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「八の字巻きができないやつは童貞なんだよな」
シールドケーブルを巻き直しながら、
ああ、やっぱ瓜田さんかっけーっす。まじリスペクトっす。
俺は心の中で賞賛しながら瓜田さんを手伝う。
最近付き合い始めた紅一点ボーカルとギターがろくに片付けもせずに出て行ったあとのスタジオに、ケーブルがぱんと床を打つ音が響いた。
発情期の猿みたいに異性にしか興味のない軽音部のメンバーたちの中で、尊敬できる先輩は瓜田さんだけだった。
パートはキーボードだけど、ギターもベースも弾けるしドラムも叩ける。PAの知識もあるし、作曲もできる。ベースを抱える姿がようやくサマになってきたくらいの俺からしたら、雲の上のような人だ。
がつがつ教えを乞う俺を瓜田さんもかわいがってくれ、何かと目をかけてくれる。初心者に毛の生えた程度の俺をバンドに引き入れてくれなかったら、きっと今頃この軽音部に俺の居場所はなかった。
「ナンバガが初期アジカンやベボベの影響受けてるに違いないだってよ、逆だろ逆」
スタジオ練の後のいつもの安居酒屋で、瓜田さんは美味そうにビールを飲む。
少しでも瓜田さんに近づきたくて飲みまくっているうちに、下戸だった俺にもようやくビールの美味さがわかってきた。
「こいつ、サブカル人間ですって言うわりにリンキン・パークが好きなんだってよ。映画マニアがセカチュー好きって言うようなもんじゃね?」
酒が入ると少々口の悪くなる瓜田さんが悪態をついているのは、自称音楽好きのTwitterアカウントだ。実際、瓜田さんの音楽知識に敵う人間はそうそういないのではないだろうか。
隣りのテーブルにいたうるさいグループがいつのまにか帰って、BGMが聴きとりやすくなった。どこか聴いたことのある曲が俺たちの鼓膜を撫でる。
「やっぱり90年代の曲はリバーブが深いなあ」
蛸わさをつまみながら、瓜田さんは独りごちた。ああ、瓜田さんの知識と語彙を俺の脳にコピー&ペーストしたい。
瓜田さんが詳しいのは、音楽についてだけではなかった。
「村上春樹の文体ってブローティガンとヴォネガットにめっちゃ影響受けてるよな。徐々にあの路線から離れていったことでカッコよくなくなっていった感じあるよな」
「ダイヤを選ぶときの"4C"って知ってるか? カラット、カラー、クラリティ、カット。これを知らずにテキトーなもん贈って馬鹿にされるなよ、浜岡」
惜しげもなくぽろぽろとこぼされる雑学を、俺は必死に心のメモ帳に書き留める。
美容院に行ったばかりだという瓜田さんの髪の毛の先まで教養が詰まっている気がした。
スタジオに入った日は、夜まで高揚が持続してなかなか寝付けない。音源を何度も聴き返し、自分の演奏のアラを見つけては悶絶した。
瓜田さんみたいになりたい。クールな演奏ができて、他人を圧倒するほどの知識とセンスがあって。
まずは形から真似してみようかな。ふと思いたち、俺は布団の中でスマホを操作した。瓜田さんの通っている美容院を聞きだしておいたのだ。
Twitterで店舗のアカウントを検索すると、簡単に見つかった。
「@uritan02_1999 様、ご来店ありがとうございました! スタッフ一同またのお越しをお待ちしております♪」
……ん?
引用リツイートされている来店ツイートに俺は目を留めた。「uritan」は「うりたん」と読める。
まさかと思い、元ツイートの投稿者を確認する。アイコンに使われている写真は、まごうことなき瓜田さんの愛機・ヤマハの電子ピアノだ。
え、え、瓜田さんのサブ垢? まじかよ。
俺は動揺しながら、心配になるほどフォロワーの少ないそのアカウントのプロフィール欄をチェックする。
「裏垢の裏垢は表垢。大学3年。軽音部key担当。作曲もします。音楽全般詳しいっす。お仕事依頼はDMにて。フォローミー!」
束の間、思考が固まった。
瓜田さん、本当はこんなキャラなんだ……。
見てはいけないものを見てしまった思いと罪悪感に苛まれながら、それでも俺は彼のツイートをスクロールした。
メイン垢とは違って、ささやかな日常のつぶやきよりも他人のリツイートが多めだ。雑学botや名言botといったただのパクツイアカウント、中にはバンドマン向けまとめサイトなんてものもあった。
「ダイヤモンドを選ぶときの"4C"とは、①カラット②カラー③クラリティ④カット。贈る相手に失望されないよう正しい知識を身につけるべし!」
「初期の村上春樹の文体はブローティガンとヴォネガットに多大な影響を受けている。その路線から徐々に離れていったことで、かっこよさが減じていった」
「これができないバンドマンは童貞!? ケーブルを傷めない八の字巻きを覚えよう!」
……。
俺はスマホのモニタ電源を切った。
バンド、抜けようかな。布団をかぶり直しながら、初めてそんな思いがよぎる。
今まで瓜田さんの作った曲も、本当に全部オリジナルだったのだろうか? そんな疑いまで抱いてしまう自分が、さらに悲しかった。
闇の中でしばらく目を閉じていた俺は、思い直してスマホをもう一度手元に引き寄せた。
ぽちり。
@uritan02_1999のフォローボタンを押す。
瓜田さんと俺の第二章は、今ここから始まる気がして。
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