第2章 サイバーセカンドへようこそ!

電脳世界へようこそ! 「サイバーセカンドへようこそ」

 僕は周囲を見渡した。穴を通って、電子空間に移行したはずだ。それは間違いない。


「……どこだ、ここは」


 さびれた市街に立っていた。コンクリートのビルの屋上。昼間だが曇っていて、草原とは雰囲気がまるで違う。


 建物のデザインからして、海外の街に見える。ニューヨークなどが近いが、都会特有の騒々しさやきらびやかな空気はなく、生気が感じられない。


 街をくまなく観察する。少しさきのビルに目をとられた。看板の影に金髪がちらりと見える。一瞬、息が止まる。しかしよく見ると、短く切りそろえられていた。黒いパーカーを着た少年だった。


「ぬわぁっ! いったたぁ~……」


 どさっ、という大きな音と声にふり返る。どこから来たのか、女性が僕の後ろで転んでいた。肩まである黒髪に、ピンク色のメガネをかけている。あとに続いて、様々なビルの屋上に人が現れ始めた。


「あだだだだ。……って、どこだここ?」


「えっ、あの草原は?」


 わらわらと移行してきた他の参加者たちが口をそろえた。電子の穴がそこかしこで開いて、参加者がNPCといっしょに次々落ちてきている。


 はっ、そういえば。僕の相棒は?


 慌てて来た方向に走りだす。ぼすん。黒いものにぶつかった。顔を上げると、相棒がうっすら笑って僕を見下ろしていた。


『ぴーんぽーん』


 ふざけた声がどこからか響く。聞き覚えがある。僕ふくむ参加者がいっせいに顔をしかめた。


『サイバーセカンドへようこそ。日本近畿地区会場の被験者の皆さん』


 一番高いビルの巨大な看板に、映像がうつしだされた。白衣の集団が機械的な部屋に立っている様子が流れる。まんなかには、マスクをつけた黒髪の若い男。一見真面目そうだが、耳にはピアス、手には指輪をはめている。


 それを皮切りに、街に映像が出現した。カフェの屋根、コンクリートの壁に植木やゴミ箱。街全体に白衣の集団の映像が流れ、埋めつくされた。


 被験者たちが歓声にわく。なんとも不気味な街へと化していながら、その世界観に拍手まで起こっている。


 街のいたるところに映像がうつり、不可思議な電子の穴が開く空間。ここが電脳世界――電子空間サイバーセカンド。


 僕はもう一度景色をじっくりながめた。草原じゃないのは引っかかるが、この街も非常にリアルだ。現実世界の景色そのもの。電子の穴や映像、NPCたちの存在がなければ、ここは電脳世界だと言われてもわからないだろう。


 被験者たちの興奮が落ちついたところで、男が話を再開した。


『本日はお集まりいただき、ありがとうございます。閑暦10年の節目にこのような……ってのは、いいか』


 定例の挨拶を途中でやめて、面倒くさそうに男は頭をかいた。さっきの、と僕は小さくつぶやく。現実世界を掃き溜めとののしった、リビングで聞いた声の主だ。


『私は電脳世界研究機関サイバーセカンド所属、開発総責任者の一人、ホウライです。特集に出演したコード教授を待っていた方は残念でしたね。教授は私に後ろから蹴られて寝こんでいまして』


 屋上に曖昧な笑いがもれる。独特の刺激的なジョークに、僕だけはどうもついていけない。


 教授の姿がないのは確かに残念だが、このホウライという男も教授と同じ立場なのか。あの若さで開発総責任者。まさか教授を責任者の席から蹴落としたという意味ではあるまいな、と勘ぐる。


 いずれにせよ、コード教授の年輪ねんりんを重ねた聡明さとは別のものをホウライからは感じられる。


『ちなみに、屋内から移行された方にはこちらで適当に靴を用意させていただきました。まあ、急に移行を伝えましたからね。わずかばかりのサービスです』


「あっ、ほんとだ! ちゃんと履いてる」


 とメガネの女性が言った。僕もそこでようやく、自分が靴を履いていることに気がついた。


 部屋からそのまま飛びこんだので素足だったが、知らぬ間に黒いブーツを履いている。……普段履いていた靴だ。なぜこんな情報を持っているんだ、この機関は。勝手に行われた書類審査の件が脳裏をよぎる。


 いぶかしむ僕をよそに、ホウライが続ける。


『問題なく全員の移行が完了したようですので、お伝えします。電子空間へ生身の人間を投入することに我々は成功しました』


 再び拍手が起こった。温度差がすごいものの、一応ならって手を叩く。


『それじゃあ、あとは自由に遊んで……と言いたいところですが、皆さんには引き続き実験に協力していただきます。それにあたり、日本近畿地区会場の皆さんに、電子空間サイバーセカンドで行われる実験について要項をざっとご説明します』


 よしよし、とうなずいた。気になる点は多々あるが、今回はしっかり説明があるらしい。


 実験がまだ続くというのも、僕からすれば問題ない。そのために来たのだ。自分の目的が果たせるならそれでいい。おとなしく説明を待つ。


『でもその前に……まずは皆さん、指をお出しください。どの指でも構いません』


 瞬きする。さっそく不穏な空気が漂い始めたのを感じた。……指?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る