第34話 ぐうの音は、でた

 宿に戻ったときはヘトヘトだった。子供は途中で寝てしまうし、沙希さんはスイッチが入っていろんなところで撮りまくるし、ついでに自分たちも撮れと言ってポーズする女性陣を撮らされるし。明日は、早起きしなくていいからよかった。

 早起きしなくていいというのは、嘘だった。沙希さんに叩き起こされた。部屋のドアを開けると沙希さんが出かける準備万端で立っていた。

「どうしました」

「霧が出てるよ、奥田くん」

「ほう、そうですか」

「撮影に出かけましょう」

「嫌です。まだ寝てたい。旦那さんと出かけてくださいよ」

「イチゴがひとりになるじゃない」

「こっちで預かります」

「撮影のときは奥田くんの方が便利だから。ついてきて」

「ぐう。祥子に聞いてみます」

「沙希ちゃん、カズキなら貸しますよー」

 聞いていたらしい。

「だって」

「ぐう」

 ぼくはまだ一部起きない脳を無視して着替えてでかけた。目は開いたり閉じたりする。

 スイスの朝は寒い。鎌倉でいったら一月か二月の一番寒いころの感じだ。霧の湿気とキンと冷えた空気で、かき氷を口いっぱいにいれたように眉間が痛くなる。

 沙希さんが、霧をもっと白く撮りたいどうすればいいかなとか聞いてくるので、フラッシュ焚いてみますかとか適当なことをいいながら撮ってゆく。日が出ているので霧はすぐに晴れてしまう。時間との戦いだ。そういえば富士山のときも萌さんとふたりで夜明けから撮影していたななんて思い出す。

 橋の上からのカットを最後に宿にもどった。朝食抜きで歩きまわったから空腹感がすごくて、仙人が霞を食うように霧を食いたいくらいだった。

 今日は町をもう少し見て、インターラーケンという町に移動、行った先で町を見る予定だ。明日はぼくの出番で、ひとりで鉄道に乗って朝から氷河を撮りに行く。

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