ブラッドグッドディード ～最強なのは俺！！ ……じゃなくて、僕の相棒！？ ～

NPCの稼働実験を開始します 「プレイヤー？ 被験者、だろ」

　巨大なツメが女性の腹を突き破る。腕に抱いたウサギのNPCごと貫いて、床に血文字がえがかれていく。

『それではゲームを……いや。実験を開始します』

　悲鳴を無視するホウライのアナウンス。僕は女性に手を伸ばそうと近づく。女性の体が宙に浮き、手をすり抜けた。

「ひゃはははは！！　すげえ、一突きだ！　見ろよ、俺のNPC。レアリティ10ってこんなにつえーんだな」

　上から飛んでくる笑い声に、顔を上げる。

　黒いパーカーのフードをかぶった、金髪の少年。別のビルにいた被験者だ。二足歩行の黒いドラゴンの背に乗っている。ドラゴンがのし、のし、と白い空間を歩く。

　ドラゴンの体には、金の光る目が複数ついている。ぎょろぎょろとせわしない動き。大きな腕のさきには、腹を貫かれた女性がおびただしい血を流してぶら下がっていた。

「……あなた……いったい、なにを……やって……」

「はあ？　クエストだよ。情報パネル見ろよ」

　クエスト。ホウライが言っていた。考える余裕もなく、今度は別の方向から悲鳴やおたけびが聞こえた。一箇所ではない。あらゆるところから発生している。僕は周囲を見渡した。

　NPCが暴れている。被験者や、他のNPCを襲っている。

　阿鼻叫喚の中、それがなんでもないことであるかのようにホウライが告げた。

『今回行うのは、NPCの稼働実験です。被験者の皆さんはNPCを稼働させ、問題がないか確認してください。ゲームの世界観を楽しんでいただけるよう、クエストをいっしょに設定してあります。詳しくは情報パネルを……』

　ホウライの話を最後まで聞けない。

　ドラゴンがよそを向き、少しさきにいる別の被験者を視界に捉えた。被験者の少女は腰が抜けたのか、床に座りこんで呆然とドラゴンを見ている。

「やめろ！！」

　僕は飛びだした。少女の前に立ち、手を広げる。

　ドラゴンがもう片方のツメをふり上げた。腕を構えるも間に合わず、腹に強い力が加わった。力の方向に引っぱられる。足が床を離れ、大きな風の音が耳を通りすぎていく。

　思わず閉じてしまった目をあける。

　ドラゴンがいない。腹には相変わらず強い力が加わっているが、痛みはない。悲鳴が聞こえ、下を見る。さきほどまで自分の後ろにいたはずの少女が、ドラゴンに食われている。

「……え……？」

　しびれる頭。必死に状況を理解しようとする。

「危ないところでしたね、ご主人様」

　後ろからの声にふり向く。相棒が笑ってこちらを見ていた。

　相棒に抱えられ、テスト空間の上空に浮いているのだとやっと理解する。原理はわからないが、相棒は空を飛べるようだ。再度下を見る。

　テスト空間の全体が見渡せた。

　あちこちで暴れまわるNPCと、逃げ惑う被験者たちの姿。黄色い目のドラゴンが、血まみれの少女を置いて歩きだし、次の獲物を探しにいく。

「NPC同士で戦うんじゃないのかよ！　俺たちプレイヤーは関係ないだろう！！」

「プレイヤー？　被験者、だろ。クエストの内容見ろっつーの」

　下から聞こえてくる会話に、震えてしょうがない手でパネルを開いた。クエスト、クエストと探すが、震えも相まってもたつく。変な画面ばかり出してしまう。

　僕の手を押しやって、相棒が空いた手で代わりにパネルを操作した。切り替わった画面に表示された文を読む。

『クエストA：敵を倒す。個体数に応じ、ポイント加算』

　たったそれだけの短い文。

「これが今開催されているクエストです。NPCを倒せばポイント加算、被験者を倒してもポイント加算、です」

　相棒の説明に耳を疑った。

　被験者を倒す……？　それがクエストの内容にふくまれている？　屋上で話した男性の言葉が思い起こされる。

　ゲームの世界観なんだから、バトルするに決まってるだろう。

　戦う……あの男性の言った通りじゃないか。しかし……。眼下に広がる地獄を見る。思わずつぶやく。

「……ゲー、ム……？　……これが、ゲームの……せかい、かん……？」

　NPCの断末魔が響いた。

　見ると、男性の被験者をかばって立っているロボット型のNPCが、ドラゴンのツメを押し返そうと踏んばっている。ドラゴンが足を踏みだして、NPCを押し倒した。鉄製の体に大きなツメがいとも簡単にめりこんでいく。

「か、帰る！　頼む、ここで帰してくれ！！」

　男性が叫んだ。ホウライの反応はない。帰す気などないのだと知る。腹が煮える。

　ドラゴンがNPCを噛み潰した。主人をかばう健気なNPCが、力なく倒れていく。

「……！！　……ひ、ひじき！　僕を下ろしてくれ！　そうしたら、きみは安全なところに隠れているんだ！」

「嫌です」

「えっ！？　な、なんだって！」

「そんな名前嫌です」

「あ、ああ。き、きみは安全なところにいるんだ。それで、僕のことは下ろしてくれ！」

　相棒が首をかしげた。納得がいっていない顔。

「僕を救けてくれたのはわかる、ありがとう……！　でも頼む……下ろしてくれ！！」

　体が宙に浮かんだ。

「……うわああああああ！！」

　一気に落下し、ぼすんと音を立ててやわらかいものの上に落ちた。どうやら、下ろされたというより落とされたらしい。

　急いで起き上がると、自分が落ちたのが大きな獣のNPCの上だったことがわかる。死んでいる。ごめんよと謝って、体から下りた。さきほど見た光景に向かって走りだす。

「やめろおおおお！！」