第27話 世界は汚いんだよ――祥子が汚い手を使っただけじゃないかな
「祥子って、どうやって小説家になったの?やっぱり賞に応募したの?」
「はじめ賞に応募しようと思ってたんだけど、メンドクサイこというからやめちゃった。四百字詰めで何枚から何枚までとか、プリントして郵便で送れとか、いつの時代の話?いまは二十一世紀なんですけどって思って。でも、ウェブで応募できる賞もあったんだけど、それは締切がずっと先で、メンドクサイから知り合いに裏から手をまわしてもらって、編集者を紹介してもらったんだ。ほら、わたし英文学科だったでしょ?翻訳とかやってる知り合いいたから。翻訳書の部署の人に小説の部署の人を紹介してもらったってわけ」
「ふーん。よく小説家になれたね」
「世界は汚いんだよ」
「いや、祥子が汚い手を使っただけじゃないかな」
「そうともいう」
「うへー。認めた」
「認めざるを得ない。だって、いまは持ち込みとか受け付けてないんだっていうんだよ。もう賞に応募するしか小説家になる方法がない。そんなのでいいのかって感じ。多様性は?って。小説っていう文化も衰退しちゃうよね」
「そうだね。ケータイでほかにいろんなことできちゃうから、わざわざ時間かけて小説読むっていう人だって減って行っちゃいそうだし」
「だから、普段小説を読まない人に読んでもらえるように工夫しないといけないんだ」
「むづかしいこと考えてるんだね」
「商売だから」
「一発ベストセラーを当てて楽させてよ」
「ぶー。そんなつもりはありませーん。一発あたったら、自分の必要な分残して慈善事業に寄付しちゃうんだ」
「偉いなー、祥子は。できるといいね」
「できるといいし、できなくても困らない」
「つかみどころがない」
「自然体でいいんじゃない?」
「どんな祥子でもいいんだけど、ぼくのそばにいてくれれば」
「んー、うれしいこといってくれる」
ぼくの肩を抱いてきた。ぼくもお返しに祥子の腰を抱く。
「どうしようか。このまま電車に乗って帰る?それか、どこかで泊まって行く?」
「どうしようかね。海岸でちょっとなごむとか?」
「日が沈むのは海の方じゃないよね」
「うん、日が沈むのは見られない。だから、夕焼け空を楽しむ感じ」
「ふーん、こっちに住んでたときはよくしたの?」
「しないしない。なにも珍しくないもん。家で過ごすか、学校で過ごすかだったよ」
「じゃあ、引っ越ししたから珍しくなった?」
「すこしね」
相談をしながら歩いていると、テナント募集の貼り紙がある事務所が目に留まった。自宅兼用だ。
「ねえ、これ。ここ借りるってのはどうかな」
祥子も立ち止まって建物を見上げる。
「ふーん、事務所兼自宅なんだね。わたしはどこでも大丈夫だよ」
「ほら、ぼくたちに子供ができたときに、祥子の両親に子育て手伝ってもらえそうじゃない?」
「下心丸出しだね」
「祥子の両親が困ったときは助けに行けるし」
「一戸建てなら、わたしの声大きくても大丈夫かな」
「どうだろ、防音性を確認しないと」
「そんなに?」
顔を赤らめてぼくの腕をつねっている。かわいい。マンションを見つけようなんて言いながらメンドクサくて後回しにして、ぼくたちはファッションホテルを利用していた。
「じゃあ、電話して中見せてもらおうか」
「明日がいいよ。今日はその辺のホテルに泊まってさ」
たしかに、これから不動産屋に連絡をとって部屋を見て、そのあとで家まで帰るのはおっくうだと思った。
「夏休み前だからホテルとれるね、きっと。まずはホテルを探そうか」
「そうだね」
ぼくたちは、ホテルに部屋をとって、海岸に夕方の海を眺めにいって、翌日は事務所兼自宅を見せてもらった。なかなかいいんじゃないのって言って、借りることにした。行き当たりばったりというか、運命に導かれたというか、ぼくたちの人生はどんどん前に進んでいると感じた。
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