第二話 彼女の事情と既知との遭遇。ていうかキチとの遭遇

 「ハフハフハフハフ」


 黒髪を揺らしながら少女の握りしめたスプーンが小さな口へ牛丼をどんどんと流し込む。

 放っておくわけにもいかず、というより彼女の後ろに転がっていた血みどろの野良猫の死骸が『放っておくとやばい』と死んだ目で訴えかけてくるのでその尊い犠牲に手を合わせつつ、俺は近くにあった牛丼チェーンで牛丼を買って彼女に食わせていた。


 ちなみに『コスプレの方のご来店はちょっと……』と苦笑いの店員さんに言われてしまったので駐車場で食っている。屋根の工事中なのか店のまわりには簡単な鉄骨の骨組みがして有って、そこにいい具合に腰掛けることができた。

 姉ちゃんに『ちょっと買いたいものがあったのを思い出したので遅れます』とメッセージを送ると俺はどんぶりを抱えて座っている彼女の方へと向き直った。って、もう食い終わってやがる、早ぇよ。


「ありが、とう。おいしかった」


 あまり流暢と言えないながらもきちんと日本語で礼を言った彼女に俺は少し驚きつつも言葉を返す。


「どういたしまして。俺の名前は真司。河野真司だ」

「シン、ジ?」


 やはり、異世界の人間のためだろう。意思疎通がやや不便そうなので俺は普段封印している魔力を少しばかり引きずり出して、簡易のテレパシーで会話を補助しながら質問をする。どこの国の人とでも話せる簡単通訳である。


「君の名前は?」

「ユノ」

「ユノ、か」


 苗字は……ないのかな?


「君は、竜人族の子だよな?どうしてこの世界に?」


 彼女はわずかながらも日本語を話していた。俺が知る限りあの世界に日本語とよく似た言語なんてものは存在しないし、ほぼ確実に彼女はここが『別世界』であることを理解しているはずである。


「うーんと、ね。難しいんだけど……」


 そう言った彼女は、一つ息を付くと幼げにも見えかねない要望ににつかずしっかりとした口調で事のあらましを語り始めた。


「つまり、追い出された。と?」


 十分後。俺は牛丼屋の店員の『迷惑だなあ』という視線に気付かないふりをしつつ、駐車場でユノの話を聞いていた。


「そうは言っていない。ただ、旅に出されただけのはず」

「わざわざ異世界くんだりまで?」


 ファンタジーに大分馴染みのある俺にも良く判らないことが多いのだが……。

 彼女はあの世界における神の一柱(まあ、俺には聞き覚えのない神だったが)・ゴディタニナに仕える神官の一人にして、その言葉を聞き身の回りの世話をすることを許された巫女の一員であり。

 ある日突然、その神様とやらに『事情は詳しく説明できないが、異世界に行ってもらう』と突然言われ、簡単な言葉と半日分の食糧だけでこの世界に連れてこられた。

(どっかで聞いたことのある話だな)

 神様に突然言われて異世界に飛ばされる当たりとか特に。


「んで、ユノ。行く宛はあるのか?」

「ない」

「そりゃ困ったな」


 じゃあうちに来い、とは口が裂けても言えない。うちの姉ちゃんはお人よしだからなんだかんだ会ってもコイツのことを受け入れるだろうが、コイツがうちの家族に面倒ごとを持ち込まない保証はない。それは最後の手段だ。


「じゃあ、お前んとこの神様から何をやれ、とか言われてないのか?」


 というか、それを彼女が話さないからこそ俺は『追放されたのでは』と思ったのだが。


「んと、ニホンっていう国に行くように言われた」

「それはここであってるな」

「それから、助けてくれる人を探すように言われた」

「まあ、妥当だな」

「で、誰かが助けてくれたらその人に養ってもらうように言われた。ニホンにはも

のすごいお人好しか、或いは見てみぬふりする冷たい人間のどっちかしかいないから、お人好しを見つけたら絶対について行けって」

「ほうほう」


 って、俺じゃねえか。というかゴディタニナ様とやら、やけに日本の事情に詳しいな……。


「で、あとこっちの神様に連絡とるように、って。ジンジャーって言うんだっけ?そこに行けって言われた」


 ん?ああ。神社か。

 こっちの神様に連絡とれっってことは追放されたわけでもないのか……。

 (にしても、やっぱこっちにもいるのかなあ………。神様)

