賞金1億と質疑応答② 「ここで僕は、誰かを救うことができる」

「こんにちは! 学生さん?」


「えっ、はい。初めまして。……どうしてわかるんですか」


「学ランで来てる……」


「あっ」


「まあ、私も専門学生だから学生なんだけどね。さっきはごめんね。譲ってもらっちゃってよかったのかな」


「いいんです。僕がさきに質問をしても、たぶん結果は同じだったと思うので……」


「ほへ? どゆこと?」


「なんだ、若いなあ二人とも。こんなあやしい実験に参加して大丈夫なのか?」


 首をかしげようとして女性が体ごとひねっている。ピンクのメガネが重力でズレる。そこへ男性が参加してきて、僕のところでも談笑が始まった。


 あやしい実験、と言いつつも、休憩用フィールドはどこも平和な空気に包まれている。


「テレビを見てたら、いきなり移行して~って言われちゃって。来ちゃいました。だってデジタルワールドだよ! 参加しないと! NPCも想像通りでめちゃくちゃかわいいし」


 ウサギのNPCをむぎゅっと抱きしめる。穏やかな空気がさらに温度を増していき、もはや楽しい空気へと変わっていく。


 女性が連れているNPCは、まさに僕がいだいていたイメージそのものだ。かわいい動物のキャラクター。実にほほえましい。それに比べて――。


「……」


 後ろをふり返る。


 相変わらず背後には、黒い大男がいた。首をかたむけて、屋上ではしゃいでいる他の被験者やNPCを無言で観察している。一人だけつまらなさそうに髪をいじり、その隙間から鋭い目を光らせていた。


 僕のNPCだけ、どうも雰囲気が違う。


 そもそも人間のNPCが周りにはいない。いるのは、ロボットのNPCや動物のNPCばかりだ。そのせいか、相棒はどちらかというと僕たち参加者の側にすら見えた。


 実際、女性と男性は僕の後ろに立つ相棒をNPCとは思っていないのか、グループの一員程度に解釈して会話を進めている。


「俺は見た目なんかどうでもいいよ。それより、スキルと能力値だろう」


「私は能力値は気にしないなあ~。レアリティも低い子のほうがかわいいデザイン多いし。進化するとかっこいい系になっちゃうよね」


 ゲームに詳しい二人に挟まれ、目を泳がせる。会話に入っていけない。


 電子空間はゲームの世界観を表現している。その実験に来るのは、当然ゲームに詳しい人たちだろう。


 すごく場違いなのを感じる。ゲームに詳しくないのに参加してしまって、僕は果たして大丈夫なのだろうか。


 あとで問題に直面することも考えられる。ならいっそ今勉強してしまおうと、恥を忍んで男性に質問した。


「すみません。スキルと能力値ってなんですか」


「ええっ。きみ、大丈夫か。ゲームが好きで来たんじゃないの。変わってるなあ……。スキルは技能。能力値はそのまんまだよ。体力がどれくらい、攻撃力がどれくらいっての」


「攻撃力? 攻撃、するんですか」


「きみ、本当に大丈夫か。ゲームの世界観なんだから、バトルするに決まってるだろう」


「……」


 バトル、だと。つまり戦う……のか。ゲームを目的に来たわけではない僕からすると、当たりまえのように話されても実感がわかない。興味もなく、思考が追いつかない。


 再び話についていけなくなり、棒立ちになる。クスクス笑い声があちこちでもれた。


 聞かれてしまったようだ。笑われている。


 僕はくっ、とうめくと、文字通り頭を抱えた。


 なんだ、僕の見方はそんなにもおかしいのか。だってこれは実験のはずだ。そりゃあゲームの世界を売りにしている以上は、遊べる要素も用意しているのだろう。


 でも、自分はここに遊びに来たわけじゃない。そうだ、たとえ参加理由が他と違おうと、僕は僕ではっきりとした目的があるじゃないか。


「……あの、つかぬことをお伺いしますが、ここで誰かを救うヒーローになれる……んですよね?」


 ホウライに聞けなかったことを男性に聞く。また笑われるかもしれないと思ったが、聞かずにはいられなかった。


「ああ、なれるよ」


 あっさりと肯定が返ってきて、ほっとする。


「なんでもなれるさ。ヒーローでも悪の覇者でも。他には盗賊とか、侍とか。一般的な役職はそろってるだろう」


 再度押し黙る。役職、という言葉にまゆをひそめる。


 侍はまだしも、盗賊だと。そういえば、特集で取材陣も言っていた。職業を選択するのか、と。


 何かが噛み合っていないような気がする。この実験に協力することで誰かを救けられる……それを比喩的に表現したのが”ヒーロー”という言葉だと思っていた。教授の真剣さから、そう感じとった。


 だが、男性の言い方はまるでヒーローという仕事があるというような表現だ。広義の意味ではなく、職業としてのヒーロー。


 自分は何か、大きな勘違いをしてここに来てしまっていないか。場違いではなく勘違い。動揺から出た汗が体を伝う。


「あっ、15時だよ!」


 声があがるのと同時に、移行してきたときと同じ穴が屋上に出現した。穴は黒く、何も見えない。これが”ドア”か。


『お待たせしました、日本近畿地区会場の被験者の皆さん。実験開始の15時となりました。テスト空間に移行してください』


 相棒を連れ、”ドア”に潜った。穴にのまれ、新たに決意する。


 ゲームの世界はよくわからないし、具体的に何をすればいいのかもまだわからない。それどころか、何かを間違えているかもしれない。だとしても構わない。


 ここで僕は、誰かを救うことができる。その意味でのヒーローになれる。いや、きっとなるんだ。

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