第四話 マヨネーズと果物。つまるところ食欲だよね?

 んで二週間がたった。

 だいぶ雑に時間が過ぎ去ったなと思った君、安心しろ。俺もどうしてこんなにアッサリ時がたったのか理解できずにいるから。


 まあ、仕事の説明とか。仕事柄必要なマナーとか。神様と接する時のルールとか。

 諸々の研修が終わったそんな今日このころ。異世界フォルキーナからの帰り道、俺はグダグダと文句を言っていた。


 ちなみに道、というのは比喩表現で実際には虹色の謎空間である。ここを数十分間浮遊すると地球に帰れるのである。ドラ〇もんのタイムマシンをイメージしてもらうとわかりやすいかな?


「そもそも大規模魔法陣で解毒魔法バラまくクラスのパンデミックになる前になんで気付かなかったのか……」


 ぼやきながら思い出すのは今日の仕事内容。

 とりあえずこっちの神様から預かった菓子折り(特に特別なものでもなく普通に駅前の和菓子屋のお菓子だった)を持って向こうの神界に行った後、事態の収拾を命じられたのだが。

 召喚されたことで調子に乗った勇者君は『内政チートだ!』とか張り切ってマヨネーズのレシピをばらまいたらしい。でもって、人気の勇者サマが売っているから商品がバカ売れ。挙句に国家規模パンデミックか……。


「何故作る前に気付かなかった日本人」


 正直俺も調子乗ってアレコレやりすぎた感はあるが、義務教育卒業程度の学力があれば生卵で食中毒になることには気づくべきだろう。


「勇者君中学生だったみたいよ?」


 そう藍崎社長は言うが、


「そもそも何故中学生に世界の危機を任せようと思った異世界の神界……!」

「元高校生勇者のお前がなに言ってんだ?」


 先輩が俺の頭にチョップを一つ打ち、突っ込んだ。


「ていうか、普通に世界の危機なんだから向こうの神界が対処すればいいでしょうに……」


 大体の世界には『よほどの事態でもなければ神々が世界に干渉してはならない』というルールがある。今回の場合、試作段階では全く気付かなかったものの大量生産・輸送のどこかでサルモネラ菌が繁殖し、結果大規模パンデミックになったらしい。


 『よほどの事態』の意味が世界の滅亡とかの規模を指すのは分かるけど、人呼んでまで対処させる事案かよ。

 とはいえサルモネラ菌の症状自体は数日で収まるらしいのだが、国家規模での発症ともなれば数日間全てがストップする可能性もある。放置するのは大問題である。


「勇者の人気が高いのもあって、下手に向こうの神界が動くと勘づかれるから秘密裏に解決してしまいたいらしいのよねえ」


 めんどくせえなあ、おい。


「要は面子っすか」

「そうとも言うわね♪」


 この二週間で分かったこと。それすなわちこの世界は俺が思っていた以上に残念で、金に汚く、そして世知辛いと言うことだった。

 全知全能の神は下手に動くと自分の信徒に勘違いされかねないから世界に干渉できず、その代替案として召喚された勇者たちは予想外の方向に突っ走って問題を起こす。

 異世界に飛ばされて困惑している日本人たちの助けに成れればなんて思ってみたけれど、現実は真逆。日本人に困らされている異世界人の方が多いわけで……。


「ま、彼らが問題を起こしてくれるから私たちの食い扶持もあるんだけどねえ」


 なんて社長は言うけど、神だろうが人だろうがある程度の規模の組織になると結局はこうなるらしい。


「そういや社長、今回の依頼ってフォルキーナ側からでしたよね?」

「ううん、日本の高天原からよ。残念だったわね、元宮君」

「どういうことですか?」


 俺が小難しいことに悩んでいる間に二人の話はまた別の方向に向かっていた。


「あの世界はな、果物が旨いんだよ」

 

 何とも味のある、残念そうな表情を作って元宮先輩は言った。


「品種改良もしていないのに?」


 ほとんどの世界では魔法によって科学技術が発展しなかったためにいくつかの分野では地球よりはるかに劣っていることが多い。食品関連の技術や娯楽関連なんかはその最たるものである。

 ちなみに、その結果としてあちこちの世界の神様は外交と称してよく遊びに来るのだとか。地球人が魔力に疎くて交わって遊んでても正体がばれないことも一因ではあるらしい。

 それはさておき。


「品種改良もしてねえのに。なんてレベルじゃねえぞ。甘みと酸味のバランスが良くてな。瑞々しいのに味が妙に薄れてしまったり、触感が柔らかくなりすぎたりなんてこともないんだ。すげえだろ」


 元宮先輩はこういう時、表情をほころばせて美味しさを顔で表す。

 その表情から事実美味しいのだろう、と言うことを悟った俺は彼の残念さが身に染みるように理解できた。


「ちなみに、高天原側が用意した報酬は慶長小判で20両だったわ……」

「お賽銭の在庫処分じゃねえか!しかも三で割れねえし!」

「俺、果物の方が良かったです!」


 普通に小判とかいらない。




 頭が揺れるような感覚がして、唐突に不思議空間からいつもの藍崎企画のオフィスへ戻る。


「ん。おかえり」

「ただいま」

「ユノちゃん、留守番ありがとうね」

「疲れたー!」


 出迎えてくれたユノに俺たちは三者三様に応えると、それぞれのデスクへと向かう。


「で、お土産は?」


 この二週間で変わったと言えば、この子の性格もである。

 本人曰く猫をかぶっていただけらしいが……。


「ないよ」

「なら何をしにわざわざ異世界まで飛んだの?」

「仕事だよ!」


 その返事にぶー垂れるさまを見ると二週間前に助けたのは間違いだったんじゃないか、という気分になってくる。


「で、お前の方は収穫どうだったんだ?」

「全然連絡つかない」


 俺達がフォルキーナに行っている間、コイツはコイツでこっちの神界に出入りしてゴディタニナ様と連絡を付けようとしているらしいのだが……。


「どうも戦争中らしくて~。だからしばらくこっちにいるしかないかなあ」

「オイ、お前。文章の内容の悲惨さに反して何でそんなに嬉しそうなんだ」

「だってこっちはご飯がおいしいし、タダだし!」

「タダじゃねえよ、俺の財布から出てるんだよ!」


 食い意地が張っているこの娘の食費はいくらかを会社が負担してくれているものの、大部分は俺の給料から天引きされて支払われている。

 藍崎社長から聞かされた『異世界人に関する責任』の恐ろしさをこの十日ほどで俺は良く思い知らされた。


「てか、全然心配してなさそうに見えるけど大丈夫なのか?」

「まあ、いつものことだし」

「お前たちの世界はそんなに荒れてるのか」

「ん?ああ。人同士の戦争じゃないよ。向こうの天上界でドンパチしてるらしいの」

「ラグナロクじゃねえか!」


 余計荒れてんだろ。


「ラグナロク、がなんだか知らないけどいつもの痴話喧嘩みたいなものだよ」


 それ、下界に被害出ないなら痴話喧嘩で済むけどさあ。


「ま、毎回世界滅びかけるけどね」


 やっぱか。人的被害出てるじゃん。痴話喧嘩じゃ済まねえじゃねえか。


「私自身、『巻き込まれて死にたくないから神殿に入った』みたいなところあるし」

「そんな身勝手な都合で巫女ってなれるもんなのかよ!?」

「まあ、冗談は置いといて」


 そういって一拍置くと、ユノは再び口を開いた。


「今夜は肉が食べたい!」


 コイツ、実は連絡がついてるのに黙っていて、人に飯をたかりたいだけなんじゃないだろうか……。

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