ヤバいやつしか残ってない! 第二のクエスト 「朱雀と玄武?」

 凶悪コンビ。その一言で、刺さる視線の意味を理解した。ひやかすような声に目を向けると、男女の二人組と目が合った。


 黒いジャケットを着た男女がいる。若い女性と、老齢の男性の二人組。二人ともフォーマルな格好だが、それに似合わないマフラーをそれぞれ巻いている。女が赤で男が黒。マフラーで顔の半分が隠れて見えない、あやしい二人組だ。


 さっきの発言は女性のものだ。長い黒髪の中からギョロリと右目だけ覗かせている。首から下のグラマラスな体型とは裏腹に、陰鬱な雰囲気をした成人女性。


「おい、好削すざく。どっちが被験者だ、あれ」


 被験者には珍しい老齢の男性が女性に聞いた。ワックスでもつけているのか、白髪がイソギンチャクのようにうねうねとハネており、後ろ髪だけストレートに伸ばしている。仙人めいた風貌ふうぼうだ。


 男性は、テスト空間の白い小山にあぐらをかいている。……小山? 異変に気づいて、目をこらす。2、30人ほどいる被験者たちの視線を浴びながらも、フィールドを見渡していく。


 白いだけの空間と思われていたテスト空間のあちこちに、色こそ変わりないがでこぼこと、山や壁のようなものが点在していた。


 最初のテスト空間とは確かに違う。あちらはただの白い異空間だったが、このテスト空間βには障害物が設置されている。その障害物に身を預け、ペアルックのような格好の二人はお構いなしに話を続けた。


「後ろの外人風の男がNPCだ。メガネをかけているほうが主人」


 女性が男性の問いに答えた。男性がじろじろと、僕の着ている服を見る。


「……学生ぃ~? あの制服、コスプレじゃあねえよなあ」


「ああ、思っていたよりずっと若い」


「おいおい、ジジイへの当てつけかよ」


「黙ってろ、限武げんぶ


 朱雀と玄武? おそらく本名ではない。被験者名は何を登録しても構わないとホウライが言っていた。


「かわいらしい主人だな。ああいう生真面目そうなのは私の大好物だ」


「誰か警察を呼べ」


 生真面目な主人をよそに、赤いマフラーと黒いマフラーが堂々と噂話を続ける。悠々とした二人の態度に、強い違和感を覚えた。


 何かが違う。障害物だけではない。最初の実験と、大きく異なるところがある。


 違和感の正体を探る。ほどなくして、その正体にたどり着いた。


 余裕。このテスト空間βに流れる奇妙な空気。それは被験者たちの余裕だ。


 騒ぎ立てるものや、混乱しているもの。実験に不満を述べるものがいない。僕と相棒に視線をやりつつも、他の被験者と会話したり、自分のNPCをなでたりしている。


 不安そうなものも中にはいるが、圧倒的に数が少ない。やはり予想は当たっていた。


 ここには、日本全国の被験者が集まっている。あのクエストを勝ち抜き、凄惨な実験を終えてやってきた被験者たちだ。ここにいるのはレアリティの高いNPCと、その主人。強者のコンビが集っている。そう考えて間違いないだろう。


 そして何より、彼らの余裕は強さによるものだけではない。


 サイバーセカンドの言う”ゲームの世界観”に抵抗がないのだ。世界観に準じた本物の戦闘、殺し合いを疑問に思っていない。


 殺し合いを想定していなかった、いわば常識的な被験者は、状況を理解する前に死んでいった。僕も相棒がいなければそうなっていただろう。つまり……。


 まともなものは、もう残っていない。残っているのは、戦闘好きの被験者たちと、そのNPC。僕と……こいつだけだ。


「まだ始まらないんですか? ご主人様。15時とはいえ、アフタヌーンティーじゃないんですから。のんびりするのはどうかと思いますね」


 被験者たちの視線に負けずジョークを言い、相変わらずニヤニヤと不敵に笑っている。こいつもこいつで余裕しかないようだ。


 実験を止めたいと思っているものはいない。誰も望んでいないなら、僕も自分のことに集中するまでだ。実験に関してどうするかは、あとでいい。


 強者たちの独特の空気に気圧けおされる一方で、期待が大きくなる。僕たちの話がどれだけ伝わっているのかは定かじゃないが、このアウェーな空気はむしろありがたい。


 ただ、無闇に戦うつもりはない。戦う相手は慎重に――。


「おいおい、なんだありゃ。あれもNPCか?」


「ひゃあ! びっくりした~」


 他の男女の声にふり向く。見ると、”ドア”からまた誰かが移行してきていた。

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