電子の同意書!? 「あとでとやかく言われると困るのでね」

『別に切断したりしませんよ。指を空中でスライドさせて、さっさとパネルを出してください』


 当たりまえだろう。いったい何を言っているんだ、この男は。


 また怒りそうになるのを抑え、警戒しつつ人さし指を出した。言われるままに、自分の前の空間を指さきで横になでてみる。


 電子音とともに、空中に小さな画面が現れた。見覚えがある。リビングで突如出現し、スロットを流していた不思議な画面だ。


 おお、と小さな歓声がいたるところでもれた。電子音が鳴り響き、みんながパネルを開いていく。


『それは情報パネルです。別に目新しいものではないですよ、現実世界でも流通しているレベルの代物ですからね。まあ、ブルジョワ限定ですけど』


 金持ちだけが使う高価な代物か。こんなものが世に出ていると知らなかった僕は、素直に感動する。しかし、ホウライはいちいち一言多い。


『情報パネルには皆さんの個人情報や、自分のNPCの情報。これから行われる実験や、ゲームの世界観に準じたクエストの内容など……まあ、これは追々配信していきますが。他にもできることがたくさん。この電子空間内で生活する上でかかせないツールです』


 なるほど、そうなのか。でもクエストってなんだろう。僕が考えている間に、周りの被験者は器用にパネルを操作して何かを入力し始めた。


 えっ、何? と慌てていると、ホウライが遅れて説明する。


『被験者の皆さんに、情報パネルで最初にやっていただくことをお伝えします。今開いた情報パネルの空欄に、ご自分の被験者名を登録してください。これはなんでも結構』


 状況を理解して、画面を指でさわり指示に従う。なんでもいいと言われても思いつかず、結局「唐梅」と名字だけ登録した。


『ついでに、同意書にサインをしておいてください。あとでとやかく言われると困るのでね』


 情報パネルの横に、別のパネルが出現した。電子書類だ。順番がおかしい。普通はここに来る前にサインだろうに。


 いろいろ言いたいのを我慢し、確実に内容に目を通そうと意気ごんだ。そして、書類の内容に引きつる。


 びっしりと画面を埋めつくす英単語。タップしてページをめくってみるが、すべて英語で書かれている。く、くそっ。高校生の英語力では厳しいものがある。


『同意書の説明はあとにもします。とりあえずサインだけしてください。気に入らないことがあればそこで帰っていただいて結構ですので』


 不誠実なだけじゃなく不親切な機関だ、と思うところだったが、口頭で説明があるならむしろ親切だ。納得がいかなければすぐ帰ろう。同意書にサインする。


『それでは、具体的な実験の内容についてお話します』


 一拍間を置いて、ホウライは落ちついた声で語り始めた。


『皆さんにはゲーム……のようなもの、の被験者になっていただきます。厳密には、ゲームの世界観を模した実験プロジェクト。我々サイバーセカンドが研究、開発した電脳世界であるところの同名、電子空間サイバーセカンドにて実験に協力していただく。というのが今回の内容になります』


 ふああ。後ろで相棒が大あくび。さっきからずっとつまらなそうにしている。まだ挨拶しかしていないが、僕とは正反対な性格のような気がしてならない。きまじめとふまじめ、か。


 説明の続きを待っていると、ホウライが頭をかいている。いったいどうしたのか。


『あー……あと説明することあったっけ?』


 多分にあるだろう。まだ概要しか話していないじゃないか。最初は意地悪で説明しないのだと思ったが、説明する気がないのではなく、単に苦手なのか。助け船を出す。


「質問制にしてはどうですか」


『じゃあそれ』


「……」


「はい、はい! さっきのきれいな草原はどこ行っちゃったんですか?」

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