早くも強敵現る!? 「あなた、まあまあ速いですね」
のろい動きで立ち上がる。ズレたメガネを直し、黒い目でグッディを捉える。
「きみが死ぬかどうか、見たかった。武器を試したかった。それだけだよ。僕は、それだけだ」
グッディがゆるく口をあけた。主人がいきなり吐いた言葉に、目を点にする。思わぬ返答の処理に時間をかけている。
「何か問題あるか」
開き直って言う。
被験者らの怒号が響く。けたたましい獣の吠え声が空間を行き来する中、僕たちに静寂が流れる。
呆けた顔をうつむかせ、グッディが一歩踏みだした。ゆっくりと両手を伸ばしてくる。遠慮のない力で、僕の顔を大きな手のひらに押さえこんだ。
「――いいえ! ご主人様。何も問題ありません」
いつものように口をつり上げ、大きく見開いた目を近づける。ひどく興奮した様子で、グッディは狂信に酔った声をあげた。
「ああ、私のご主人様。悪属性の、悪属性の!!」
わしゃわしゃと両手で僕の顔を、髪をかき乱す。黙ってその様を見る。言葉を聞く。仲間を見つけて、大いに喜ぶ悪属性の相棒の好きにさせる。
ご機嫌の殺人鬼が気に入りの主人で遊ぶ一方で、横から何かを引っかく音がした。ガリガリと地を砕く音が次第に大きくなり、轟音となって、僕たちの間合いを突き抜けた。
――ズドォオン!!
すんでで目の前を通った衝撃波によろめく。波動に遅れて、焦げた床がひび割れた。割れ目は巨大な亀裂となり、地割れを起こして分断する。二つにわかれた床が、糸が切れたように跳ね上がり、僕は今度こそ盛大に転んだ。
「……聞いた? クエストをこなさないと、ご飯買えないって」
ちりと煙が舞うさきに、悲しそうな、しかし間の抜けた声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。急いで起き上がる。
白いがれきと破片であふれている。さきほどまでグッディと会話していた地点が、数メートルに渡る大きな地割れになり、白いテスト空間に黒の一文字をえがいていた。このとてつもない攻撃を放ってみせた当の本人に目を向ける。
「それってヤバくない? お腹が空いて、死んじゃうよ……」
悲壮感を漂わせてはいるが、まるでかわいそうにうつらない。警戒しながら、一応小さくうなずいてみる。
実験開始前、隣にいたショッキングな見た目のNPCだ。
白い和服には、今日の戦闘で新しくついたと思われる尋常でない量の血痕が染みこんでいる。おそろしい様相の印象のままに、強烈な攻撃をこちらに打ってきた。やはり周囲に主人は見当たらない。
攻撃を華麗にかわしたグッディが、ふわりと飛んでやってくる。ニヤニヤと笑い、情報パネルを出すと、僕に画面を見せてきた。
『
前にいるNPCの名が表示される。それ以外の情報はまったくない。
自分のNPCであれば詳細な情報を見ることができるが、他の被験者が連れたNPCの場合、情報パネルで確認できるのは名前だけなのか。不親切な仕様だ。
「だからさ、悪いんだけど……。その~、あの~……」
言いにくそうに口ごもり、紅白が頭をかく。血に汚れた癖っ毛の白髪が揺れ、和服の袖から筋肉質なたくましい腕があらわになる。
「……ポイントになってもらってもいいかな。僕の」
否定するかように、グッディが一撃を放った。言葉の代わりに魔術の返事を投げる。赤い複数の光線がグッディの手もとから現れ、目にもとまらぬ速度で紅白に降りかかった。
「危ない!!」
敵に向かって、つい叫ぶ。鈍く光る閃光が音を立て、ひび割れた床に突き刺さった。次々と大きな穴をあけていく。閃光の雨を縫い、紅白が凄まじいスピードですべてかわしてみせる。
……えっ? かわした?
「あれ」
グッディが声をあげた。攻撃をよけられて、むっとした顔をする。
「え? 何?」
紅白は息を乱す様子もなく、さも当然という体でこちらを見た。
グッディはふーん、と言って紅白を見返す。せっかく上機嫌にすることに成功した殺人鬼の機嫌が悪くなっている。だが、焦ったりはしなかった。それどころか、抱いていた期待が高まっていくのを感じた。
このNPC、強い。
グッドディードは自称悪の頂点だ。その頂点の攻撃をよけ、不機嫌にさせた。相当高いレアリティを持ったNPCなのではないか。もしそうなら、希望のうちの残り一つがここで叶ってくれるかもしれない。
不機嫌を隠し、気を取り直した風を装ってグッディが紅白に質問する。
「あなた、まあまあ速いですね。何属性ですか? レアリティは?」
「えっ。何言ってんの……僕、被験者だけど」
沈黙が支配する。無言でにらみ合う三者の周囲では、戦闘の騒音が続いている。十分な間をあけて、僕はぼそりとつぶやいた。
「被験、者……?」
……人、間……!?
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