最悪で最良のクリスマスイブ

浅香 広泰

最悪で最良のクリスマスイブ

 最悪だ。

 本当に最悪だ。

 ママがこの十年、一人でずっと私を育ててきたことは、育てられた私が一番よく知っている。

 親戚と呼べるような人たちもいない中、たった一人でママは毎日おはようって言ってくれて、朝ご飯を作ってくれて、お仕事行って頑張って、夜はどんなに遅く帰ってきても私の晩ご飯を作ってくれたことを覚えている。

 私がこうして夜学じゃない普通の高校に通えるのだって、ママがいろいろ努力してくれたからだってわかってる。

 でも、あれはない。

 今日は12月24日。

 クリスマスイブだ。

 朝、私が目を覚ますと、ママはもうすでに台所に立って朝食の用意をしていた。

 寝ぼけ眼をこすりながら私がおはようと言うと、ママはいつもより少し真剣な声でおはようって言ってくれた。

 こういう時は何か大事な話があるときだということは何となく知っている。

 今までだって、私が高校進学を諦めて働きに出ることを考えていた際に「ちゃんと高校へ行きなさい。心配しなくていいから」って言ってくれた時とか、一人で住んでいたお婆ちゃんが亡くなった時とか、こういう感じだった。

 自然と身構えた私に、ママは言ったのだ。

 再婚を考えている人がいる、と。

 そう言いながら差し出した写真には、ごくふつーのおじさんが写っていた。

 なんだかパッとしないね。

 何となく口にしてしまったその私の言葉に、ママは少しだけ寂しそうに言ったのだ。

 でも、いいひとなのよ。

 少しだけ寂しそうに、でもどこかふわっとしたような、やっぱりそれでも嬉しそうな、そんな響きでそう言ったのだ。

 私はなんだかおもしろくない。

 だからそのあとも、さっさと朝ご飯を食べて、ぶっきらぼうに行ってきますとだけ言って、家を飛び出してきたのだ。

 ああ、最悪だ。

 なんで最悪なのか自分でもよくわからないけど最悪だ。

 だから私は、今日はもう学校へ行く気になんかならなかった。

 どうせ今日は終業式だけなのだ。

 部活だって、基本的に私はサボり倒している。

 アルバイトも、今日はシフトを入れていない。

 いつも行っているところへなんか行く気にならなかったから、私はあえて反対方向へ向かう電車に乗った。

 都心へ向かういつもの電車とは逆に、こっちの電車はガラガラだった。

 流れる景色をぼーっと眺めながら、これから私はどこへ行くんだろう、なんて柄にもないことを考えていた。

 空はまるで私の心の中のように曇っていて、これから雪でも降るんじゃないかと思った。

 世間じゃホワイトクリスマスで浮かれることなのかも知れないけど、今の私にはこの天気も最悪だ。

 もっとも、こういう時に限って腹が立つぐらい突き抜けた晴天だと、それはそれで最悪かも知れないけど。

 そんな感じでボーっとしていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 冬の電車は暖かい。

 終点のアナウンスが聞こえて私が目を覚ますと、電車の窓の外には今まで見たことがない街の景色があった。

 ブレーキ管の空気圧を調整する音のほかは、緩く吹き付ける風の音だけ。

 いや、これは海風か。

 窓から見える景色の向こうには、冬の暗い色をした海があった。

 思えば遠くまで来たものだ、などと考えて思わずふふんと笑いながらホームに降りて、改札口に向かう。

 機械に通学定期券をいつもの癖で通して、出ようと思ったらブザーが鳴った。

 プラスチックの板が機械の両側から飛び出して、生意気にもこの私を通せんぼしている。

 なんでだよぉ、と思ってよく見たら、そうだよ定期券。

 慌てて財布の中を見る。

 やばい。

 このままでは駅から出られない。

 本当に最悪だ、と思って深いため息をつくと、後ろから突然声をかけられた。

「お姉さん、どうしたの?」

 ぎょっとして振り向く。

 よかった、駅員さんじゃない。

 そこには、私と同じ高校生ぐらいの男の子が立っていた。

「ははぁ、わかった。お金ないんでしょ」

 いやよくはない。

「ほっといてください。折り返しの電車で帰ります」

「いやーそれもダメじゃね? 駅員さん見てるよ」

 言われて、そばの窓口からこっちをじっと見ている駅員の姿に気が付いた。

