相棒の正体は○○○!? 「星が……100個ある」

「ほぎゃあああ!!」


 僕は飛び起きた。


「どうしたんですか。悪い夢でも見たんですか」


 黒いコートの大男が顔を覗きこんでいる。ベッドの端に無意識に逃げ、メガネを直す。


「……いいや。見るはずがないよ。これは現実だ」


 まだ雪の中をさまよう心地が消えないまま、言い聞かせるようにしてつぶやいた。目の前の相棒を見る。


 変わらずニヤニヤと口をつり上げている。僕が目を覚ましたのを確認すると、部屋のまんなかにある大きなテレビの前に戻っていった。昨日からずっとこうだ。


 少し意識を失っていた間に、何か妙なことをしでかしてやいないかとあたりを見回す。


 休憩用フィールドの一画にある、安っぽいモーテルの一室。ここで僕たちは休息している。窓の外には疲れた灰色。フィールドに人がいる気配はなく、誰もいない。


 外に出て探せば他の会場の参加者がいるのかもしれないが、ある事情から、相棒と二人ずっと部屋に閉じこもっている。


「ほう。これが現実世界の様子ですか」


 テレビでは現実世界のニュースが流れている。聞き耳を立てつつ、そっと情報パネルを出す。


 今できることを探し、パネルを調べる。「ツール」という箇所があり、選択すると、メールのアイコンやネットに繋げるツールが表示された。驚き、すかさずネットにアクセスする。


 警視庁のページにたどりつく。相棒をうかがう。テレビを見ている。


 問い合わせの欄に、これまで起こったこと、現在の状況をなるべく簡潔に打ちこみ、送信ボタンを押す。


『送信できませんでした』


 エラーが表示された。文を修正する。サイバーセカンド、実験、などのホウライたちが検出しそうな単語を消し、再び送信してみる。結果は同じだった。他のサイトでも試す。エラーしか出ない。


 ダメだ。受信はできるが、発信ができない。電子空間内でも現実世界のテレビを見ることができ、情報パネルからネットに繋ぐことが可能なようだが、当然のごとく対策されていた。


 警察は頼れない。いったん立ち上がり、相棒の背中にまわる。いっしょにニュースを見る。


 サイバーセカンドに関する報道はいっさいない。それどころか、あれだけ放送されていたCMや特集がぱったりと流れなくなっていた。


 ネットにも、サイバーセカンドに対する悪い書きこみなどは見当たらなかった。確実に情報が操作されている。


 サイバーセカンドは、このまま実験そのものをひた隠しにするつもりなのか。


『先日の、両親を殺害したと思われている殺人犯が逃走した件について、新しい情報が……』


「殺人犯? ひょっとして、私のことを言っているんですか」


 相棒の言葉に、後ろにさがる。情報パネルをもう一度開く。自分のNPCの情報を表示する。


 名前は未だ空欄だ。下にスクロールする。ページをくまなくチェックしていく。


 たくさん並ぶ星模様のさらに下、「設定」と書かれた文を見つける。不可解な文に釘づけになった。


『ロンドンで生まれた殺人鬼。酒に溺れる両親を横目に錬金術書を読み漁り、呪術、黒魔術と学んだのちに、両親を魔術の供物に捧げ殺害。以降魔術師となり、暗黒のミサを開き魔術師の仲間を集めるも、それを裏切り殺害。その後……』


 ロンドンの”殺人鬼”? さらには魔術師? なんなんだ、このごちゃごちゃしたストーリーは。そのへんの本をひっくり返して適当に単語を拾ったような内容じゃないか。


 わけがわからない。眉間をもむ。そこで気がつく。


 待て、ネットに繋げるなら――。


 再度ネットにアクセスし、検索する。ゲーム、NPC、設定、ステータス、スキル、属性……ゲームに関連する専門用語を片っ端から調べあげる。


 他の被験者たちが使っていた言葉、相棒が口にしたこと。それらを調べられるだけ調べ、最後にレアリティについて検索する。解説を読み、理解して、息をのんだ。


 相棒の情報を再確認する。ずらりと画面いっぱいに並んだ星のマーク。僕はこれを画面の柄だと思っていた。しかし、違った。


 この星は、NPCのレアリティを示すもの。レアリティ、つまり希少度。これが高いほど、高ランクな強いNPCということになる。


 パネルにふれないよう指を動かす。画面に並ぶ星を慎重に数える。


 ……100。100だ。何度数えても。星が……100個ある。


 実験で襲われた、悪属性の黒いドラゴンを思い出す。あのドラゴンがレアリティ10。主人である金髪の少年が言っていた。


 犯罪者がうんぬんというニュースばかり見ている相棒を、じっと観察する。


 10倍。あの凶暴なドラゴンの10倍のレアリティ。それが僕の相棒の強さだというのか。


 圧倒的な、目に焼きついて離れない、血のように赤い光線。あれは、相棒の放った魔術だったのだろう。魔術は一瞬にしてテスト空間を血に染めあげた。


 惨劇がフラッシュバックしそうになる。つい昨日の出来事だというのに、非現実的に、だが強烈に脳ずいへ残っている。


「お腹が空きました。ご主人様」


 さっと閲覧履歴を消す。相棒がテレビを見るのをやめて、のんびりと訴えてきた。平静を装い、簡素なキッチンに向かう。


 冷蔵庫があり、中にはすぐ食べられるパンやベーコン、チーズなどがたくさん入っていた。今は空になっている。相棒がすっかり食べてしまったらしい。


 ゲームのキャラクター、つまりはデータであるはずのNPCが食事することにも驚愕だが、あの量を食べつくしてしまうとは。パン用のバターすら空になっているではないか。なんと贅沢な、と施設育ちの僕は思う。


 食べ物の香りが残っていて、吐き気に胸を押さえる。電脳世界の食べ物がいったいどんな味なのか普通なら気になるところだろうが、僕自身はとても食事できる状態ではない。


「……少し、待っていてくれないか」


 パネルを操作する。自分の情報ページに戻る。


 昨日のクエストで増えたと思われるポイントと、それとは裏腹に「100$」という記載のまま変わりない金額が目についた。稼いだポイントに応じて変動するのかと勝手に解釈していたが、違うのか。


 謎の金額表示と同様、明らかになっていないことはまだまだある。


「……このお金、使っていいんだろうか。外に出て、食べ物を買ったり……できるのか?」


 相棒を連れて外に出る気はまったくないが、空腹にさせておくわけにもいかない。部屋を出ずになんとかする方法はないものか。


 這い上がってくるものをこらえ、考えあぐねていると、部屋のすみでごそごそとあやしい動きをしているものがいる。


「な……何やってるんだ!?」

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