第2話「開店準備」

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 爺さんの残した店の掃除をすること三日。

 布団は干し、机周りや材料保管箱は片付け、壺やら窯やらを磨き、店の陳列棚や装飾品も一通り綺麗にした。とりあえず最低限、店らしい内装にはなったはずだ。

 とはいえ、これでは本当に「店らしい内装になった」に過ぎない...そう、「品物」が何一つないのだ。

 「さすがに材料が無ければな...とりあえずは澄んだ水と薬草か...」

 商売を始めるというのも楽ではないな...と思いながら、片付いた店を後にした。


 そうして俺が向かったのは、街の西区画。

 綺麗に整備され、個人商店や露店商が多く並ぶ場所でもある。

 米や肉類、魚介類などの食料から、服や装飾品、薬品や建築資材など、店の個性も取り扱っている品目も幅広い。

 街の外は魔物が出るような場所だ。当然ながら武器防具の店もある。

 さて、どこで情報を得ようか...と考えながら歩いていた時だった。

 西区画の奥の方、少々高くなっている場所に見慣れない様式の建物を見つけた。

 あれは確か...そう、一部の異界の民が神々を崇拝するための建造物だったか...

 興味を惹かれ、俺は小山の上の建物に向かった。



 「止まれっ!」

 俺が敷地に入るなり、特殊な服装をした金髪の女がこちらに拳を向けて睨みつけてきた。

 「懲りない連中だなっ!また来たのか!無作法者めっ!」

 「...こちらが無作法だったのはすまないと思うが、ならば来訪者にいきなり拳を向けるのは正しい作法なのか?」

 「うっ...うるさい!悪人に説教されるほど、ボクだってバカじゃないっ!」

 話がよく分かっていないが、とりあえず何か勘違いをしているようだ。

 「少し待て。何を勘違いしているのかは知らないが、用事さえ済めば俺は...」

 「だからその用事ってのが、この神社を壊そうって事だろう!騙されないからなっ!」

 ...これは重症だ。俺の話を黙って聞くような人間ではない。しかしどうしたものか、他に情報を得るアテを探すしか...

 「来ないのかっ!だったらこっちからいくぞー!」

 「...っ!」

 おい!さすがに問答無用とは笑えないぞ!

 そう思った瞬間、既に女は間合いを詰め、拳を振るおうとしていた。

 「くっ!仕方ない...”再構築”!」

 まともに話をする為にはせめて戦意を喪失させるしかないと判断し、俺も力を使う。

 そうして、迫る拳を受け止めた。『先程までは手にしていなかった剣』で。

 「正体を現したなっ!じっちゃんも姉貴もいないけど、ボクだけでもお前を追い返してやる!覚悟しろぉ!」

 女の攻撃は素早く、そして重い。今までどんな修練を積んできたのだろうか。

 それでも俺はなるべく傷つけまいと攻撃を逸らす事に徹しているが、相手も相当の実力者。これを続けるのも限界が近いだろう。

 「ならばこれなら!”錬成”!」

 近くにあった背の低い木の枝を軽く一つ折り、力を使ってから足元に投げる。

 地面に落ちた植物は急成長を始め、即席の足掛け罠となる。

 「えっ...うわわ!ぶっ!」

 女は見事に引っかかって転び、まるで冗談のように綺麗に顔面から落ちた。

 その隙に俺は足元の適当な小石を拾い、もう一度力を使った。

 「悪いが、少々頭を冷やしてもらうぞ!”錬成”!」

 石を女の頭上に投げると、瞬く間に形を変えて石の檻になり、女を中に封じ込めた。

 「ちょっと!卑怯だぞ!ここから出せっ!」

 「これで少しは俺の話を聞く気になったか。」

 まだ諦めていないのか、女は力ずくで檻を出ようと石の柱を殴っている。

 「無駄だ。素材はただの石だが、俺の錬金術で強化している。どんなに馬鹿力だろうが壊せるわけが...」

 「すぅ~...はっ!」

 俺の言葉を聞いていないのか、女は全力で石の柱を殴りつけた。いや、あれは掌底か...

 と思った次の瞬間、石の柱に大きな亀裂が入った。

 「嘘だろっ!?」

 何が起こったか、俺にも信じられなかった。まさか、俺の錬成した檻が破壊されるのか!

