第29話 「表紙の出来はどうでした?」―― 気づかなかった。
「沙希さん、カメラマンの手配は大丈夫です。ぼくカメラマンですよ?知り合いのカメラマンくらいいます。田代に頼んだんです」
「田代?奥田くんて実はすごい人脈もってるね」
「専門学校の同級生なんです。売れっ子だからずっと活躍を遠くから指をくわえて見てる感じだったんですけど。個展にきてくれて、たまに連絡とるようになったんです。そうだ、はじめての個展で沙希さんがきてくれたときだ。その午前にきたんです」
「なんかそんなこといってた。同級生がきたってね。あれだったんだ」
「田代さんて、すごいカメラマンなんですか?」
「売れっ子でよく雑誌なんかにグラビア撮って載せてるかな」
「そうなんですね。このあいだ結婚式で写真撮ってくださいって頼みに行ったとき、調子にのっていろいろ撮ってもらっちゃいました。お金払わなくちゃいけなかったんじゃない?」
「あれは、田代が祥子のこと撮りたがったんだよ。美人だから」
「ないない」
「カメラマンは安心だね」
「はい」
「予定日はいつなんですか?」
祥子は女だから、妊娠出産に興味がわくんだろう。
「四月。まだ先だね」
「学校は?どうしてるんですか」
ぼくの話題はこっちだ。
「通ってる。けど、卒業式にはでられないかな」
「でも、卒業するんですね」
「せっかくだからね」
「仕事は?フリーですか?」
「そうだね、勤めるのはちょっと」
「そうですか。旦那さんの稼ぎがあるから、はじめは仕事なくても大丈夫ですね」
「ぼちぼちかな。祥子ちゃんは仕事なにしてるの?」
「小説書いてます」
「そうなの?」
「ぼくが表紙に写真提供した本があるんです。それが縁で知り合ったんですよ」
その本を沙希さんは買って読んだという。面白かったと褒められて祥子は恥ずかしそうにした。
「評価は気にしないことにしてるんです。どんな本でも、いいと言ってくれる人がいればダメだという人だっているものなので。でも、やっぱり目の前にいる人に褒められると、天にのぼっちゃいますね」
「表紙の出来はどうでした?」
「気づかなかった。どっかに奥田くんの名前載ってた?」
「載ってますよ。表紙を開いた折り返してあるところに」
「だいたい、表紙風景じゃなかったと思うんだけど」
そうだった。ぼくはあの写真を撮ったときのことを思い出した。あのときも祥子に誤解させてしまったんだった。
「なに?顔がにやけてるよ、奥田くん」
「にやけてませんよ。反省していたんです」
「チューリップを買ってきて、カズキの部屋で一緒に撮影したんです。でも、わたしなんで部屋に呼ばれたのかわかってなくて、はじめてのデートで部屋に呼ぶなんて、かわった人だなって、覚悟と期待をして部屋へ行ったんです。だって、風景写真しか撮れない、風景写真、風景写真ってさんざ言ってたんですから。まさか、表紙の写真撮影を一緒にするためとは思いませんでした」
「最低だね、奥田くん。すっごく奥田くんらしいけど」
「まったくです。そのころはまだカズキの本性がわかってなかったんです」
「それが土下座事件?」
「ちがいますけど、その話は聞かないでください」
「まだほかにあるんだ。すっごい興味湧いちゃう」
「そんな話がいっぱいあるんですよ」
「いっぱいじゃないよ。二個か三個くらい、だよ?」
「じゃあ、祥子ちゃん、あとでこっそり教えてね」
「はい、こっそり」
「もう、全部聞こえてるよ」
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