 いや、困った客には声かけてよ…。

「しょうがないなあ。ほら」

 あ、と思った時には、その男の子は私の手を掴んで、乗り越し精算機の前まで連れてきていた。

 ん、と男の子が手を出す。

 最初何かと思って、ああ、と気が付いて私は通学定期券を渡した。

 この定期券はICカード式のやつだから、電子マネーをチャージすれば定期券範囲外でも清算に使えるのだ。

 私の定期を受け取った男の子は、それをそのまま乗り越し精算機に突っ込むと、自分の財布から千円をチャージした。

 そして、にかっと笑いながら私に定期を返してくれた。

 ……って、何勝手なことしちゃってくれてんの。

「ちょっと、私返せないんだけど。だから折り返し電車で帰るって言ったのに」

「いいじゃない。これで出られるよ」

 まあまあまあまあ、とその男の子は強引に背を押して、再び改札機の間に私を立たせた。

 ぐぬぬ、と男の子を、それからついでに見ているだけの駅員を睨みつけながら、私は意を決してえいやっと定期券を読み取り機に押し当てた。

 ピピ、と音がした。

 今度は、私を生意気にも通せんぼする輩はいない。

 ほっと息が自然と漏れ、私は改札口を通過することができた。

 振り返ると、私があれだけ苦労して通った改札口を、男の子は悠々と通り過ぎるところだった。

 駅員はもうこちらを見ていない。

「出られてよかったね、お姉さん」

 男の子は明るくそう言って笑っている。

 それが何となくムカついて、私は素直にお礼を言う気になれず、顔をそむけた。

 そむけた先に目をやって改めて、今まで見たことのない街の景色が広がっていることに気づいた。

 マンション、公園、バス停、そして海。

 しばらくそうして私は佇んでいたのだろう。

 男の子は私と同じように街を眺めて、それから私の顔を覗き込んできた。

「お姉さん、ここ初めてなの?」

 ムカつく。

「悪い?」

「いいや。俺も初めてだから」

 えっ、と思って私も男の子の顔を覗き込んだ。

 彼は少しばつの悪そうな笑顔を見せながら、ゆったりと景色を眺め回している。

「電車ですぐ着いちゃう距離なのに、まだまだ知らないところっていっぱいあるんだよなあ」

 そう誰ともなしに呟く彼が、ちょっとだけ気になった。

 せっかくなのですぐそばにあった公園を歩きながら、彼に質問をぶつけてみる。

「どこに住んでるの?」

「荻洲だよ。荻洲高校」

 笑ってしまった。

「高校には住まないでしょ」

 彼も笑った。

「理科室の人体模型」

「君が? 内臓出てないじゃん」

 ころころ笑いながら、荻洲だったらうちから近いな、と少しだけ思ってしまった。

「お姉さんは?」

「高司。高校は返見」

「近いじゃん!」

 彼は臆面もなく言ってのけた。

 ひゅう、っと風が抜けていく。

「学校、行かなくていいの?」

「荻洲高校は昨日から冬休みだよ」

「嘘。じゃあなんで制服なのよ」

「高校生のコスプレが趣味なんだ」

 変なことを言う。

「どうせサボりなんでしょ」

「お姉さんこそ」

 むっと言葉に詰まる。

 自分で言っておいてなんだが、私も制服姿のままだ。

「いいでしょ、クリスマスイブぐらい」

 私はそう言い逃れて、先に立って歩く。

「ねえ」

 背後から、彼が私に声をかけた。

「どうせなら、お姉さんもコスプレしない?」

「するかっ」

 ずかずか歩く私に、彼は追いすがった。

「まあまあ。普通の格好しとかないと、補導されちゃうんじゃない? 俺たち」

 ぎくりとして立ち止まる。

 恐る恐る振り返ると、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。


 三十分後、彼が指し示したショッピングモールの服屋で、私は服を選んでいた。

 選ぶのはいいけど、お金はない。

「俺が出すからさ、気にしない気にしない」

 彼はそう言って笑っているけど、そうそう彼の財布をあてにするわけにもいかない。

 なんというか、自分が浅ましい。

 だから隙を見て彼から離れようと、あえて出入り口が複数ある婦人服屋に入ったのだが、彼は気にせず店の中までついてきた。

 仕方ないので、何着か良さそうなものを試着して見せる。

 万が一の場合のために、安いやつを。

