賞金1億と質疑応答① 「もっとも優秀なコンビには賞金1億円」

 礼も言わないホウライに呆れていると、メガネの女性が手をあげ、ぴょんぴょこ跳んで質問をした。腕には桃色のパッチワークを施したウサギのNPCを抱えている。


『皆さんにはこれからさっそく最初のクエスト及び実験に参加してもらうので、いったんここに移行させていただきました。ここはサイバーセカンドのフィールドの一つ、休憩用フィールドです。実験がない間は、ここで休息していただきます。草原フィールドは……まあ、そのうち使うでしょう』


 別のフィールド。それを聞いてやっと合点がいく。


 草原は存在していないわけではない。電子空間には様々な場所――フィールドがあるようだ。ゲームで言うステージみたいなものだろう。


 こんな疲れた灰色をした街よりも、草原のほうが安らかに休息できそうなものだが……休憩所に指定されている街を見回す。


 美しい草原を最初に見せたのはわざとだろうな、とも考える。最初に見たのがこの街だったら、来ない人間のほうが多かったはずだ。騙しうちのようで感心はできない。


 せきを切ったように、屋上のあちこちから声があがり始めた。今度は女性の隣に立つ男性が手をあげる。


「ゲームの世界観を取り入れたと言いますが、ジャンルは? MMORPG? まさかTPS? FPS形式という噂が海外であったが、本当ですか」


 エムエム……何それ?


『何それ?』


 あれっ、と自分の口を押さえた。声に出したつもりはない。周囲を観察する。誰もこちらは見ておらず、映像のほうに顔を向けていた。


 ホウライだ。ホウライが僕と同じく首をかしげて、男性の問いに問いで返している。男性はあからさまに戸惑っている。


 運営する側、それも開発総責任者がゲームに詳しくないとは……。しかし僕も人のことは言えない。男性が言った専門用語のただ一つも理解できなかったためだ。


 ずっと黙ってことの様子を見守っていた他の研究員がホウライに耳打ちする。だるそうに耳をかたむけて、これまただるそうに男性に視線を戻す。


『……MMORPG、だそうです』


「賞金1億については~?」


 遠くのほうで声があがった。緊張感のない、間延びした男性の声だ。


『ああ、そうそう。それ。賞金ね』


 忘れていたのか。かくいう僕自身、賞金の件ははなから頭になかったのでこれまた人のことは言えないが……。賞金目当てと思われる被験者たちはこぞって身を乗りだしている。


『もっとも優秀なコンビには賞金1億円、の点についてですが、クエスト及び実験に参加していただくことで皆さんにはポイントを集めていただきます。情報パネルをもう一度ご覧ください』


 画面に目を戻す。自分の登録名の他に、確かに「0 pt」と書かれてあるのを見つけた。その下に「100$」とも書かれている。ドル?


『このポイントをもっとも多く集めたコンビが、賞金1億円を獲得できます』


 歓声が起こった。そう大きくはない。見たところ、賞金目当ての被験者は少数派な雰囲気だ。僕も優秀なコンビを目指す理由は特にないため、関心のなさが顔に出る。


 ここに来たのは、単純に電脳世界を楽しみたい、もしくはゲームの世界観をこの身で味わいたいといった人間がほとんどなのだろう。あるいは、自分のような。


 そう、他の被験者がここに来た理由がどうあれ、自分には自分の目的がある。僕は手をあげた。メガネの女性もまた手をあげ、目が合った。


 あげていた手を引き、譲る。いいの? ありがとう。と小声で言い、女性が笑う。花がパッと開くような桃色の笑顔だ。思わずつられて、ほほえみ返す。


「実験はいつ頃終わりますか?」


『未定です』


「えっ。じゃあ、いつ頃帰れるかも」


『未定です。別に、戻りたいなら今すぐ戻してあげますよ。世紀の実験に参加することなく、このまま帰りますか』


 さきほどもさらっとこぼしていたが、少なくともサイバーセカンドはいつでも帰す気はあるようだ。


 異空間にワープするような話は、映画や小説の話とはいえ、もとの場所に帰れないという展開が多い。しかし、こと電脳世界にかぎってそういった問題はないらしい。一抹の不安が消える。


「いえ、参加します。そのために来たんで!」


 女性があっさり引く。笑っている横顔に、強い意志を感じさせる目がうかがえた。彼女はひょっとしたら、僕と同じような理由で来たのかもしれない。


 その質問を最後に、あがっていた手がおろされていく。他に質問したがっているものはいない。すかさず手をあげる。


「すみません。コード教授の説明について――」


『もういいですね。説明は終わり。ただでさえ予定が押してるんです』


 えっ。あ、ちょっと。手を必死であげる。にもかかわらず、ホウライはこっちを見ていない。質問を締め切り、話を進められてしまう。


『皆さんには、これからさっそく実験に参加していただきます。このあと15時より、テスト空間にて。”ドア”が出ますから、そこから移行してください』


「待ってください! まだ最後に聞きたいことが……」


「15時? 18時過ぎだったよな、確か」


 男性が街の時計台を見た。


「時間が巻き戻ってる? いや、時差か。こっちの世界での15時って意味だな。ややこしい」


「電脳世界の時間って現実世界と違うんだ。まあ外国の機関だし、日本を基準にはしてないよね」


 被験者たちは説明に満足したようで、談笑を始めている。僕だけがそれどころじゃない。


『待機中はアンケートにお答えください。ちなみに、NPCは特別な設定がないかぎり英語を使います。英語に堪能でない方は翻訳ツールを使うように。それでは』


「な、なんてグローバルな! って、待ってください! この実験で誰かを救えるんですよね!? 教授の言った、誰かを救うヒーローになれる、の具体的な意味は……!?」


 ホウライが背を向け、映像が消えた。肩を震わせる。


 くそっ。ホウライのやつ、僕にだけ態度が違わないか。電脳世界に来てまで、なぜこうも怒りにふり回されてしまっているんだ。


 僕は現実世界と同じ反応を電脳世界でもしていた。いや、させられているのだ。この不誠実極まりない機関によって。


 サイバーセカンドの一連の説明が終わった。被験者たちは本格的に談笑を始めている。感動の声がそこら中からあがり、NPCといっしょに街を探索するものもいる。


 動きだした被験者たちを見て、その中に知り合いの姿を探す。クラスメートは見当たらない。


 参加したがっているものがたくさんいたが、審査に受からなかったのだろうか。クラスメートより施設出身の僕のほうが通りにくそうなものだが……。


「すごいな、こりゃ。フルダイブなんてもんじゃない。いわば、電脳世界転移だな」


 まっとうな質問をしていた男性が隣で改めて感心している。こちらの男性もメガネをかけていて、僕に雰囲気が似ていた。


 男性はフルダイブに続きステータスがうんぬん、レベルがどうこうと難しい単語をつぶやいて情報パネルをいじっている。


 僕もまずは言われたことを終わらせようとパネルを開き、アンケートに答える。浮く画面に慣れず、がんばって記入していると、メガネの女性が覗きこんできた。

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