マリリンの爪

 えっと、じゃあ私はこの「季節のパフェ」でお願いします。早摘み苺の……はい、それで。


 この店久々に来たなー。

 言ったっけ? 昔ね、この駅の裏側にあるペットホテルで働いてたの。言ったよね。そうそう、そこ。

 夜勤明けとかによくここでコーヒー飲んだりしてぼーっとしたの。


 懐かしいな、なんかいろいろ思い出しちゃう。

 そうそうあのね、すんごい凶暴で誰にも懐かない猫がいてね。

 すぐにシャーッ! って爪立ててくんの。まじ怖いのさ。その飼い主が旅行好きで、しょっちゅう預けてくるんだけどね……


 ……え? 茶トラ。茶トラのね、すんごいデブ猫。デブ猫でブス猫。

 そのくせにね、名前がマリリンっていうの。笑っちゃうでしょ。スタッフからめっちゃ嫌われてた猫。


 あまりにも凶暴で獰猛でね、エサは飼い主の手からしか食べないの。まちがって手近づけたりすると、シャーッ! って。そう、引っかかれたり噛まれたり。

 でもって、4泊5日とか一週間とかちょいちょい預けられてくるわけ。飼い主があのペットホテル気に入ってたみたい。


 だからね、えさあげるにもね、こう、ケージの中にヒュッて投げ入れるわけ。……ウケるでしょ、ウケるよね。

 ほとんどサファリパーク状態。ライオンかっつー話。ってか、実際あの爪はほとんどライオンそのものだったなー。


 でもある日ね、食事のときにね、珍しくそのマリリンがゴロニャーンとか言って甘えてきたの。

 そんとき初めてかわいいかもとか思ってね、うっかり直接エサあげようとしちゃったんだ。

 そしたら即、シャーッ! って。そう、ざっくりやられて。床にボタボタ鮮血が滴ってね。

 ……そう。うん。そりゃあ痛かったよ。泣くかと思った。


 あんな猫のどこに愛情注げるのかね、飼い主は。今思い返しても謎。

 ぶくぶく太って、顔もブサイクでね、鼻ばっかりやたら大きいの。

 毛並みだけはすんごい良くてさ、ツヤッツヤのふさふさなの。普段甘やかされ放題で、人間よりいいもの食べてたんだろうね。


 そうそう、普段の好物はかまぼこですって言ってた。それもね、小田原の、鈴廣とか籠清とかのめっちゃいいかまぼこ。高いやつ。

 ウケるでしょ、猫のくせにさ。


 ――ってか、お腹空いたよね。パフェ遅くない? もうずいぶん待ってない?

 ……あ、来た来た。はーい。あ、そっちあたしでーす。はーいどもー。


 え、あれ?

 なんかこれ……少なくない?

 苺ってこれだけ……? クリームも……貧相っていうか……ボリュームが……。

 メニューの写真とだいぶ違うような……え、こんなもんなのかな……。ね……。


 まいっか、うんごめん、そうだよね。食べる食べる。

 ……でもさ、あっ、振り返らないで聞いて。なんかあの店員さん、さっきからずっとこっち睨んでるんだよね。

 気のせいかな。気のせいだよね。ごめんごめん。いただきまーす。



(うるさい、黙れ。あたしの大切なマリリンを悪く言うやつは呪われろ)

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