「いいじゃん、すっげぇ可愛いよ!」

 装いを変えた私に、彼は笑って見せた。

 少しだけ、どきどきした。

 彼の後ろにブラとショーツだけの姿のマネキンが立っていなければ、もう少しどきどきしたかも知れない。

「じゃ、店員さん。これで」

 とりあえず服を戻そうと踵を返した時に彼の声が聞こえて、私は何やら妙な感覚を抱いて振り返った。

 そして驚くべきことに、彼は自分の財布から見慣れないものを取り出して店員に渡していた。

 銀色に輝く、あれはクレジットカードだ。

「ちょ、ちょっと、何やってんの!」

 慌てて彼を女性用下着の割引品が山積みになっているカーゴの陰に押し込んで囁く。

「気にしない気にしない。何とかなるって」

「あの、お客様、サインをお願いします」

「はいはい」

「はいはいじゃねーよ!」

 気色ばむ私にまあまあと手を振りながら、彼はさらさらとボールペンで名前を書いた。

 田中一郎。

 冗談みたいな名前だ。

「ちょっと、高校生がカード持ってるって何の冗談よ」

 服を買って彼曰く一般人のコスプレをした私は、店を出てしばらくモールの通路を歩いてから小声で話しかけた。

「冗談でカードは使えないって」

 苦笑しながらも、彼はどこかばつが悪そうだ。

「家を出るときに、ちょっと親父のカードをね」

「それって泥棒じゃん!」

「大丈夫だよ、今日だけだし。使った分はいずれバイトして返すさ」

 そう言ってあっけらかんとしている彼を見て、私は呆れが混じったため息をついた。

 使ってしまったものは仕方がない。

 というかそもそも、電車代といい服代といい、全部彼に支払ってもらってしまっている私に彼を責める資格があるのだろうか。

 苦い味がした。

「私、もう帰る」

 足を止めて、ぽつりと口にした。

「どうして?」

 彼は本当に不思議だとでも言うかのように私を見た。

「だって、こんな後ろめたい気持ちで街歩きなんて、楽しくないよ。早くお金も返したいし」

 家に帰って私の貯金箱をひっくり返せば、どうにかなる金額かも知れない。

 足りなかったらアルバイトで稼ぐまで待ってもらうこともお願いしなきゃいけないし、いざとなったらママに立て返ってもらって、あとでママに返すということにもなるかも知れない。

 ママ。

「凄い顔してるね」

 ぎくっとした。

 彼は意外に真剣な面持ちで、私の顔を覗き込んでいた。

 その顔立ちが妙に整っているように見えて、私は夢を見ているような、彼の背景が急にぼやけてしまっているような、そんな錯覚に駆られた。

「大丈夫だよ、きっと」

 きっと?

 彼は微笑んでいた。

「あとでどうとでもなるようなものは、どうとでもなるんだから、気にしても仕方ないよ。それよりお姉さん、着替えたら可愛くなったね」

 ふざけんな。

 本当にマジふざけんな。

 なんだかどんどん、意味のわからない怒りが込み上げてきた。

 人がこれだけ気にしているのに、こいつのこの能天気さは何なんだ。

「帰る!」

 怒りに任せて叫んだ私は、彼に背を向けて歩き始めた。

 無駄に力が入った足が、大理石の床にローファーの踵をガンガンぶつけて凄い足音をたてている。

「ちょっと待ってよお姉さん!」

「うっさい! だいたい、あんたも私も高校生でしょうが! お姉さんって何よ! 私まだ一年よ!」

「高校一年生なのかい? 名前は? どこの学校だ?」

 急にのんびりした年かさの男の声がして、私はぎょっとした。

 慌てて振り返ると、驚愕に仰け反っている男の子と、もう一人。

「学生がこんな昼間から学校をサボっているなんて、いくらクリスマスイブだからって言っても感心しないね。ちょっと来てもらおうか」

 紺色のボアジャケットと同色のシャツにズボン、腰には黒いベルトと、ホルスターに入った無線機らしきもの。

 左腕には緑色の腕章をつけている。

「に……」

「に?」

 男の子がぼそりと言ったことを、新たに現れた男の人(どこからどう見ても警備員!)がオウム返しに口にする。

 しっかり疑問形で。

「「逃げろーーーーーーーっ!」」

 私と彼は一目散に走りだした。

「あっ、こら!」

 後ろから警備員が追いかけてくる。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい!

