不誠実機関め! サイバーセカンドの巧妙な罠 「”半分”しか帰れない」

 どこかから響く、二度と聞きたくない声に全身の血が凍る。


「もう次の実験……!?」


 昨日、あれほどまでにむごたらしい実験を行ったばかりだというのに。青ざめる僕とは正反対に、相棒は待っていたとばかり顔をほころばせる。


『本日実施されるクエスト及び実験は、日本全国の被験者の皆さんを集めて行われます。このあとすぐ、15時より。テスト空間βベータにて。なお、実験の内容は引き続きNPCの稼働実験。クエストの内容は前回と同じ、クエストAのみとなります』


 総毛立つ。クエストA。敵を倒す。被験者を殺し、NPCを殺す。たったそれだけのクエスト。


『それと、前回のクエスト及び実験にてもうお気づきとは思いますが、死んだ被験者の方は失格となり、賞金を手に入れることはできませんのでご注意ください』


 淡々と冷たい言葉に反比例し、怒りに煮えたぎる体が燃えた。


 何がゲームの世界だ、世紀の実験だ。こんなもの、ただの人体実験でしかない。賞金やゲームの世界観をエサに、人を呼びこんだのか。実験台にするために。

 閑暦という新時代になってなお、このような時代錯誤なことが行われるなんて。


 歯を食いしばる。現実世界からの救援は期待できない。なんとかして、この最低な実験を止めないと……!


「待て、ホウライ!! 死ぬ危険性があるなんて、聞いていない!! 自分たちが何をやっているのか、わかっているのか! こんな危険な実験だと知っていたら、誰も――」


 叫んで、やめる。相棒が見ている。黒い目が観察するように僕を捉えていた。


 ホウライに食ってかかりたいのを抑える。死にものぐるいで抑える。落ちつくんだ。相棒がいる前でうかつに喋るな。悪の主人が言いそうにないことを絶対に言うんじゃない。


『知っていたら? 変なことを言いますね。命の保証はなし、電子空間サイバーセカンドは現在研究中であり、被験者の身体・生命になんらかの危険が生じる可能性が高い。そうはずですよ』


「――!!」


 やられた。翻訳ツールなどというものを用意しておきながら、同意書は英語表記だったことの意味を思い知る。日本語で書かれていたなら、まず見逃していない内容だ。絶対にサインなどしていない。


 口頭で説明すると言い、さきにサインをさせた。こんなサインに意味などない。ただ、この際そこは問題じゃない。問題なのは自分のバカさ加減のほうだ。


 なぜ来てしまったのか。この不誠実機関がまともなわけがない。ずっとそうだったじゃないか。

 あやしいのはわかりきっていた。それなのに。いっときの熱情にかられて、判断を誤ってしまった。


『なんですか、何か文句でもあるんですか。ああ、帰りたくなりました? いいですよ、今すぐ帰りたいという人は帰してあげます。帰りたいなら手をあげてください』


 帰す気なんてないだろうが。目だけで声のするほうをにらむ。どちらにせよ、現実世界に戻るつもりはもうない。あんなことをしでかしておいて帰るくらいなら、僕はここで死ぬ。


 押し黙る。他の被験者の反応も待っているらしいホウライが、少しの時間を置いてアナウンスを再開した。


『誰もいないんですか? まあ、どっちみち”半分”しか帰れないんですけどね。今は』


「……は?」


 半分しか帰れない……どういう意味だ? 人数制限があり、半数しか帰せないという意味か。ホウライの言葉の意味を模索する。


『さきほども言いましたが、電子空間サイバーセカンドは現在研究中です。そのため、被験者の方は電子空間移行後に不可逆データとなります。不可逆というのは……まあ一回こっちに来ると、向こうに戻れなくなるってことですね』


「……つまり、結局帰れないってことじゃ」


『いいえ。半分だけなら帰れます。今の我々の技術だと、一度電子空間に移行した被験者を現実世界に戻す場合、体の半分くらいなら戻せる。ってことです。まあつまり――帰ろうとしたら、死にますね』


 けろっと言ってのける。最後の言葉に頭が白くなる。理解が追いつかない。


 体半分だけなら戻れる。現実世界に帰ろうとしたら、体が半分になる? そして……死ぬ。


『さっきも試したんですけどね。もうこれが……』


 ホウライがにごす。半笑いで。憤りがさらに熱を帯びる一方で、冷たいものが体を駆け抜けていく。


 本当に戻す気があったのかどうかは定かじゃない。だが、もしあのときホウライの「帰るか」という問いに応じ、戻っていたら……。


「ぐちゃぐちゃ、ですね」


 悪属性がホウライの言葉に続けた。こちらの考えの答えにもなっているが、反応はしない。


『まあそういうわけですので、皆さんは現実世界には帰れません。ただし今のところは、です。これから実施していく実験に参加していただくことで研究が進み、帰れるようになる可能性は多分にあります。そのための研究ですから』


 非道な実験を目撃した僕たちを、いつか本当に帰すとはとても思えない。たとえその研究とやらが成功しようと、絶対に帰さないだろう。


 そして、死んだ被験者は早くも研究に使われた。あのあと、亡くなった被験者たちの遺体がどうなったのか、相棒に引きずられるようにしてここに移行した僕にはわからなかった。でも、今の説明ではっきりする。


 ここにいる僕や他の生き残っている被験者たちも、いずれ同じ結末をたどるだろう。現実世界に知られることなく、このままひっそりと研究に使われ、抹消されるんだ。


 あらゆる感情からくる身震い。抑える。強く握った拳に、ツメのあとがにじむ。


『よって、参加期間は未定。いつか研究が成功し、皆さんが不可逆データではなく、電脳世界と現実世界を行ったり来たりできる体になるまで実験に協力していただきます。それが我々サイバーセカンドの主目的です』


 不可逆データの研究。それに僕たちの体を使うこと。これがサイバーセカンドの真の目的。

 やつらは最初から仕組んでいた。穴がない。巧妙そのものだ。


 クラスメートが審査に通らず、自分が通った理由も明確になった。現実世界から消えても、あまり騒がれない人間が選ばれていたのだ。


 僕や砂漠蔵のような、訳ありの人間を選んでいる。せいぜい捜索願が出て、そこで終わりの人間。ああやっぱりと言われて、それ以上話題にならない人間。


 ……現実世界から逃げたがっていた、孤独な人間をつけ狙ったんだ。


 床を見て、固まる。頭上に現れた何かに、沈んでいる僕は気づけない。それは回転しながら落ち、ガツンと大きな音を立てて、僕の頭頂部をいきなり突いた。


「あ”ああああ!!」


 突然の強い痛みにのたうち回る。


 おや、と床を転がる主人を不思議そうに見る相棒。そこへ、さらに別の何かが落ちてくる。こちらはぽすん、と軽い音。相棒がカーペットの上のものを拾う。ビニールに包まれたハンバーガーだ。


『話は変わりまして、本日より”ログインボーナス”の配布を開始します。ログインボーナスは被験者とNPC、各自に一日一つずつ配られます』

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