今日からきみはグッドディード 「きみの名前を決めた」

「……うっ」


 穴から出てきた男の格好に、思わずうめく。


 白い和服を着た白髪の男性だ。顔には白い面。全身が白一色で、右手には大きななたを持っている。


 この白い異空間では、下手すると鉈が一人でに浮いているように見えたかもしれない。だが、男性のひどく特徴的な一点のせいで、まったくそのようにはうつらなかった。


 血がついている。男の白い全体に映える凄まじい量の血が、縦にびしゃりと長い「1」の字を書いて和服にはりついていた。和服に収まりきらず、白い面にまでかかっている。非常にショッキングな画だ。


「な……なんだ、あの……とてつもなく強そうなNPCは。……あれも殺人鬼か?」


 つい、のけぞる。ショッキングな和服は、妙にギャップのある緊張感のない声でぼやいた。


「ヤバい~……ヤバいよ~、負けちゃうよ~……」


 それは自分の殺人衝動に負けちゃうよ、という意味なのか。絶対に誰にも負けそうにない男に、目が泳ぐ。


 相棒も気づいて、おもしろそうに男を観察し始めた。男は一人でぶつぶつ言っている。近くに主人らしき被験者の姿はない。


 NPCが一人でふらふらしている? まさか、被験者が死んでNPCが一人残っているのか。


 高まる期待とは別に、ほんのりと暗いかげりが顔を出した。被験者が死んで失格となっても、NPCが生き残っている場合、勝手に実験に参加し続けるのか。となるとやはり、僕は死ねない。死ぬわけにはいかない。


 うつむき、考える。時間が過ぎていく。焦りを抑え、後ろで待機している相棒をふり返った。


「……次の実験が始まる前に、きみに確認したいことがある」


「はい。なんですか、ご主人様」


「きみは、僕を主人だと言うね。なら、僕が殺すなと言ったらできるかな」


「できません」


 驚かない。悪属性は性分で殺している、とはこの相棒自身の発言だ。要するに、こいつも性分で殺している。でなければ、見境なくあの皆殺しを行うはずもない。


 殺すなと言って聞く相棒ではない。想定通りの答えをのみこみ、考える。


 少なくとも、自分と同じ悪人だと思っている間、こいつは僕を手にかける様子はない。しかし、気の合う理想の主人だからといって言うことを聞く気もないという相手を、どうやって抑えるか。


 今のところ、希望は二つある。そう、二つもあるんじゃないか。この悪属性の相棒を抑え、これ以上誰も殺さずに済む方法が。今はただ、それにすがるしかない。


 情報パネルを出す。自分のNPCの情報ページに移動する。指を動かし、字を入力した。相棒がはたと何かに気づいた仕草をする。


 パネルを閉じ、相棒と正面から向き合う。


「きみの名前を決めた」


 相棒が首をかしげる。


「グッドディード」


 次は反対方向に首をかしげた。名前の意味に戸惑っているようだ。まゆをしかめ、英語に堪能な相棒は確認を取る。


「……”善行”、ですか?」


「ああ。善い行い。グッドディード。ブラックジョークだよ。皮肉がきいてるだろう」


 さらりと嘘をついた。自分がどれほど本気でその名をつけたか、話すときはこないだろう。


 相棒がうなった。不満そうだが、異を唱えてはこない。それをいいことに、強引に押し切る。


「今日からだ。いいね。――グッディ」


 愛称を呼ぶと、グッディは口をつり上げる。さっきまでの不満をかき消して、不気味に、上機嫌に笑ってみせた。


『テスト空間βにお集まりくださった、日本全国の被験者の皆さん。お待たせしました。本日行われる実験は、前回に引き続きNPCの稼働実験です。クエストも同様、クエストAのみとなります。被験者の皆さんはNPCを稼働させ、問題がないか確認してください』


 大幅な遅刻に関してはさして触れず、ホウライのアナウンスが流れる。稼働実験なんて回りくどい言い方などせず、はっきり「殺し合ってください」と言えばいいものを。


 アナウンスを合図に、被験者たちが顔を上げた。かたわらのNPCも、それぞれ起き上がる。


 空気が変わった。グッディに背を向ける。腰に携えた血桜に手をかけた。柄を握り、後ろに向かって静かに問う。


「……グッディ。ここに悪属性のNPCは、ざっと見てで構わない。どれくらいいる」


 グッディがあたりを見回す。きょろきょろと首をふる。


 柄を握る手に力をこめる。ホウライのアナウンスを待つ。


『皆さん、準備はよろしいですね。それでは、本日のクエスト及び実験を開始します』


 ホウライが言い終わる前に、僕は名をつけたばかりの相棒に斬りかかった。

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