 自動ドアが開くのももどかしく、車止めを飛び越え垣根を飛び越え、アスファルトの歩道に飛び出て駆け抜ける。

 私と並んで走る彼の息遣いが聞こえる。

 周囲の景色がびゅんびゅん後ろに飛び去って行って、脇をすり抜けられた買い物へ向かうらしい主婦が悲鳴を上げ、尻尾を踏まれた猫がぎにゃあと叫んで飛び起きる。

 角を曲がって車をよけて、自転車よりも速く走る。

 もう後ろから追いすがる気配はない。

 それでも私と彼は走って、走って、走り続けて、そして笑った。

 走りながら、笑った。

 私も、彼も。

 犬を連れた通りすがりのおじさんが、そんな私たちをポカンと見つめている。

 それでも構わず笑って、走って、笑い続けて。

 ひいひいと息を切らしながらへたり込んだベンチで、彼は途切れ途切れに言った。

「ねえ、おなか、すいちゃった」

 なんだかどうでもよくなってきた。

 私は、また笑った。

 ひとしきり笑って、時計を見て、もう十一時半だ。

 そりゃあおなかも空くわけだ。

「もういいや。食べにいこっか」

 男の子は、目をキラキラさせて、大きく頷いた。


 二人で連れ立って、近くのラーメン屋の暖簾をくぐる。

 実は私は、ラーメン屋に入るのは初めてだ。

 食事といえば自宅で摂る朝食と高校で食べるお弁当か購買のパン。

 夕食だって基本自宅だ。

 そりゃあ記念日とかではちょっとしたお店へ連れて行ってもらうこともあったけど。

「俺、味噌ラーメン好きなんだ。おっちゃん、ゆで卵もつけてね!」

 元気な彼のオーダーに、店主のおっちゃんがあいよと答えてくれる。

 住宅街の中にあるお店だからか、こんな昼食時でも客は私たち二人だけだった。

 ……少しだけ味に不安がある。

「大丈夫だよお嬢ちゃん。ちゃんと保健所も見てくれてるから、死ぬようなもんは出さないって」

 そんな不安を見透かすように、おっちゃんが意地の悪い笑顔で言った。

 確かに、おっちゃんのラーメンを作る手つきはちゃきちゃきと慣れていて、閑古鳥が鳴き過ぎたがために作り方を忘れてしまっているようには見えない。

 ほどなくして目の前に置かれた味噌ラーメンの湯気と香りがほわっと顔に当たって、私は思わず目元を緩ませた。

「お嬢ちゃんのほうにもゆで卵増やしといたよ。こいつはサービスだ」

「あ……」

「ありがとう、おっちゃん!」

 ありがとうございます、と私が言う前に、彼が威勢よく叫んで早速麺を啜り込んだ。

「うん、うまい!」

「そうだろ?」

 彼の手放しの称賛に、おっちゃんはすっかり気をよくしたようだ。

「こんなにうまいのにどうしてお客さんいないんだろうね?」

「それ今言う?」

 ツッコミを入れ、私も一口麺を啜る。

 緩んでいた目元が瞠られていくのが自分でもわかった。

 冬の寒さの中で食べる温かいラーメンだから、というだけではない。

 もう一口啜った。

 今度はスープも。

 やっぱり、本物だ。

 何故か私の頭に浮かんできた言葉はそれだった。

「おいしい……」

 呟いて、あとはもう食べる手も口も止まらなかった。

 隣で同じように麺を手繰る彼のことも一時忘れて、私はこの味噌ラーメンの味と温かさに浸ることに集中していた。

 だから、私の頬がいつの間にか湯気以外のもので濡れていることに気づいたのは、スープまで飲み干した後になってからだった。

「いい食べっぷりだったねえ。お兄ちゃんも、お嬢ちゃんも」

 食後の放心からおっちゃんの声が私を現実に引き戻す。

「いやあ、本当に美味しかったです」

 彼の言葉には私も素直に賛成だ。

「何言ってんだ。美味しいのは当たり前よ」

 おっちゃんは照れ隠しでもなんでもない、本当に当たり前のことのように言った。

「俺のラーメンは当たり前の美味さってやつよ。当たり前の美味いラーメンを当たり前にお出しするってのが、俺のこだわりなのさね」

「でもこんなに美味しいのに、お客さん来ませんでしたね」

「何度も失礼なこと言ってんじゃないわよ!」

 私のツッコミが、ガラガラの店内に虚しく響く。

「そりゃあ、当たり前でしかないからとも言えるわな。当たり前じゃない美味しさ、ってのは、俺にゃ無理だからよ」

 おっちゃんは気を悪くした風でもなく、笑いながら答えた。

「世の中にゃいろんなうまいもんがある。そして、そんなうまいもんを食ういろんな人がいる。たまに当たり前の味が恋しくなった客がうちの暖簾をくぐってくれるってだけで俺はいいのさ。それに」

「それに?」

 彼ではなく、私が続きを促すと、おっちゃんは面白そうに言った。

「今、営業時間外なんだよ」

 えっ、と短く驚きの声を上げたのは、私だけではなかった。

 二人分の千二百円を払った彼と共に店を出て、確かに準備中の札が下がっているのを見つけた。

 なんとも、始末が悪い。

 私と彼は、戸が閉まったままのお店に向けて、どちらからともなく深々とお辞儀をした。

「美味しかったね」

 どこへ行くともなく連れ立って歩きながら、彼はそう言った。

「うん」

 私は短く答えながら、先ほど店主のおっちゃんが言っていた「当たり前」という言葉が妙に胸に刺さるような感じを覚えていた。


 そのまま黙って歩き続けていると、やがてアーケード商店街に辿り着いた。

 クリスマスイブだとはいえ平日なのに、意外と道行く人が多い。

 そこかしこの店先には白い積雪を模した綿飾りが施されていたり、これでもかと飾りを盛られて枝が垂れ下がり気味になっているもみの木が立っていたり、サンタクロースが空を舞う絵が掲げられている。

