第3話「水を求めて」
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店で売る商品を作る為に、澄んだ水と薬草が必要だ。
俺はクライン爺からの有難い申し出により、二人の巫女と共に街の西門から外へ出て、「精霊の湖」と呼ばれる場所へと向かっていた。
「しかし改めて聞くと、精霊の湖とはまた大層な名前をつけたものだな。」
「ねー。大昔は精霊が住んでたらしいってじっちゃんが言ってたけど、ボクは嘘だと思うなぁ。そんな御伽噺みたいな事、子供しか信じないよ。」
「でも、本当に精霊様が住んでいたとしたら、素敵な話だと思いませんか?」
「確かにな。」
道中そんな話をしながら、特に脅威となるような魔物との遭遇もなく、俺達は湖へと到着した。
広大...という程ではないが、そこそこ広い湖だ。しかしその割に水深が驚くほど深い事で知られている。そのせいか、ここに物を落とすと湖の精霊が出てきて落とし物について問いかけてくる、正直者には褒美を与えてくれる、等といった眉唾物の伝承があるのだ。だからここは「精霊の湖」なのだ。
「ほんと、久しぶりに街の外に出たから冒険に出るような気分だったけど、これじゃあ何だかお散歩かピクニックだなぁ。」
ライディは退屈そうにしている。確かに道中や湖に生息している魔物は、これといって強かったり、特殊な能力を持っているわけではない。俺達の能力なら、一往復するくらいどうという事はなかったのだ。
「まぁ、クライン爺の心配が杞憂に終わりはしたが、俺には俺の目的がある。まずはそれを果たさせてもらうとしようか。」
俺は湖に近づき、持ってきた採取瓶で水を採る。
「キリートさん、どうですか?」
エアロナが近づいてきて様子を伺ってくる。それに俺は、首を振って応えた。
「水質があまり良くないな。魔物のせいで水が汚染されているのか...それとも湖に棲む生き物の生態系がおかしくなってしまったのか...」
街の排水がこの湖に流れ込むような構造ではない。となるとやはり自然系に要因があると考えられる。
「えーっ!?じゃあどうするの?」
「上流へ向かおう。どこまで遡れるかは分からないが、そこで水質を調べたい。」
「はーい...はぁ、とんだピクニックだよ...」
「えいっ!やあっ!」
ライディが拳を振るう。小鬼のような姿をした魔物は激しく吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。
「はっ!」
すかさずエアロナが魔物の額に矢を射る。それがとどめになり、魔物は消滅した。
「さすがだな。ライディの強さはあの時見ていたが、エアロナの弓も正確だ。」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいですね。」
「でもね!でもね!ボクたちはまだ「本気」じゃないんだよねー!」
「そうなのか?それでも充分強いと思うのだがな。」
「へへーん!今日は余裕だし、後で見せてあげるね!」
「そうか...そう言えるほど余裕があるなら...」
そう言いながら、俺はライディに向かって剣を振るう。剣はライディに襲い掛かろうとしていた獣を切り裂いた。
「...自分の背後にも気を配るべきだな。」
エアロナも弓を引いていたが、俺の方が数秒早かったようだ。
「...あはは、やだなぁ、冗談だって。」
ぱたぱたと服をはたきながら気まずそうに笑うライディ。
その姿を見て、俺とエアロナは軽くため息をつくしかなかった。
「しかし、だいぶ歩いてきたな...水の音が大きくなってきている、という事は、この先は滝があるのか。」
「...キリートさん!あれを!」
いち早く異変に気付いたのはエアロナだった。
俺もライディも遠目には分からなかった。だがよく見てみると、魔物が滝の辺りに密集しているのが見えた。あれは...半魚人の群れか!
