る。


 もっともおそれていたこと。グッディが、自分より弱いであろう大勢の他者を前にすれば、当然あの魔術を使うだろうこと。そうなれば、赤い光線が無差別に飛び、分けへだてなくすべてを沈める。


 ぐちゃぐちゃと思考が入り乱れる。考えろと言い、考えるなと言う。鳴りそうになる歯を抑え、噛みしめる。ぎぎっ、と強く噛みしめる。


 何かを言え、とにかく言え。――言え、言うんだ!!


「……僕の質問に答えていないね、グッディ」


 ふり上げた手を止め、グッディがこちらを見た。ニヤついていた顔を落ちつかせ、きょとんとする。なんの話だ、と首をかしげた。


 それをメガネの奥からにらみ、焦りを知られないよう、わざとゆっくり話を続けた。


「ここに悪属性は何体いる。そう聞いたはずだね」


 あっ、という顔をして、グッディが素直に下を見回す。が、すぐに疑問を覚えてまゆをしかめ、こちらに顔を戻した。


「答えられなかったのは、ご主人様が私に攻撃したからです。忘れたんですか」


「きみは証明すると言ったね。自分は悪属性の頂点だと。……でも、本当にそうかい」


 無視して続ける。グッディが顔を引きしめた。


 僕の言葉の真意を探ろうと、鋭い目を向けてくる。とがった目線に刺され、いたって無表情を貫く。慎重に、頭にある言葉を選んでいく。


「悪属性の頂点、それは本当か。きみのあの魔術は、全体攻撃と呼ばれるものだろう。いわば必殺技だ。自分より強い相手に勝つために、ここぞというときに出すものだ。きみは今また、それに頼ろうとしているね」


 少ないゲーム知識を活用する。グッディの表情が変わる。不本意だ、という感情半分、行動を読まれていることへの不快感半分。


 目を少しそらしたグッディが、反論しようと口を開いた。それより早く言葉をかぶせる。


「きみ、本当は弱いんじゃないか」

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