紅白曼珠沙華、登場! 「ホラゲーの中ボスみたいでしょ?」

 パネルをもう一度確認する。何度見てもそこには「紅白曼珠沙華」と名称だけが書かれてある。


 これはNPC名ではなく、被験者名だというのか。自分のした予想が大きな勘違いだったことに戸惑うも、目の前の男に視線を戻す。


「……被験者、なん……ですか。つまり……人間? NPCじゃ、ない……?」


「え……僕、そんなにNPCに見えるの……。どこからどう見ても人間でしょ……」


 まあ人型ではある。ただ、あまりにも格好がひどすぎる。


 その名の通り紅白だ。白い着物に赤い血痕。ゲームの世界観を表現したと口では言っている電子空間において、この過激な見た目にNPCだと勘違いしてしまうのは無理もない。


 グッディと顔を見合わせる。悪の頂点はぽかんとしている。攻撃をよけられただけでも驚いているのに、それをやってのけたのがNPCではなく、まさかの人間。


 どうなっているんだ? この人物はいったい何者だ。グッディが面食らっている隙に、紅白をまじまじと観察する。


 曼珠沙華、とは彼岸花ひがんばなの別名だったか。被験者名は自分でつけているはずだ。わざわざこちらのマニアックな呼び名のほうを使っているのは、おそらく……。


「……紅白曼珠沙華。ひょっとして、紅白まんじゅうにかけているんですか」


「そうそうそう! そうなんだよ~おもしろいでしょ? この着物とお面はね、ストアで買ったんだよ。ホラゲーの中ボスみたいでしょ?」


「えっ。服を買えるんですか」


 聞いてもいないことを話しだした。日用品は自分で買えとホウライが言っていたが、ストアには衣服などもあるのか。奇妙な格好の理由が判明し一瞬感心する。が、食事の心配をしている割に何を無駄遣いしているんだ、と呆れる。


 隙をうかがい交流をはかってみたはいいものの、ノリが違いすぎて反応に困る。それにしても、ホラーゲームか。なるほど。生き残っているだけあって、この人もゲームには詳しいらしい。


「衣装変更できる点はちゃんとゲームっぽいよ。でも、テレビで言ってた職業選択がない……レベルの概念もないし。ありえないんだけど……想像してたのと全然違う~! しかも被験者は普通に死ぬって……ゲームの世界だって言うからてっきり死ぬことはない、もしくは死んでも生き返るんだと思ってたのに~……これのどこがゲームの世界観なの~っ!」


「……まったくです」


 油断したのか、紅白がベラベラと愚痴をこぼし始めた。ゲーム用語に必死でついていき、本心からの相づちを打つ。


「こんなの難易度ベリーハードじゃん……まあ、ヌルゲーよりいいけど」


 吹っきれたような、冷めた声を出す。納得がいった様子の紅白に反し、僕は彼の俊敏さにいだいた大きな期待が、あらぬ方向へいったことに焦っていた。


 正義属性の武器、血桜今日びがグッドディードに大ダメージを与えること。グッドディードを倒してくれるかもしれない強いNPCが今日の実験で現れること。これが、僕がいだいた二つの希望だった。


 ここには、実験を乗りこえた日本全国の被験者とNPCが集まっている。グッドディードの上をいく強いNPCがいても、なんらおかしくはない。


 だが、蓋をあけてみるとどうだ。現れたのは、強いNPCではなく強い被験者だ。


 このまま紅白にグッディと戦ってもらい、倒してもらうことを考える。果たしてそれは、問題ないのだろうか。


 NPC同士が戦うのはまだわかる。彼らは、この実験のためにつくられたデータだ。それでも、主人を守ろうとする健気なNPCたちが死んでいくのは辛く、耐えがたい。


 紅白は返り血と発言からして、ポイントのためにあちこち殺し回っているのが明らかだ。善良とは言えない性格。ただ、紅白の話が本当なら彼は人間だ。データではない。


 たとえ悪人であろうと、人間にグッドディードの相手を任せてしまってもいいのか?


 もし万が一、紅白が死んだら……そうなったら自分は、また責め苦にあえぐことになるだろう。


「くそっ……どうしてこう、うまく運ばないんだ……!」


 迷う。グッドディードを抑えたい。この殺人鬼を止めたい。だがそのためには、こいつより強い誰かが必要なんだ。


 まずはログインボーナスで得た血桜を使い、自分で戦ってみたが歯が立たなかった。正義属性の武器をもってしても、まるで敵わなかった。


 今、グッドディードより強いかもしれないものが目の前に現れている。それが人間なせいで、迷いを生じている。


 考えた末、ずっと感じていた一つの疑問をまずは解くことにした。


「……あなたのNPCは? どこですか。さきほどから、ずっと一人で行動していらっしゃるようですが」


「えっ。そ、それは……」


 紅白が言いよどむ。あからさまにおろおろとうろたえている。


 生きているということはなさそうだ。被験者が死にNPCだけ残っているのかと最初は思ったが、実際はその逆だった。NPCが死に、被験者だけが残されている。紅白のNPCも強い可能性に期待したのだが……。


 そこまで考えて、おかしな点に気がついた。


 紅白は驚くほど強い。人間離れした攻撃を放ち、それに関しては武器のなんらかの設定が関係している可能性もあるが、グッドディードの攻撃をさらりとかわしてみせたのは事実だ。


 そんな強い被験者のNPCが、こうもあっさりと序盤の実験で死んだのだろうか。紅白ならいくらでも守れるはずだ。他にもっと強靭なものがいて、自分だけなんとか逃げおおせたのか?


 さきを答えようとしない紅白に、事実確認を迫るつもりで一つ冗談を言ってみる。


「お腹が減って食べたんじゃないでしょうね」


「……」


 紅白が黙りこんだ。


 まさか本当に。次はこちらがうろたえる。ホラーゲームうんぬんと言っていたが、そういう趣味があるのだろうか。おびただしい返り血は、戦闘によるものだけではない? 紅白はうつむいて答えない。


「……うわっ!?」


 ずっと黙っていたグッディが、いきなり僕の肩をぐいっと押してきた。すごい力で横に吹っ飛ばされる。大人しくなった紅白を狙って手をかざし、悪属性が再び魔術を放った。

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