「そっか、あいつらが水を汚していたんだ!」
「しかし、あれを全部相手にするのはさすがに無理だろう。どうする?」
少し考えていると、最初に口を開いたのはエアロナだった。
「キリートさん、ここは私たちに任せてもらえませんか?」
「そっか、水場ならボクの力が使えるね!」
どうやら二人には、この状況をどうにかするアテがあるようだ。
「何か作戦があるのか...だが、勝算はあるのか?」
「もしかしたら数匹取り逃すかもしれません。でも、半魚人のほとんどは水中にいます。だったらきっと...これが最善策のはずです。」
「分かった。取り逃したヤツに関してはどうにかしよう。決して無茶はするなよ。」
俺の言葉に二人は頷き、エアロナは弓を、ライディは拳を構えた。
先に動いたのはエアロナだった。彼女の周囲に風が集まっているような感覚を覚える。
それに反応するかのようにライディが走り出した。俺と対峙したあの時のように、空気がビリビリと痺れているような感覚だ。
「風の矢よ、悪しき敵を穿て!ウィンドアロー!」
エアロナの手元から、立て続けに三発の矢が発射される。風の矢は滝の手前側にいた半魚人たちを正確に打ち抜いた。
「今度はボクの番だもんねっ!怒れ雷撃!ボルトナックル!」
エアロナの打ち抜いた半魚人の消えゆく残骸を飛び越え、ライディは水の上にいる半魚人に雷の拳をくらわせた。その一撃で半魚人の顔面を潰して水面に叩きつけると、雷撃が一気に水面を走る様子が見えた。
凄まじい雷撃に、水に触れていた半魚人たちは揃って蒸発してゆく。
「やったか!」
「まだだよっ!川の反対側に三匹!」
この時俺は見逃していた、川の中にいなかった半魚人がまだ残っていたのだ。奴らは既に危機を察して、草葉の陰に隠れようとしている。
「ちっ!”再構築”!刃よ風となれ!”不可視の刃(インビジブルブレイド)”!」
俺が力を使うと、持っていた剣が消える。そのまま手を振りかざすと、対岸で逃げようとしている半魚人のうち一匹の体が両断される。だが残念な事に、残り二匹に刃は届かなかった。
ライディが対岸に飛び出し、エアロナが矢を射るも、その頃には既に草に隠れて逃げられてしまった後だった。
「くっ...すまない、取り逃がした...」
「ほんとだよー。こんなんじゃあ、キリートもボクに説教なんて出来ないねー!」
「ですが、ここを巣にしていた半魚人たちを追い出す事が出来たというだけで充分ですよね?私たちの目的は綺麗な水なんですから。」
「...そうだな。ありがとう。」
確かに、今回は討伐ではなく採取が目的だ。要は澄んだ水さえ手に入れば、半魚人がどうなろうが関係ないはずだ。
「では滝の水を調べてみるか...」
俺は再度、荷物の中から採取瓶を取り出す。そして滝の水を瓶に入れた。
「...よし、これなら大丈夫だろう。やはり原因は半魚人だったか。」
「じゃあ街に帰ろうよ!じっちゃんもずっと放っておけないしさ!」
ライディの言葉に俺は頷き、持ってきた瓶の数だけ滝から水を採り、帰路についた。
異変が起きたのは、先程水質を調べた場所...湖の前での事だった。
恐らく先程取り逃がしたであろう半魚人たちが待ち構えていたのだ。
「もう、懲りないやつらだなぁ!」
俺達は揃って戦闘態勢に入ると、二匹は湖に振りかえり、飛び込んでしまった。
「...何だったんだ、一体...」
訳が分からないので街へ帰ろうとした、まさにその時だった。
鈍く響く叫び声のような音が周囲に響いた。木は揺れ、水面が激しく波打っている。
「な...何だ!?」
「キリートさん!来ます!」
最初に危機に勘付いたのはエアロナだった、そしてそれは、すぐに俺たちの前に姿を現した。
徐々に激しく波打つ湖の中から這い上がってきたのは半魚人だった。だが、先程戦ったやつらとはスケールが違う...どころではない。俺と比較しても5倍は背が高いだろうか。明らかに突然変異と思われるほど巨大だった。
怒号のような叫び声をあげ、巨大な半魚人はこちらを威嚇しているようだ。
「こいつは...こいつが半魚人たちのボスなのか...!」
「やば...こいつ、ほっとくって訳には...いかないよね?」
確かに、俺達の手に負えないなら逃げるという選択肢もあるだろう。
だが、俺が逃がした半魚人がこいつを呼び寄せてしまったのであれば、責任は間違いなく俺にある。逃げる事はできない。
「エアロナ、ライディ。お前たちだけでも逃げろ。さすがにコレに勝てる自信はない。」
「私たちだけ逃げるなんて...キリートさんはどうするんですかっ!」
「お前たちが逃げる時間くらいは稼げるだろう。クライン爺に頼んで、街に戻って討伐を依頼しろ。戦闘慣れした人間の力がなければこいつを倒すなど...無理だ。」