 向こうにいた時分、出会った神様にはロクな思い出がない。

 ある日突然俺を謎空間に呼び出して、全く何の説明もせず適当にチートを寄越して俺をあの世界に落とした女神。

 『みんな不死身になりたいんだよね?』とか言うトチ狂った思想で信者全員をゾンビにした土着信仰のクソ精霊。

 んで、とどめに『すべて計画通り!』が口癖のラスボスこと『堕ちし神』君。っていうか、その台詞は普通にアウトじゃねえの?


「うん、ロクな思い出がねえ」

「どしたのシンジ?」

「気にしなくていい」

 

 少し悩んでいたらユノが顔を覗き込んできたので慌てて首を振る。

 とりあえず神社まで連れてけばいいってことかなあ?俺も家に帰らないとだし、そろそろ開放してほしい……。

 と、その時。


「とうッ」


 やたらヒーローっぽい叫び声とともになぜか牛丼屋の屋根から飛び降りてくる人影が一つ。


「お困りのようだなッ!」


 青いつなぎにペンキの缶、そして刷毛を握ったいかにも作業員ですという恰好。


「アンタが来たせいで余計にね困ったよ!元宮先輩」


 彼は、知り合いだった。


「オイこら元宮!ちゃんと梯子を使え!飛び降りるな!」


 現場監督らしき人物の叫びを無視して先輩は牛丼屋の陰、工事業者の車の方へと歩いて行く。え、こっちに用があるわけじゃないの?

 視界からフェードアウトした彼にしばらく唖然としていたユノが口を開く。


「怪しい人、です」


 率直なユノの感想に心から同意する。が、この先輩は変人であれど悪い人ではない。


「大丈夫。知り合いだから」

「つまりシンジも怪しい人?」

「そうじゃねえよ!」


 と、話しているうちにペンキと刷毛をタオルに持ち替えた先輩が再びこちらに顔を向けた。


「よう河野!久しぶりだな」

「お久しぶりです」

「なんか失踪したとかしないとか聞いてたけど、お疲れさん」

「アハハ」


 流石にここで異世界とか言い出すわけにはいかない。たとえ彼がどんなに変人であったとしても、受け入れてもらえない気がする。というかこの人に頭の心配をされるのは癪なので言いたくない。


「あとついでに、高校中退って、どんな気持ち~~?」


 何となくこのあおりは想定内だったが、実際にされてみるとマジでウゼエ……。


「んで、そっちの娘は誰子ちゃん?」

「えーと、海外からの旅行者でユノ、って言うらしいんですけど……」


 やや苦い台詞だとは思うが異世界がどうのというわけにもいかない。


「へえ、カッコから見て秋葉とかに行きそうなのになんで浜岡に?」


 先輩はユノの格好をコスプレと思ったのだろう。彼女のことをアニメファンだとでも勘違いしたのだろうか。なんにせよ好都合である。


「何だったかのアニメの聖地巡礼でこの辺りの神社に行きたいそうで……」

「(ねえ、シンジ。アニメって何?聖地って?)」


 背中でユノがなにやら言っているが説明は後だ。


「だから案内してやろうかと……ッ」


 言いかけた瞬間、先輩の雰囲気にとげのような物を感じ俺は一瞬で身構える。


「お、流石勇者サマ(・・・・)、反応が早いねえ」


 続く先輩の言葉に感じた嫌な予感が的中したことを理解し、俺は説得より無力化を試みる。

 練る魔力は多めに。属性は雷。効果は麻痺。


「『パラライズ』……ッ!?」

「だが何も起こらなかった、ってね」


 身の内で感じていた魔力は放った瞬間に霧散。何もなかったように消え去る。

 不敵に笑うその姿に慌てて身を引こうとするも。


「一歩遅い」


 先輩は俺の手を掴むとどこからともなく唐傘を取り出し、開く。瞬間、意識が暗転した。

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