 それらの前を行き来する人々はみんな、活き活きとしていた。

 午前中だけ学校にいたらしい女子高生たちはもちろん、カートを押している腰の曲がったお婆ちゃんですら、にこやかに目を細めて歩いている。

 私にはそれらの光景が、とても煌びやかに感じられた。

 今までもずっと、今日はクリスマスイブだということは覚えていたけど、ここに来てそれが当たり前の現実だということを突き付けられた気がした。

 知ることと感じることは、きっと違うのだ。

「今日は~楽しい~クリスマスっへい!」

 ジャズアレンジされたジングルベルが、商店街のスピーカーから絶え間なしに流れてくる。

 その拍子に合わせて、彼が歌ったのだ。

 最後の「へい!」が妙に無理やりっぽくて、私はついクスッと吹き出した。

「それ、さっきのラーメン屋のおっちゃんが言いそう」

「そうかな? そうかもね」

 彼もまた、面白そうに言った。

 面白がったまま、商店街を歩く。

 客引きの声を上げるパン屋、お菓子屋、そして居酒屋。

「昼間っからお酒飲むってどんな気分なんだろうね」

 この疑問には、未成年の身では答えを出せない。

「今日が本番! さぁクリスマスケーキの大特売です! ご家族で囲むホールから、お一人でも寂しくないカットサイズまで! ブッシュドノエルもありますよー!」

 人の多い商店街の中でも、今日はケーキ屋が一番の盛り上がりを見せている。

「俺、一人でホールケーキ食い切ったことあるよ」

「マジで!?」

 彼が面白がって言ったセリフに、割と本気でツッコミを入れた。

 どんなサイズであれ、ホールケーキを一人で食べ切るなんて、彼は甘党なのか。

 改めて彼の体形をまじまじと見るが、特段太っているわけでも、おなかだけがポッコリ膨れているわけでもない。

 一体彼の細い身体のどこに入り切ったのだろう。

「マジマジ。意外となんとかいけるもんだよ。そのあと晩飯は食えなかったけど」

 そう言って、彼は少し、ほんの少しだけ、寂しそうな眼をした。

 何となく、感じた。

 笑い話のように言うけど、それはきっと、彼にとっていい思い出ではなかったのだろう。

「ね」

 私は彼に、なるべく明るく聞こえるように、呼びかけた。

「ケーキ食べに行かない?」

 彼は一瞬、驚いたように目を見開いて、それから顔を緩ませた。

「クリスマスだもんな。行こうか、お姉さん」

 さっきおなかの中に収めた味噌ラーメンのことは、とりあえず思い出さないことにする。


 やがて商店街を出た私たちは、近くの喫茶店に入った。

「洒落てるねぇ」

 彼の言うとおり、店の中はあえて薄暗くしているようで、窓は木製のブラインドで塞がれており、広めの窓台には真鍮で作られたクラシックカーの模型が置かれていた。

 明かりはその塞がれた窓ごとに置かれたランプのもたらす電球色の光だけだ。

「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」

 きれいに整えた白髭をたくわえたお爺さんが一人でやっているお店らしい。

 そのお爺さんに言われるがまま、私と彼は手近な丸テーブルの席に座った。

「ご注文は?」

「私はホットコーヒーと、ケーキは何があります?」

「クリスマスだからね。苺のショートケーキがあるよ」

「じゃあそれで」

 私がそう注文すると、彼も同じものを頼んだ。

 待っている間にもう一組客が来たが、基本的に店の中は静かで、ゆったりしたクラシック音楽が流れている。

 ときどきカチャリと鳴るコーヒーカップやソーサーの音もまた、逆に静かで落ち着いた雰囲気を生み出すのに一役買っているように感じた。

「いい雰囲気のお店だね」

 彼の言葉には私も同意だ。

「ね。なんだか眠くなっちゃう」

 私の言葉に、彼はハハハと笑った。

 そして、とんでもなくドキリとするようなことを言った。

「こういうところに男女二人で来たらさ、カップルに見えるのかな」

 今コーヒーを飲んでいたら間違いなく噴き出していたところだ。

 いや、比喩として。

「さ、さぁ~? そういう見方もあるんじゃない?」

「そういう見方もあるか」

 なるべく平静を装う。

 自然と自分の手が胸元に伸びるのを必死で我慢しているところへ、天からの救いの手が差し伸べられたかのように、お爺さんがコーヒーとケーキを運んできた。

 テーブルの上に並べられた、コーヒーカップとケーキが二つずつ。

「ごゆっくりどうぞ」

 平坦な声でお爺さんはそう言うと、カウンターの向こうへ戻っていった。

 その落ち着きっぷりにいくらか気持ちを救われたように感じて、私はコーヒーを一口飲んだ。

「すご、お姉さんブラックで飲めるんだ」

 驚く彼はミルク入れに手を伸ばしていた。