「そんなの!戦ってみなけりゃ分からないよ!」
決意が早かったのはライディだ。雷を纏って一番に半魚人に殴りかかった。
「お前っ!俺の話を...」
「いいえ、ライディの言う通りです。キリートさんを残して、私たちだけ逃げるという事はできません!」
そう言って、エアロナも風を纏って弓を構える。
「...お人好しだな...後悔しても知らんからな!」
俺も覚悟を決めて力を使う。腹を決めた以上、出し惜しみは無しだ。
「”再構築”!刃よ風となれ!”不可視の刃”!」
先程のように見えない刃を振るう。しかし、命中した刃が半魚人を切り裂く事は出来なかった。代わりに甲高い金属音が辺りに響く。
「ちっ!皮膚が硬質化しているのか!」
「違うよ!あいつの体、鱗がたくさんあった!鱗のないとこならいけそうかも!」
攻撃の合間、一度着地したライディがそう言った。
一度落ち着いて、よく観察してみる。腕、脚、腹、肩...あらゆる場所が鎧のように鱗に覆われている。恐らく背中も同じだろう。
「となると狙うは...」
「頭っ!」
既に半魚人の腕を足場に、更に高い位置まで飛び上がっていたライディ。
「いっくよー!これが雷神の鉄槌だあっ!」
半魚人の頭上高く、空中で前転するように回るライディ。次第に雷の力が強まり、回転も速くなっていく。
「くらえーっ!トール・ハンマー!」
雷の力と回転の力と落下の力が完璧に乗った、強烈な踵落としの一撃が半魚人の頭に直撃した。
さすがにこの一撃は効いたのか、半魚人の体はぐらりと後ろに傾いた。
よし、これなら...と思った瞬間だった。傾いた体勢で踏みとどまった半魚人が一瞬険しくなったような表情を見せた後、ライディに向かって紫色をした汁を吐き掛けた。
「うわぁっ!」
突然の、しかも思わぬ攻撃に怯むライディ、その隙を半魚人に狙われた。
まるで飛び回る蝿でも払うかのように、半魚人の右手はライディを捉え、強烈に地面へとはたき落とした。
「ライディ!くっ!”不可視の刃”!」
顔面ががら空きの隙に、俺の刃が半魚人の左目を切り裂いた。
不気味なうめき声を発しながら、半魚人は両手で顔を覆った。そしてその間に俺はライディを抱えて後方へと下がった。
「ライディ、大丈夫!?」
エアロナが心配そうにライディに声をかける。
「風の神よ、癒しの加護を!ヒールウィンド!」
風が俺たちを包む。そうすると、みるみるうちにライディの傷が塞がっていった。
「姉貴、ありがと...」
「エアロナは回復の力も使えるのか...凄いな。」
傷は塞がったが、ライディは変わらず弱っているようだ。
「私の力は傷を癒す事は出来ますが...恐らく今受けたのは毒の攻撃、残念ながら毒の治療までは...」
そう話している途中で、すぐ近くに半魚人の手のひらが落ちてきた。
幸い左目を潰した事で狙いは定まっていないようだが、その分顔の周りを左手で塞がれてしまった。右手はこちらを叩き潰すかのように振り下ろし続けている。
「さっきの一撃で決めきれなかったのはまずかったな...これでは攻撃が通らない。」
これはいわゆる詰んだ、という状況だろうか。
俺の攻撃は奴の鱗に阻まれてしまう。恐らく、エアロナの弓も弾かれてしまうだろう。
ライディにもう一度攻撃を頼むにも、毒に体力を奪われて致命打にならない。毒の回復手段は...残念ながら今はない。
そして弱点であったはずの顔は、左手でガードされてしまった。あれでは”不可視の刃”も通らない。
「解毒薬が...せめて薬草さえあればすぐにでも調合したんだが...!」
残念ながら、そう都合よく解毒薬の材料になる薬草はなかった。
「万事休すか...エアロナ、やはり街に戻って誰か応援を...」
「おうおう、派手にドンパチやってんなぁ!」
俺の言葉を遮って、見知らぬ男が割って入ってくる。
「お前は誰だ!」
「おいおい、お互い自己紹介するようなタイミングじゃねぇのは分かってんだろ。まずは粗大ゴミを片付けてっからにしようや。どのみち、アレはオレ様にとっても”マト”だからよ。」
等と言って、男は俺たちの前に出た。俺よりも背が幾らか高く見える。
「さぁ、選手交代の時間だぜ!討伐される覚悟は出来たか!」
にやりと笑いながら、男は巨大な半魚人と対峙した。そして、右手で腰のところに掛かっていた拳銃を素早く抜き、連続で数発発射した。しかし、その弾丸も半魚人の鱗に阻まれてしまう。
「ヒュウ、そうでなくっちゃなぁ!」
男は拳銃の弾を、黒い手袋をした左手で素早く入れ替え、再度半魚人に向かって銃弾を放った。
今度も弾かれるかと思いきや、銃弾は鱗を突き破った。だが、さすがに半魚人の体を貫通するまではいかないようだ。