 「ボクを本気で怒らせたら...このくらいじゃ済まさないんだからな...!」

 檻の中で変わらずこちらを睨みつけてくる。その気迫の中に、体が痺れるような感覚があった。これは本気でまずいかもしれない。

 「二人ともそこまでじゃ。拳を収めぃ。」

 急に俺の背後から声をかけられ振り返る。そこには老人と女性が立っていた。

 「じっちゃん!姉貴!こいつらまたここを出て行けって!」

 「そのようなつもりはないが、結果としてここで暴れ回ることになってしまった。申し訳ない。」

 「分かっておるわい。よう帰ってきたの、キリート。」

 まるで俺のことを知っているかのように老人が話し始めた。

 「ライディ。こやつは儂の旧き友の孫じゃ。敵ではない。」

 「はぇ?」

 檻の中の女は素っ頓狂な声をあげる。どうやら、やっと俺が敵ではないと理解したらしい。

 「そういう訳じゃ。そろそろ檻から出してやってくれんか。」

 「あ、あぁ。すまない。」

 もう一度力を使う。石の檻はただの石ころに戻り、草の足掛け罠はただの木の枝に戻った。

 「ほんに、キルロストの若い頃を見ているようじゃな...長生きはするもんじゃ。」

 キルロスト、というのが俺の爺さんの名前だ。という事は...

 「そうか、クライン爺だったか。歳を取ったな。」

 彼も話していたように、クライン爺は俺の爺さんの友人だ。しかし、昔はこんな様式の建物には住んでいなかったはずだが...

 「ここで立ち話もなんじゃ、中へ入るとするかの。エアロナ、お茶の準備を頼んでもよいかの?」

 「分かりましたわ、お爺様。」

 エアロナと呼ばれた緑髪の女性が、一足先に建物に入っていく。

 俺と戦っていたライディという女も、後を追うように走って行った。

 「ほれ、こっちじゃよ。」

 クライン爺に先導され、俺も建物へと入っていった。



 建物の中をクライン爺に案内される。内装は簡素ではあるが、どことなく神聖な空気を感じる。

 客間と思しき場所に通された俺は、円形で背の低いテーブルの横においてある座布団の一つに腰をかけた。そしてクライン爺は対面の席に座った。

 「本当に久しいの、お主がこの街を離れて...十六年は経ったか?」

 「そうだ...ですね。」

 「気を遣わずともよい。お互い知らぬ間柄ではあるまい。」

 と言われたものの、正直この街で暮らしてた時の記憶はおぼろげだ。クライン爺はとても良くしてくれたから覚えているが、他の二人に関しては全く記憶にない。

 「さて、まずは...お主が錬金術を覚えて帰ってきたという事は、キルロストの後を継ぐという事かの?」

 「ああ。爺さんの店を俺が借りに来た。幸い、最低限の設備は残っていたようだ。」

 「そうか。それならあやつも浮かばれるというものじゃ。」

 クライン爺は、昔を思い出しているように目を伏せながら言った。

 「十年前の...忘れもしない災厄の日の事...儂らは三人で、この街を守る結界を完成させたのじゃ。『七色の賢帝』ラグナリオン・ハーミットの構築した術式、『百薬の錬金術師』キルロスト・マイスターが錬成した完璧な触媒、そして儂『聖の護人』クライン・アークロックが光の力を与える事で、強力な光の障壁を作り出すことができ、結果としてこの街を守ることに成功したのじゃよ。」

 「そうだったのか...しかしそれでは、何故爺さんは死んだんだ?」

 当然の疑問だ。街が守られていたなら、爺さんが魔物に殺されるはずがないのだ。

 「それはな...街の外に追い出されてしまった『異界人』たちを守る為じゃよ。」

 異界人。それは、人類が災厄に対抗するために異世界から召喚された人間たちの事だ。

 最初は『この世界の人間』を守るために『他の世界の住民』を召喚・使役しようと考えていたようだ。獣人や天魔、果てにはドラゴンのような神話生物を想定していたようだ。

 だが、実際に召喚の儀式を行い現れたのは、俺達とそう変わらぬ人間だった。しかし彼らは、血筋によって何らかの能力を所有している事が後に分かったのだ。

 火や水、雷や風など自然のを操る者、斬ったり潰したりする事に特化した者...だが、全ての異界人が『戦争に有利な能力』を持っているとは限らなかった。

 ちなみに、以前話した『戦争で世界総人口の二割が死んだ』の中に、彼らは含まれていない。最初から道具扱いなのだ。

 ...話を戻そう。

 クライン爺の話では、そんな彼ら異界人が結界完成後に街の外へ追放されたらしい。いつまで籠城するか分からない戦争、いわゆる「口の数は減らしておきたい」というやつだ。街の統治を司っている貴族達の圧倒的賛成によりそう決まったようだ。

