第三話 就ッ職ッ!!

 知らない天井だ。という言葉は無個性な現代日本の建築にケンカを売っていると思う。

 大体おんなじ天井だ。俺みたいな素人には区別がつかない。


「……宮君、問答無用で拉致はまずいって!」

「ズズズ」

「大丈夫大丈夫。あいつ知り合いですし……」

「ズズズ」

「知り合いなら余計にまずいじゃないの……」

「ズズズ」


 聞き覚えのある声と聞き覚えのない声。あと、ラーメンの匂いとそれをすする音。

 薄目で周囲を見渡すと、ここはどこかの事務所のよう。

 俺が寝かされているのは長めのソファで前には足の低いガラスの机。奥の方にいくつかの事務用デスクと言い合いをする男女。そして目の前にはどんぶりを抱えた少女、というかユノ。


「はい。目が覚めたんで解説お願いしまーす!」


 とりあえず、ユノが落ち着いてラーメンをすすっていることから元宮先輩にも、彼のしゃべり相手の女性も完全に敵対視されているわけではないと理解した俺は寝かされていたソファから起き上がり、大きな声で軽めの挨拶をしてみた。


「うおぉぉ!ビビらせんじゃねえよ!」

「あら、起きたの?」

「ズズズ」


 三者三様の驚き――一人ラーメンすすりっぱなしだが——を見て、俺は一つ深呼吸をして口を開こうとする。まずは場所の把握、それに素性だけでも理解しておかねば。交渉するにしろ逃げるにしろわからないことが多すぎる。


「とりあえず、ここがどこかっていう事よね?」


 が、目の前にいる金髪の女性に先を越される。


「あとは、私達がどういう事をしようとしているのか、とかよね?そのあたりは順を追って説明するけど」


 そういって彼女はこちらのほうに歩いてくると片手を差し出した。


「私は藍崎熾音。あなたと敵対する予定はとりあえずない、こっちの世界の魔法使いよ。それから、ここは浜岡駅の裏手にある貸しビルの一つで一応『藍崎企画』って言う会社のオフィス」

「でもって、この人がその社長なわけだが……。水でも飲むか?」


 こちらが聞こうとしていた質問の答えをズバズバと言われ、反応できずにいる俺を見かねてか元宮先輩が水の入ったグラスを差し出してくる。


「一応聞いておきますけど……。そっちは俺の知ってる元宮先輩本人、ですよね?」


 会釈をしてコップを受け取った俺は警戒心を隠しもせず尋ねる。少なくとも三年前、俺がこの世界にいた時分の元宮先輩は魔法を使うような人間ではなかったはずだ。というか、俺の知ってる先輩が魔法を使えるようになったのならすぐにでも自慢しに来ていただろう。


「おうともさ。僕は君が知ってる元宮源三郎その人だよ」


 と言うことは、彼もまたこの三年間で何かあったのだろうか……。


「とにかくね、今日君に聞いてもらいたい話は大きく分けて二つあるの」


 先輩にもらった水を飲み終わったあたりで黙っていた藍崎さんがガラスの机の上にB5のプリントを二枚置く。


「一つは、ユノちゃんのことよ」


 ユノのこと、というなら藍崎さん自身は……。


「ええ。私たちはこちら側の世界の神々とのパイプがあります。そちらの方からの連絡があったので回収に行ったのだけど」

「僕たち側としては予想外のことにお前がすでにコンタクトをとれていて、しかもお前自体がそこそこの量の魔力を持っていた」


 なるほど、つまり?