「ふふん、お姉さんだからね。……って、高校生なんだから一緒でしょ?」

 よくよく考えてみれば、私は高校一年生。

 同じ高校生の男子に、お姉さん扱いされるのはそもそもおかしいのだ。

「俺、高校生じゃないんだ」

 コーヒーを本当に吹きそうになった。

「はぁ? あんた、荻洲高校って」

「来年からね。今は中三の受験休み」

 呆れた。

 本当に高校生のコスプレだったのか、その制服は。

「受験勉強しなくていいのか~?」

 意地悪たっぷりに言ってやると、彼は腹が立つほど余裕の笑顔で答えた。

「楽勝」

「あっそう」

 こうもあっさり返されると面白くない。

 私はしかめっ面でコーヒーをもう一口啜った。

 砂糖を入れたい気分になってきたが、待てよ。

 ケーキあるんじゃん。

 思い直した私はフォークを手に取り、ケーキを一切れ取ると口に運んだ。

 甘すぎないホイップクリームの味が口中に広がり、思わず唸ってしまう。

「なにこれ」

 呟いて、もう一口。

「うん、やっぱり、おいしい」

 おいしさの秘密はスポンジ生地に仕込まれた洋酒の味だろうか。

 わずかに感じる苦みが逆に、控えめなはずの甘さを引き立ててくれるのだ。

「お姉さん、顔がにやけてるよ」

「うっさいなぁ。おいしいんだからいいでしょ」

 いちいち茶々を入れないで欲しい。

 ……喫茶だけに。

「あ、また笑った」

 彼はどこか嬉しそうに言って、自分でもケーキを一口食べた。

「すげぇうめぇ」

 しっかり味わいながら一言そう呟き、またケーキをフォークで切り取っている。

 ひとしきりケーキとコーヒーを楽しんでいると、不意に彼が口を開いた。

「お姉さんはさ」

 なんだか、少し怖い感じがした。

「どうしてこの街に来たの」

 どうして。

 それは、終点まで電車に乗ったからで。

 そもそも普段とは逆方向の電車に乗ったからで。

 今日は朝の出来事のせいで、学校へ行く気にならなかったからで。

 ママが再婚するって言いだしたからで。

 いや、違う。

 違うんだ。

「逃げたかったのかも」

 ぽつりと、答えた。

 彼は黙って聞いている。

 私は朝のことを思い出していた。

 ママが再婚すると言い出した時の、私の心を。

 ママはすごい人だ。

 女手一つで私をここまで育ててくれた。

 家に帰ってしばらくしたらママが仕事から戻ってきて、いつも笑顔でただいまって言ってくれた。

 ママの作るご飯はいつもおいしくて、私が体調を崩したりした時だって、私の食べやすいものを作ってくれた。

 怒るときもあったけど、それは私が本当に悪いことをしてしまったときだけだ。

 たった一人で子供を育てながら仕事をするなんて、きっとまだ子供でしかない私には想像もつかないような苦労をいっぱいしてきたはずなんだ。

 それでも、ママはいつも、笑顔で私を起こしてくれた。

 笑顔で私を迎えてくれた。

 そんなママが、私以外の人のことを話した。

 再婚するって。

 しかも、言いにくそうに、でも嬉しそうに。

 私は怖かったのかも知れない。

 ママが私以外の人に取られてしまうかも知れないことが。

 そして、そんな風に考えてしまった自分が、本当に怖かった。

 最悪なのは、私だ。

 私が最悪にしたんだ、今日という日の朝を。

「そうか」

 私が黙り込んだのを見て、彼は一言だけ、そう言った。


 せっかくのおいしいコーヒーもケーキも、その後私の心を晴らしてはくれなかった。

 彼は先ほどの「そうか」を最後に、店を出てからも黙りこくったままだった。

 慰める言葉もなく、また励ます言葉もないまま、私たち二人は店を出てからずっと歩いていた。

 やがて道は坂になる。

 住宅街の中を曲がりくねって伸びるその坂道を、私も彼も、何も言わないまま息を切らして上った。

 どこへ行こう、とかそういうこともなく、私たちは自然とその坂を上り、やがて大きな公園に辿り着いた。

 ちょっとした広場の先に石段がある。

 彼は何も言わないまま、その石段を上がっていった。

 私も彼の後に続く。

 そうして上り詰めた先の光景に、私は自然、わぁ、と言った。

 気づかないうちにずいぶん高台に来ていたらしい。

 目の前には曇り空と、冬の暗い色をした海が広がっていた。

 遠くには樹木の茂った小島が見えるし、沖合にはいろんな形をした船が行き交っている。

 吹き抜ける風は冷たく、コートを着ているにもかかわらず寒気が私の身体をじわじわと侵食しているのを感じる。

 それでも私はその光景に釘付けになっていた。

 彼も同じようだ。

 二人してしばらくの間、その空と海の狭間に立ち尽くしていた。

「逃げだした先に、絶景があった」

 彼はぽつりと、呟いた。

「俺も同じなんだ」