 そうして追い出された異界人たち、魔物の軍勢を相手に劣勢な姿を爺さんが見ていられなかったようで、単身結界の外に飛び出して行ったという。

 この時、何とか異界人たちの一部を別の安全な場所に避難させることが出来たらしいが、戻ってきた爺さんは満身創痍、そのまま息を引き取った...と。

 「残念じゃが、未だにこの世界は異界人に対する偏見や圧力が強い。かつて奴隷だった人間に人権を認める事を、この街の貴族の半数は快く思っていないのが現実じゃよ。」

 「だが、異界人と俺達を見分ける術は無いのだろう?黙って放っておけば、そのうち大人しくなるだろう。」

 「まぁ、の。」

 と、ひとしきり昔話を済ませたところで、エアロナとライディが揃って部屋に入ってきた。卓の準備をしたあと、二人はクライン爺を挟むように腰かけた。

 「さて、二人が戻ったところで...」

 「あ、あのっ!ごめんなさいっ!ボク、てっきりまたあいつらが来たのかと思って...」

 クライン爺の話を遮るように、ライディが頭を下げた。

 「そうじゃな。急に手荒い歓迎をしてしまった事、誠にすまない。」

 「いや、結局誤解と分かってくれて良かった。だが、もし不都合がなければ話を聞かせて欲しい。何故俺を敵だと思ったのか。」

 その問いかけに暫くクライン爺は何かを考えているようだった。

 「キリート。この建物を見て、何か思わなかったか?」

 「...正直、この世界では見たことのない様式だと思った。そして、俺がこの街にいた頃には無かったはずだ。という事は恐らく、あの災厄の後に建てられたという事になるが...この建物は何なんだ?」

 「この建物は、私たちの故郷にある『神社』という、神様を祀る神聖な場所なんですよ。この神社には、風を司る神と雷を司る神の二柱を祀っています。」

 クライン爺の隣で、エアロナが説明してくれた。

 「『私たちの故郷』...つまり二人は...」

 「ほっほ、その洞察力もキルロスト譲りじゃな。左様、この二人はこの街の召喚陣にて呼び出された異界人じゃよ。縁あって、儂がここで匿っておる。」

 「まだ自己紹介をしていませんでしたね。私はエアロナ・エルトワイト。風を司る神の巫女です。」

 「ボクはライディ・エルトワイト!ボクは雷神の巫女だよ!」

 「キリート・マイスターだ。よろしく頼む。で、肝心のここが狙われている理由は?」

 「ここが『異界の様式を用いて作られた建造物』だから貴族たちが気にくわない、潰してしまえというのが一つ。そしてここは街の少し高い場所にある。ここを壊して巨大な娯楽施設を作り、金儲けをしたいと企む者がいるというのが一つ。今のところ結託している様子は見られぬが、今後はどうかの...」

 なるほど...と思ったが、俺にはひとつ気にかかることがあった。

 「他の場所じゃ駄目なのか?場所を移せば連中の、少なくとも片方は納得するのだろう。」

 「この場所は、この街を流れる気の道...いわば『龍脈』の集う場所なのじゃよ。そして街の結界は『龍脈』を通じて街全体を覆っておる。そして、この建物こそが『キルロストの作り上げた触媒』なのじゃよ。ここを壊すという事は、この街を守る結界がなくなるという事。そしてそれはこの街に魔族が押し寄せてくる事と同義なのじゃよ。」

 「,,,そして爺さん亡き今、代替えを作る余裕は無い。そういう事か。」

 「キルロストだけではない。ラグナリオンも数年前に病気で亡くなった。この街の守りは、もはやここしか残されてはおらぬ。それを、今の貴族達は分からぬのじゃ。」

 「そうか...」

 そんな大事な場所に何も知らず入ったのであれば、ライディの怒り方も分からなくはない。が、もう少し話を聞いてほしかったところではあるが...


 「さて、少々話が長くなってしまったがキリートよ。お主は何故ここへ来たのじゃ。」

 そうだった、本題を忘れるところだった。

 頭を切り替え、事の次第を三人に話す。

 「俺がこの街で店を開くというのは話した通りだが、店で売る品を作るには素材が必要でな。この辺りで綺麗な水と薬草が採れる場所があれば教えて欲しい。」

 「綺麗な水でしたら、街の西門を出て少し行くと湖がありますから、そちらへ向かってみるのはいかがでしょうか?」

 「そうか。水があればきっと近くに野草の群生地もあるだろう。情報助かる、今から向かってみよう。」

 「ふむ。昔よりも数が減ったとはいえ、まだまだ魔物はおる。一人で向かうのは危険じゃろう。二人とも、付いて行ってあげなさい。」

 「良いのか?ここは狙われているんだろう?」

 有難い申し出ではあるが、老体一人残しては有事の際に危険だろう。

 「じっちゃんは結界師だからね!じっちゃんがここにいる以上、招かれた人しかここには入れないんだ!」

 「そういう事じゃ。儂の事は心配には及ばぬ。それにどのみち、放っておいてもそのうち歳に負けて死ぬわい。」

 「クライン爺...それはどういう...」

 「ほっほ、ちょっとした年寄りの冗談のつもりじゃったがの。そちらは殊更心配いらぬ。嫌だと言われても寿命までは生きてやるわい。じゃが、万一の時の介護は頼むやもしれぬで、よろしく頼むの。」

 クライン爺には勝てないな...と思いながら、二人の巫女の協力を有難く受け取るのだった。

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