第33話 乙女心がわかってないのね、カズキは
「わー、なにここ。おとぎの国みたいだわ?」
「うん、はじめの町だね」
カナとイチゴちゃんの会話は、かみあっているのかいないのかわからないことが多い。本人たちはおかまいなしで、自分のいいたいことを言う。
「あー、なんか地面に立って落ち着いたらお腹すいてきた」
「わかる」
「じゃあ、なに食べる?」
「ガイドブック出すからちょっと待って」
ぼくと祥子、沙希さんは直感で行動する。沙希さんの旦那さんは、頭で考えるタイプだ。そうでなくては会社勤めは無理なんだろう。ちなみに沙希さんの旦那さんは佐々木さんという。それで、ササキサキというなんかマンガみたいな名前が、沙希さんのフルネームだ。
「こんな地図じゃ役に立たないよ。それにこういうのに載ってるのはみんな宣伝だからアテになんかしちゃダメ」
沙希さんは旦那さんに厳しい。そんなに全否定することないんじゃないかと心配になるけど、旦那さんはニコニコしている。人の愛はそれぞれなんだな。
とりあえずインフォメーションセンタへ行くことにした。佐々木さんのガイドブックが役に立ったと言えば立ったんだけど、あっちだねといって目線をあげたらインフォメーションセンタの看板が目にはいった。やっぱりあまり役に立たなかったかもしれない。
市街地図を大人四人がそれぞれゲットした。ぼくのはカナとイチゴちゃんに取り上げられてしまったんだけど。ふたりで地図の両端を片方づつもって眺めている。祥子の地図は使い道がないだろうから、ぼくは祥子のを使えばいい。それで、職員の人に今日どこで食事したのって聞いて地図を頼りにその店を探した。
やっぱりスイス。チーズがおいしい。みたい。ぼくは普通くらいなんだけど、女性陣はチーズが大好きだ。なんでだろう。たいてい男性より女性の方がチーズ好きが多いと思う。味覚にも性別が関係するのかもしれない。
それで、なんにでも溶けたチーズをかけてだしてくれる。野菜でも、肉でも上にチーズがかかってる。肉にはいらないんじゃないかと思うけど、ハンバーグにチーズをのせたりするからヘンでもないのかと思い直した。ぼくはハンバーグにチーズはいらない派だけど。
カナとイチゴちゃんもご満悦でチーズを伸ばしながらモリモリ食べている。
まだ宿に荷物を置いていない。これからまだ荷物運びがあるかと思うと、ワインやビールを飲む気にならない。でも、食事は油と塩分がビールを飲めといっているようなものだ。パンをかじってガマンするのはいかにも味気ない。
町の写真は沙希さんが担当だから、ぼくは荷物さえなければアルコールの摂取にやぶさかではない。ぼくが第一声ハラ減ったといってしまったのが失敗だった。疲れた、宿行きたいといえばよかったのに。ぼくのバカ。
宿に荷物を置いて出かけることにした。宿で留守番をしたいところだったけど、沙希さんはぶらぶらしながら撮影するということで子守の手がほしいとなり、ぼくも狩りだされてしまった。ふたりの娘に大人三人がかりだ。
沙希さんと佐々木さんの出会いは、写真の撮影会がきっかけだった。もちろん、佐々木さんも写真を撮るんだけど、旅行中は子守に徹することになっているらしい。自分のカメラはもってきていないといった。せっかく休みをとって海外にきたのに。同情する。
街並みはなかなかメルヘンで、沙希さんは写真を撮ったし、子供たちはハシャイだ。祥子が両手に子供と手をつないだり、男性陣で肩車をしたり、とにかく勝手にどこかいかないように気をつけなければならない。
「カズキはスイス何回目かしら」
肩車でカナを頭にひっつけた状態で、三回目かなと答えた。答えたあと、あ、四回目だったと気づいた。
「スライムはどこにいるの?」
イチゴちゃんは佐々木さんの頭にひっついている。片手でネックレスをこっちに見せている。
「ごめん、それは冗談でした」
「そうだった。でも、町の外に出たら本当にいそう」
「ゲームの町みたい?」
「うん」
「お城はどこかしらね」
「この町にはないですよね」
佐々木さんの頭脳を頼りにする。
「ジュネーブに行けばお城があったはずです」
「だって、カナ。帰るまでには見られるよ」
「なあんだ、じゃあ、カボチャの馬車も走ってないのね」
「そんなものはどこにも走ってないけどね」
「乙女心がわかってないのね、カズキは。男なら、わたしが用意いたしましょうっていわないといけないのよ?」
「いえないよ、そんなこと。こっぱずかしいし、できないことは言わない」
「ただのタクシーだって、愛するふたりにとっては馬車になるものなの」
「なるほど。勉強になります」
この歳で乙女チックなことを語るというのは、どうなんだろう。将来を楽しみにしていいのか、心配していいのかわからない。祥子もこんな子供だったのかな。小説を書くくらいだから、そうかもしれない。祥子はにこにこしていた。
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