レイド戦って何? ゲーム知識0なきまじめ、最大のピンチ! 「つるし上げ」

 ひやっとするのをよそに、紅白はまたも器用にするすると、グッディの攻撃をかわしていく。赤い光線がすでに剣山のように並ぶ場所で、颯爽と攻撃をすり抜ける。


 期待が希望に変わる。対してグッディは、むむっと不機嫌を色濃くした。


「ふ、服が!!」


 叫び声にはっとする。紅白が針の増えた剣山の中、自分の腕を見てぶるぶる震えている。


 着物の袖に、ほんの少しだが切れ目が入っていた。かすったのか。あれだけの光線の雨を浴びて、その程度で済んでいるのはむしろ奇跡的なはずだが、紅白はすごく驚いている。


「何このNPC……めちゃくちゃ強くない……? なんなの……」


 あなたの言うセリフか。と思いつつ、力任せに吹っ飛ばしてきた最低な相棒のもとに戻る。


 紅白がおもむろに情報パネルを出した。おっとりとしていた空気をがらりと変えて、僕たちの情報を確認している。


「唐梅と、グッドディード? ……ねえ、きみのNPCレアリティいくつ?」


「私は――」


「言うんじゃない!!」


 自慢しいなグッディの口を慌てて抑えた。僕の反応に、紅白は合点がいったそぶりをする。


「ふーん、高いんだね。それも相当。75以上あったりする?」


 冷静な推測に動揺を隠す。必死に頭を回転させる。


 レアリティを伝えるべきか否か。ゲームに詳しいこの人物が、グッドディードのレアリティを知ったらどう態度を変えるか。喜ぶのか? それとも……。


「……なぜそうなるんです。高い低いにかぎらず、レアリティの数値は隠したほうがいい」


「レアリティが低いのはもうありえないよ。でなきゃここに来てないでしょ」


 確かにそうだ。口をつぐむ。


「今残ってるのはNPCのレアリティが高い人たち。中から上が残ってる。その中でレアリティを出そうとしないのは、明らかに高レアリティ持ちの人でしょ。中レアは協力し合うべき。黙って一人で行動できるのは高レアだよ」


 紅白がすらすらと続けた。のんきに構えて見えたが、この人物は異様に強いだけではない。状況把握に優れている。


「それに中くらいのやつらがたくさんいるとこに上物じょうものが一人いたら、つるし上げくらって下手すればレイド戦になるからね。そりゃあ狙われないようにまずは隠すよ~」


 レイド戦? まずい、わからない。一時漬けの知識がついに限界を迎えた。


 用語はわからないが、つるし上げという言葉には強く反応する。それはまさに、グッディのレアリティを隠そうとした理由そのものだ。ズバリ、言い当てられた。


 グッディを誰かに倒してほしい。それははっきりしている。だが、これはグッディより強いとはっきりわかるものが現れたときの話だ。


 一対一で挑まれるならまだいい。が、強いかどうか確定していない有象無象うぞうむぞうの被験者やNPCに、一度に狙われる。その状況になるのは危険だ。万が一、彼らがグッディより弱かったら――。


 そうなったら終わりだ。ここにいるものがある程度強いことはわかっている。でも、ある程度なんて曖昧な推測じゃダメなんだ。情報の確定していない相手とは戦いたくない。戦ってはならない。


 紅白に情報を与えてはならないと判断する。なんとかごまかそうと、口を開きかけた。


「レイド戦? おい、高レアがいんのか」


 声にふり返る。紅白に集中していたせいで、周りの戦況を見られていなかった。


 黒いネックウォーマーをつけた男性が、大トカゲのNPCを連れてこちらに歩いてくる。大トカゲはさきほどのイノシシに勝ったらしく、向こうに死体が転がっているのが見えた。


「やめて、離して……っ!」


 イノシシの主人と思しき被験者が、大トカゲの口にくわえられている。茶髪に赤いコートを着た女性だ。泣いて抵抗するも強引に引きずられ、足の皮がすりむけている。


 男性は血と涙に濡れている女性など眼中にない様子だ。どうやら、生き残っているのは本当にとんでもない被験者たちのようだ。自分ももう、人のことは言えない立場だが……。


「いいじゃねえか、レイド戦。やろうぜ」


 男性の声に反応して、周囲の被験者がこっちを見た。自分の戦いを一時中断して、ぞろぞろとNPCを連れ、向かってくる。顔が引きつる。


 最悪だ。最悪の状況になろうとしている。


 紅白がためらいがちに男性に話す。


「えっ。いや、僕は別に……僕は、一人で……。……レイド戦じゃ、ポイント稼げないじゃん……」


 やわらかめに協力を否定するが、男性は構わず僕に話しかける。


「おい、高レアなんだろ。いくつだよ。言ってみろ」


 押し黙る。それをいいことに、集まった被験者たちがおのおの意見を述べ始めた。


「こいつ近畿地区会場のやつだろ。一組だけ勝ち上がったっていう」


「それって、自分以外全員殺したってことだよね」


「相当強いんじゃねえか」


 冷や汗をかき、お喋りなグッディの口を押さえ続ける。手で隠れてはいるが、殺人鬼は笑っているであろうことが感じとれた。


 僕は被験者よりも、その脇に連れているNPCたちを確認していく。大トカゲの他にも、基本的に体の大きなNPCが残っている。心なしか、黒い色をしたものが多い気がする。ひょっとして悪属性か。


 遠くのほうに、マフラーの二人組を見つける。こちらに来ようとはしないが、テスト空間の小山に腰かけ、状況を観察している。二人の連れるNPCまでは確認できない。


「こいつを協力してさきに倒して、俺たちの戦いはそのあとだな。どうだ? 皆殺しにされちゃたまんねえ。そうだろ」


 大トカゲの主人が作戦を告げた。周りの被験者がうなずく。まずいことこの上ない。


「そのあと……があればありがたいですが」


 本音を言う。


「はっはっ。ガキのくせに、結構な嫌味言いやがる」


 そうとは聞こえなかったらしく、男性が笑った。そして他の被験者に目配せをする。


 被験者たちがNPCに命令する。僕とグッディを囲むようにNPCたちが移動し、円になってそれぞれ位置についた。たくさんの敵意の目に囲まれる。


 ぞぞぞ、と背中を冷たいものが駆け上がった。NPCたちの視線からくるものではない。自分の後ろ。グッディから感じる、冷たいもの。


「ま、待ってください!! わかりました! 言います!! レアリティは……」


 僕の悲痛な叫びを押しのけて、NPCたちが円の中心に向け、いっせいに攻撃を放った。

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