「逃げだしたって、受験から?」

 彼は私の問いかけにゆるゆるとかぶりを振った。

 そうだ、受験は楽勝だと言っていたではないか。

 彼は手近なベンチに腰掛けると、目は海から離さないまま、続けた。

「うちはお袋を早くに亡くしてさ。親父が一人で俺をここまで育ててくれたんだ」

 そう話し始める彼の顔は、やはり笑顔ではあったが、陰りが見え隠れしていた。

 私は彼の隣に腰を下ろして、続きを聞いた。

「その親父が今度再婚するって言いだしてさ。お前に母親と姉ができるぞ、って嬉しそうに。そりゃ、俺も嬉しく思ったよ。一人っ子だったからね。

 でも親父は、死んだお袋の形見の髪飾りを、新しいお袋にプレゼントするって言いだしたんだ」

 彼は一旦言葉を切って、足元の小石を蹴り転がした。

 石は意外に思うほど高い音をたてて、石段にぶつかり弾けた。

「死んだお袋は死んだお袋。新しいお袋は新しいお袋。俺はそう思ってた。だから、なんか許せなくてさ。飛び出して来たんだ」

 許せない、と彼は言った。

 果たして言葉通り、許せなかったのは彼の父親のことなんだろうか。

 疑問に思ったそれを、でも私は口にすることはできなかった。

 ただ。

「なんか似てる」

 私の言葉に、彼は「えっ」と顔を上げた。

 その顔に、私は一瞬だけ、唇を寄せた。

 すっかり固まった彼に、私は微笑んで見せた。

「帰ろっか。なんか私、逃げるのに疲れちゃった」

 彼は茫然とした面持ちで私を見ている。

 いつの間にか曇り空が割れ、辺りは西日で赤く染まり始めていた。

 明日も晴れそうな気がする。


 帰りの電車の中で、自然と私たちは手をつないでいた。

 なんでだろう。

 今日初めてあの街で出会ったはずなのに、なんだか妙な親近感を感じている私がいる。

 これが縁というものなのだろうか。

 電車の中はやっぱり暖かく、ともすればウトウトしてしまう。

 無意識のうちに彼の肩に頭をもたれさせ、そのままゆっくり目を閉じる。

「ねえ、田中君はさ」

 私は初めて、彼の名字を呼んだ。

「下の名前、なんて言うのかな」

 今度は名前を呼ぶために。

「言ったら笑うよ。冗談みたいな名前だから」

 彼はどうも、心底困っているらしい。

「なに? 今はやりのキラキラネーム?」

「そういうんじゃないけどさ」

 なんだろう。

 もっと困らせてやりたくなってきた。

「いいじゃん。教えてよぉ」

 私が畳みかけると、彼は観念したのか、深い深いため息をついた。

「……タロウだよ。太い月偏の朗で、太朗」

 田中、太朗。

「凄い。迷わなくていいね」

「迷うって何だよ……」

 太朗君はすっかり不貞腐れてしまった。

 対照的に、私はなんだか機嫌がよくなった。

 笑ったりはしない。

 迷いのない名前、太朗君。

 電車はもうすぐ、荻洲駅に近づいている。

「荻洲で降りるの? 太朗君」

「うん」

 太朗君は小さく頷いてから、電車の天井を見上げた。

「なんだか」

「なんだか?」

「あっという間だった」

 彼は、太朗君はそう呟いて、私に悪戯っぽく笑って見せた。

「お姉さんの名前、聞いてなかったよね」

「言っても笑えないわよ。普通の名前だし」

 私は名乗るに困らない。

 迷いのない名前。

 電車が減速を始め、荻洲駅への到着を予告するアナウンスが流れる。

 ブレーキ音の喧騒の中、私は自分の名を口にした。

「ミサキ。井上美咲」

 ママと、昔いたパパから一文字ずつもらった名前だ。


 荻洲駅で降りる太朗君を見送って、最寄り駅で電車を降りる。

 辺りはもうすっかり暗くなっていた。

 冬は陽が落ちるのが早いなぁ、なんて小さく呟きながらも、心の中ではさっきのやり取りを思い出していた。

「また会えるよね?」

 電車を降りる太朗君の背にそう声をかけると、彼は振り返って、やっぱり悪戯っぽい笑顔で言ったのだ。

「もちろん。そんな気がするよ」

 不覚にもどきりとしてしまったところで電車の扉が閉まり、彼の姿は遠ざかっていった。

 なんか、テレビドラマみたいに出来過ぎた話のようにも思えて、ああもう何やっちゃってんの私、なんて不意に込み上げてきた照れをこらえていたが。

「あぁーっ!」

 私の突然の絶叫に、道行く仕事帰りのおっさんたちが飛び上がる。

 連絡先、訊くの忘れた。


 本当に、何やっちゃってんの私、最悪だ。

 これじゃあお金も返せないじゃない。

 がっくりと目に見えるほど肩を落として、アパートの扉の前に立つ。

 なんとも間の抜けた結末に自己嫌悪を催しているのもあるが、ここに帰ってくるとちょっとだけ気が重くなる。

 ママになんて言ったらいいんだろう。