「今のは特別製だ!そこらの鉛玉と一緒にすんなよ!」
男が次々と放った弾丸は、半魚人の体に傷をつけていく。
怒り狂った半魚人は、ついに左手を顔から離し、両手で男を潰しにきた。
「狙いが定まってねぇな!さては...おい!左目をやったのは兄ちゃんか!」
突然、男が俺に向かって話しかけてくる。
「あ、ああ!そうだ!」
「オレ様に一発逆転のアテがある!右目もいけるか!?」
「分かった!任せろ!」
ライディをエアロナに任せ、俺も再度半魚人に立ち向かう。
「自分の身は自分で守れよ!オレ様そこまで責任は取らんぜ!」
「大丈夫だ!すぐに片が付く!」
そう言って俺はもう一度、持っていた剣に力を使う。
「”再構築”!刃よ風となれ!”不可視の刃”!」
見えない刃が半魚人の顔面、今度は右目を目掛けて放たれ、狙い通りに命中した。
両目を失った半魚人は一層激しい叫び声をあげ、またしても両手で顔を塞いでしまう。
「しかしここからどうする気...っ!」
“一発逆転のアテ”が気になった俺が男に問いかけようとしたその時、男は「自分の左手首から先をこちらに投げ捨てた」のだ。俺の頭上を飛び越え、エアロナやライディのいる辺りに落ちたのだろう。二人のひっ!という声が聞こえた。
「さぁ、ここからがド本命、なかなかお目にかかれるモンじゃねぇぜ!」
男が左腕にかかっている羽織りの一部をばっとめくると、そこにあったのは機械の腕...というよりは銃の砲身という方が近い形状のものだった。
「兄ちゃん!コイツを全力でぶっ放すには、ちぃっとばかし時間が要る!そのまま攻撃を続けろ!」
「ああ!」
俺は言われた通り、見えない刃で半魚人の顔付近を攻撃し続けた。
刃は通らないが、両目が見えない半魚人に左手で顔を塞がせ、右手で何もない場所を攻撃させ続けるように仕向けた。
「さぁ、もう充分だ!お楽しみの時間がやってきたぜ!オレ様から離れときな!」
言われて、おれは攻撃を止めて剣を手元に戻し、少し後ろに下がった。
「ド派手に行くぜぇ!フルバースト!アカシック・フラッシャー!」
次の瞬間、凄まじい衝撃や閃光と共に物凄い熱量の光線が男の左腕から放たれた。
熱光線は半魚人の左手と顔面を貫き、空へ伸び、雲にまで大穴を開けた。
光線が収まり、視界が安定するまで十数秒程度だった。左の手と首から上が綺麗になくなった半魚人はその巨体を前に倒し、周囲に砂煙と草の欠片を巻き散らした。そして、じわじわと体が蒸発していき、最後には紫の石を残して消えた。
「こいつが戦利品か。まぁいい、頂いていくぜ。」
紫の石を拾いあげ、男はその場を立ち去ろうとした。
「待てっ!」
「あぁ?まだ何かオレ様に用が...ああそうか、しゃーねぇ、ちっと待ってろ。」
男はエアロナとライディに近づき、投げ捨てた左手を付け直した。手の動きを確認してから、男は自分の荷物を漁り始めた。
「ほらよ、解毒剤だ。これでも飲んどきな。」
「あ、ありがとう...」
ライディは受け取った薬の瓶と男の顔を見比べながら、少し迷って中身を飲んだ。
「お前らも冒険者ギルドからの討伐依頼を受けて来たんだろ。だったら敵の情報くれぇ先に調べとかねぇと、返り討ちにあうだけだぞ。」
「冒険者ギルドの討伐依頼?いや、俺たちはただ、ここに水を採取しに来ただけだ。」
「まさか、ただの偶然か興味本位であんなデカブツとドンパチやりあったってのか!」
男はとても驚いていた。俺は事のいきさつを男に説明した。
「そうだったのか。こいつが湖を汚していた原因...ねぇ。まぁ、水質ならちょいと時間はかかるだろうが戻るだろうよ。ちなみにオレ様がここにいる理由はこいつだ。」
そう言って男が取り出したのは一枚の手配書だ。『精霊の湖に突然変異の魔物が棲みついた。討伐依頼、懸賞金4000G』と書かれている。
「んで、魔物の生態系を調べてから街を出て、お前らと鉢合わせたってわけだ。あぁ、自己紹介が遅れたな。オレ様はマーカス・グリーディオ。今は...まぁ、冒険者だ。」
マーカスと名乗った男に返すように、揃って自己紹介を済ませる。
「んで、オレ様は目的を達成したから街に帰らぁ。お前らはどうすんだ?」
「俺たちも澄んだ水は採取できた。一緒に街へ戻ろうと思う。ついでに、情報交換に応じてもらえると有難いのだが。」
「しゃーねぇ、これも人の縁か。道すがらで良けりゃあ、オレ様の知ってる範囲で答えてやるよ。」
想定外のアクシデントには出会ったが、何とか無事に済んだ水を手に入れる事ができた。まだ課題は多いが、とりあえずは街に帰って体を休めよう...
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