「一言で言うと、君がユノちゃんに何をしようとしているのかわからなかったししばらく様子を見るつもりだったんだけど、元宮君が先走っちゃってね……」


 と、そこで藍崎さんはジト目になって先輩を睨む。


「いや、だって知り合いだったから僕が交渉したほうが早いと思ったし……」

「交渉、しなかったよね?アレはただの拉致だよね?」


 一瞬言い訳を試みるも、すぐに藍崎さんの圧力に負けてシュンとなる先輩。はたから見てる分にはすげえ面白い。


「はい、すいません。普通に『傘差し狸』使ってみたかっただけです」

「謝る相手、違うよね?」

「はい、すいません。でもこいつにだけは謝りたくありません」


 ヤンキーじみたガンつけを始めた彼女に対して顔を青くしながらもかぶりを横に振る先輩。言ってる内容は褒められたものじゃねえがその勇気には敬服するぜ。


「謝れ?」

「ゴメンナサイ、コウノクン」


 藍崎さんがここのヒエラルキーのトップだと言うことが良く判った。俺のゲーム機壊した時ですら謝らなかった先輩が棒読みとは言え謝るなんて……。


「で、話を戻すけどね」


 と、藍崎さんが表情を柔らかくして、こっちに向き直る。

 さっきの表情を見た後だけに、どうにもこの笑顔が怖い。


「私達はとりあえずユノちゃんにこっちでの生活の基盤を用意しなきゃいけないわけ。それで彼女を引き取りたいんだけど……。君、彼女にご飯食べさせたよね?」


 確かに牛丼食べさせたけど……。


「それがどうかしたんですか?」


 その言葉に藍崎さんはやはりか、と一つため息をつくと言った。


「神様方の古い掟でね。異世界から来た相手に最初にご飯を食べさせた者はその相手が元の世界に戻るまでの一切に責任を持たなきゃいけないのよ」

「え!?」

「一応言っておくと『知らなかった』では済まされない案件ね、コレ」


 もしかしなくてもユノの神様が言っていたという『親切な人に会ったらついて行け』ってのはこの掟のことか。


「まあ、ルール自体は罰則とかがあるわけでもない形骸化した儀礼のような物なんだけどね、ここでユノちゃんの身柄に何か起こったりすると当該の異世界と外交問題になったり、その責任が君のとこに行くのよねえ……」


 外交問題とか責任とか、嫌な言葉のオンパレードである。


「で、そこで第二の提案なんだけど……。河野君、うちの会社に来ない?」


 そう言うと、藍崎さんはB5のプリントを指さした。そこには『ファンタジーに理解のある方歓迎!アットホームで愉快な職場です』と書いてあった。


 結論から言うと、俺は就職を決めた。

 あの後社長は藍崎企画という企業について説明してくれ、入社のメリットとデメリットをそれぞれに説明してくれた。


 まずこの企業の目的、それは異世界人と地球人の間平和を保つこと。そのために発生する細かな事務処理や問題の解決、或いは誰にも責任を取りようがない事案が発生したときの謝罪・対応など、何百だかの数確認されている世界がそれぞれの均衡を保つ手伝いをする何でも屋、それがこの藍崎企画なのだそうだ。


 第二に、この企業に入ることのメリット。一つは今後一切の異世界がらみの厄介事、不祥事などに関して会社側が責任と対応を行ってくれること。逆にデメリットはその対応と連帯責任を手伝わされること。給料は神社本庁からの固定給と、各世界からの依頼の直接報酬及びそれらを換金して得られた日本円等。週休二日制。残業の可能性あり、危険手当なしなど。


 そして社員の適正。一般的に土着信仰含む『神』の類に勝ち得るほどの戦闘能力を持っているとか、一部の神が持つ相手を自動的に従わせるようなオーラに負けない強い精神力など。


 これらの条件を満たしている人間として、また一時的なユノの保護者として俺は選ばれたらしい。


「つまるところ、戦闘の危険性があるってことですか?」

「それは否定できないわね」


 俺としては半ば警戒していたとはいえ、一度手を差し伸べたユノを中途半端なところで見話すのは後味が悪いし、れっきとした就職先を見つければ姉ちゃんも喜ぶだろう。

 けれど同時に、俺はもうだれかを傷つけたくない。そのことで恐れられたり、恨まれるのが怖い。故の質問であったが。


「と言っても、よほどの事態以外じゃ戦闘にはならねえよ」


 事情を話すと、元宮先輩が短く答えた。


「まあ、うちの仕事は謝りに行くのとか神様たちの接待がメインだからね。あまり戦うことにはならない筈よ」

「接待って?」

「私達は『何でも屋』を名乗ってはいるけど、実のところ日本観光に来る異世界の神様の接待と、異世界に召喚された日本人のフォローがメインなのよ」


 その言葉に、俺はハッとなる。そうか、俺以外にも召喚されて戦っている日本人たちはいるのだろう。そいつらの助けになるのであれば或いは……。


「ま、おいおい考えてね。別に今すぐ決めろって言うわけでもないしさ」


 そう、藍崎さんは言ってくれるが。


「いえ、俺にも手伝わせてください。お願いします」


 別に戦いへの恐怖が消えたわけではない。けれども、同じ苦しみを味わっている仲間たちがいるというなら何かしてやりたい、そんなことをふと思うのである。こうして俺は職に就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る