からうめじゃなくて、きまじめ② 「誰かを救うヒーローになれる」
『我々サイバーセカンドの研究する電脳世界”電子空間サイバーセカンド”において、ついに生身の人間を投入する段階にまで研究が進み、今回はその被験者を大々的に世界中から募集している次第です』
スケールの大きな話だ、と鈍く思う。自分が後退しようとしているときに、一歩進もうとする世界。見るのをやめ、ノートの回収を再開する。
『その電脳世界についてなんですが……失礼、正しくは電子空間、でしょうか?』
『どちらでも構いません。わかりやすく言うなら、電脳世界はジャンル名、電子空間は商品名といったところですね』
『ではその電子空間についてなんですが、どのような世界になっているんでしょうか?』
『電子空間はゲームの世界をイメージして構成されています。これは実際に映像を見てもらったほうが早いでしょう。こちらをご覧ください』
教室が歓声にわいた。
ちらっと目をやると、美しい世界が目に飛びこんできた。豊かな草原、中世の街並みに広大な海。ゲームの世界、などとは思えない。現実そのもののようでいて、現実より輝かしい世界が小さな画面で生きていた。
アナウンサーが感嘆し、僕も手を止めて新世界の映像に見入った。アナウンサーは質問を続ける。
『参加したもっとも優秀な”コンビ”には賞金1億円! とCMで喧伝されていますが、コンビというのはどういう意味でしょう? 実験には二人組で参加しなければならないということでしょうか?』
『CMでは省略されていますが、NPC……これはデータですが、成長し、死ねば消滅もする。このNPCを参加した被験者の方々にランダムに配布し、コンビを組んで、ゲームのような世界観を楽しみながら実験に参加してもらうことができます』
『ひょっとして、CMに出ているあの騎士でしょうか?』
『NPCのデザインは多岐にわたります。イノセンスはそのうちの一つです』
イノセンス。あの騎士の名前か。innocence、潔白。正しさを想起させる名前だ。美しい電脳世界を、潔白の騎士といっしょに駆ける様を想像する。しかし、空想からゆるんだ気持ちは一瞬で引き戻された。
『悪の覇者になれる、ということですが、具体的に電子空間内でどのように遊べるんでしょうか? 職業を選択するんですか? それに悪の覇者というのがあるんですね? そのあと、NPCを使って悪の親玉としてなり上がっていく?』
別の取材陣が割りこみ、教授にまくしたてた。悪、を執拗に連呼する男性に教授は顔をしかめた。僕もしかめる。
『誰かを救うヒーローになれる』
しん、と取材陣が静まり返った。
さきほどまでの空気をくつがえして、教授が突然告げた。その言葉に、僕の体が反応する。鼓動が高まり、自分の瞳孔が開くのがわかった。
教授がカメラの中央をにらむ。そして、画面の向こうにいる人間全員を動かそうとする気迫で語りかける。
『サイバーセカンド被験者募集会場にて、あなたの参加をお待ちしています』
特集が終わり、教室も静かになった。自分の心音だけがやかましい。冷えきっていたはずの体がまるでそうとは感じられず、熱い。興奮している自分に動揺する。
「……唐梅」
暗い声がかかった。教室の戸から、砂漠蔵がこちらをうかがっていた。また呼びだしか。
「唐梅、おまえ砂漠蔵と出ろよ。おまえらってあれだろ。そういうあれだろ?」
「は?」
クラスメートがすかさずからかってきた。あれだのそうだの指示語が多すぎる。でも、なんとなく言わんとしていることはわかった。
「いいか、僕と砂漠蔵はおまえたちが思ってるようなあれとかそういうのじゃ決してない。あれのどこをどう見たらそう見えるんだ。そもそも、僕はそういう不真面目なのが大嫌いだ」
直接的な表現をさけるあまり、こっちまで指示語だらけになってしまう。ともかく、これ以上からかわれてたまるもんか。一時的な熱を払い、僕はすばやく教室を出た。
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