第3章 電脳世界のきまじめと魔術師

白い砂漠の夜 「あんたが好き」

「あんたが好き」


 校舎の裏。茂みがうっそうと生え、夏の日差しと湿気と、その他もろもろで騒々しい学区内。


 高校にあがり新学期が始まってすぐ、トイレの壁にスプレーで派手に落書きしている女子生徒を見つけ、注意した。


 それ以降何かと自分に突っかかってくるようになり、どちらかというと短気な僕ははっきりやめろと強く言うため、さらに反抗してもみ合いになっている。


 その問題の女子生徒、砂漠蔵にここへ呼びだされた。今日も乱闘かと思いきや、今度はまた別の問題を僕に持ちかけてきたようだ。


「……砂漠蔵。学校は恋愛する場所じゃないんだぞ。そういうことばかり考えているのか。不真面目極まりないな」


「……」


 彼女の突然の告白に切り返す。僕はいたって大真面目だ。不純異性交遊などはどうかと常日頃から思っている。砂漠蔵は真剣に聞いている。


「それに、きみが僕に興味があるとは思えないな。僕たち、正反対すぎるだろう。だれかれ構わず声をかけてるんじゃないだろうね。だとしたら本当に不真面目極まりな――」


 ガラガラガラン。とゴミの雨。


 夏だった。砂漠蔵のひっくり返したゴミ箱には、飲みかけのペットボトルが大量に入っていた。僕のところにだけ、早めの梅雨が来たようなありさまになる。要はびしょぬれだ。


「砂漠蔵ぁーっ!!」


 乱闘が始まった。教室の窓からクラスメートがこちらを見ていて、カラカラと笑っている。


 夏の日差しと湿気と、その他もろもろで騒々しい学区内。騒々しいのは主に僕たち二人だった。






「まったく……なんなんだ、砂漠蔵め!」


 人気ひとけがないのをいいことに、大きな独り言を放った。ずかずかと足に怒りをこめて、数センチほど積もった雪を踏み鳴らす。


 すでに年末が近いというのに砂漠蔵との関係性は変わっておらず、今日もゴミを投げて寄こしてきたのでケンカになった。もはやクラスではいつものことという風に扱われ、僕と砂漠蔵のいさかいを気にとめるものはいない。


「一回注意されたからって、やつ当たりか! 僕は絶対に負けないぞ……いつか更生させてやる!」


 そう決心し、夜の早い冬の通学路を歩く。あたたかくも冷たくもない自分の家に帰ろうと、近道を選ぶ。


 住宅街に入り、さすがに足音を弱めた。人の気配がなく、暗闇と雪に埋もれた家々が廃墟に見える。まるで、白い砂漠を旅しているようだ。


 ふいに、その廃墟の中に目を引く文字が浮かび上がった。


『砂漠蔵』


 表札だ。見間違いようのない名前が書かれている。立派な家で、在宅なのか明かりがついていた。


 いくら砂漠蔵の態度に腹が立っているとはいえ、自宅に乗りこむつもりはない。足早に門の前を通りすぎ、裏に回る。


 少し進んで、立ち止まった。砂漠蔵がいる。家の裏庭の室外機に腰かけている。長く揺れる金髪で隠れ、表情はうかがえない。


 あんなところで何やっているんだ。と考えた矢先、砂漠蔵の様子がおかしいことに気がつく。


 下着姿だ。雪の中、上にぺらぺらのカーディガンを一枚羽織っただけの格好で、うつむいている。


 ただでさえ白い肌が、青白くうつる。色の消えた唇から淡い息を吐き、体を抱くように腕を組んでいる。そして、じっと何かに耐えて動かない。


 それは当然、寒さに耐えているものだとはた目には思う。しかし僕は、砂漠蔵が耐えているのはそんなものではないとわかってしまう。


 砂漠蔵は、確かに寒いのだろう。絶するような、凍えた場所にいる。


 室外機に座る砂漠蔵の後ろで、もれる家の明かりの中、他の家族が笑っている声を聞く。異様な光景にぞっとする。


 すうっと冷えていく。

 心が。体が。

 砂漠蔵に対する怒りさえ、何もかも。


 ……家族はなくとも、施設から閉めだされることのない僕と、家族があるのに家に入れない砂漠蔵と、どちらがより冷たいところにいるのだろう。


 砂漠蔵は、白い砂漠の中にいる。夜の砂漠で一人、凍えているのだ。

 誰にも見つけられずに。






「――ご主人様」

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