 頭の中のもやもやが晴れなくて、逃げ疲れたと言って帰ってきたはずなのに、また逃げ出したくなるような衝動に駆られる。

 ああでもないこうでもない、とドアの前で悶々としていると、不意に私を呼び声がした。

「美咲?」

 心臓が飛び出すような錯覚にとらわれ、思わず胸に手を当てる。

 恐る恐る振り返ると、果たしてそこには、仕事帰りのママが立っていた。

 ついでに買い物も済ませてきたのだろう、鞄のほかに大きな袋も下げている。

「どうしたの。今帰ってきたの?」

 ママはそう言って、ドアに鍵を挿し込んだ。

「寒かったでしょ。早く入りなさい」

 ママに促されるまま、私は玄関で靴を脱ぐ。

 日中誰もいなかった部屋の中はすっかり冷え切っていて、ママは寒い寒いといいながらエアコンのスイッチをいそいそとつけた。

「今日はクリスマスイブだからね。ちょっとご馳走作っちゃうわよ」

 ママはそう言いながらテキパキと荷物を片付け、エプロンを身に着けると台所に立った。

 その背中があまりにもいつも通りで、当たり前の光景で、なんだか急に私は切なくいたたまれなくなった。

「ママ!」

 自然と叫んだ。

 ん? と振り返ったママの胸に飛び込むと、私は年甲斐もなくわあわあ泣いた。

 ひたすら泣いて、涙を流して、顔をぐしゃぐしゃにするのも構わず泣いた。

 ママはそんな私を、困った風でもなく抱きしめてくれた。

「ごめんなさい、ママ。本当にごめんなさい」

「どうしたの急に。でもそうね、謝るのはたぶん、私のほうよ」

 ママはそう言って膝立ちになり、下から私の顔を見上げた。

「今日ね、お仕事しながら考えたの。急に再婚だなんて、娘に嫌がられても無理ない、って。だから私、もう少し考えようかなって思ったの。

 ごめんなさい。ごめんね美咲、あなたを追い詰めてしまったのかも知れない」

 違う!

 私はかぶりを振った。

 今日一日、私が私から逃げようとして気づいたのは、そんな結末じゃない。

 私が本当に望んでいるのは、もっと別のことだ。

「ママ、再婚して。幸せになって。

 私はいつも感謝してる。

 ずっとママから幸せをもらってきた。

 ずっとずっと、当たり前みたいに。

 今度はママが幸せになって。

 私がママから当たり前のように幸せをもらってるみたいに、今度はママが当たり前のように幸せになってよ」

 涙交じりに、途切れ途切れ、私は告げた。

 言葉にして初めて、ママに聞いてもらって初めて、私は理解することができたのだ。

 私は、パパがいなくても幸せだった。

 毎日毎日、当たり前のように過ごしてきた。

 それは、ママが私を、愛し続けてくれていたからなんだ。

 浮気して私たちを捨てたパパの血が流れている、こんな私であっても、ママは当たり前に私を大事に育ててくれたんだ。

「美咲……」

 ママは泣きじゃくる私をいつまでも優しく抱きしめてくれていた。

 どこからか、ジングルベルの音色が聞こえてきた。


 今日は初顔合わせの日だ。

 お正月を過ぎて、成人の日のある三連休。

 その最初の土曜日に、私とママは駅の近くにあるちょっとだけお高いレストランにいた。

 ママの再婚予定相手もまた、子連れで現れるという。

「美咲と一歳違いだそうよ。可愛がってあげてね」

「ママはその子に会ったことあるの?」

「ううん。私も、会うのは今日が初めてよ。男の子って、どうなのかしらね」

 その「どうなのかしらね」にはきっと、初めて男の子を持つ親としての不安と楽しみが含まれているのだろう。

 私だってそうだ。

 今まで一人っ子で育ってきた身にとって、急に弟ができるというのには戸惑いがある。

 あーもう、どんな子なんだろう。

 大人しい子だろうか。

 やんちゃな子だろうか。

 私を姉だと、ママをママだと認めてくれるのかな。

 なんだかむずむずどきどき落ち着かない。

 そんなときに、カランカランとドアの開く音がして、私とママはそちらを見た。

 そして、私は掛け値なしに驚いた。

「「ああっ!」」

 急に奇声を上げた私と相手を尻目に、ママは立ち上がって、入ってきた男性にお辞儀をした。

「いやぁ、お待たせしてすみません。ほら、お前も挨拶しろ」

 男性は、まだ茫然としている男の子にそう促している。

「まあまあ、一郎さん。まずはお二人とも、席に座りましょう。挨拶はそれからでも」

 ママはそう言って笑っている。

 きょとんとしていた私たちだけど、先に彼が、悪戯っぽく笑って見せた。

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最悪で最良のクリスマスイブ 浅香 広泰 @hiroyasu_asaka

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