第6話 もっと売りたければ小説を読まない人に買ってもらうしかないですね。

ぼくが気のない返事をしているのに、美人はずっとぼくを見つめている。ぼくはバカだ。

「どういう小説なんですか」

「いい質問です。でも、先入観を持たない方がいいので、ノーコメントです。はいこれ」

ぼくの手の平には一冊の本が載せられていた。どうやら見本刷りらしい。

「あの、ぼく本をほとんど読んだことがないんですけど」

「素晴らしい!」

「え?」

「そういう人に読んでほしいんです。だって、小説を読む人って、決まってるんです。読む人は病気かってくらい読むんです。で、読まない人はまったく別の宇宙に住んでるのかってくらい読んでくれない。すると、本の売り上げはだいたいいつも同じくらいになる。もっと売りたければ小説を読まない人に買ってもらうしかないですね。だから、小説を読まない人も手にとってくれるような本にしたいんです。表紙はすごく重要なんです」

「はあ」

 無理難題を押し付けられた気分だ。

「いままでで、読んだことがある本ってなんですか」

「えーと、なにかな。名前も忘れちゃったような、読書感想文の課題図書みたいなのかな」

「あー、ひどいですよね。感想文ってのは。わたしも、読書感想文には嫌な思い出しかありません」

「そうなんですか?」

「はい。感想って、面白いかつまらないかしかないじゃないですか。それをなんかひねこびた子供が屁理屈つけて文章を書くっていう。全然感想じゃないだろっていう。本当、滅びればいいのに」

「滅びればいいという意見には賛成ですけど」

「ですよね。あと、テストですよ。なんで国語のテストで小説を出題するんですか。小説なんてどう読もうが自由じゃないですか。それなのに丸つけたりバツつけたりする。書く側としては許せない気持ちです」

「そうなんですか?」

「そうですよ。こっちはできるだけいろんな読み方ができるように書くわけです。作者が思いもつかない読み方をしてくれたら、むしろうれしいってもんです。それなのに、このときの登場人物の心情を以下から選べみたいな。そんなのは読む人の自由だー。全部正解であり、全部不正解だーと、わたしは叫びたい」

「はあ、叫びましたね」

「あれ、叫んでました?」

「もっとですか?」

「もっとです。ぜんぜんたりません」

「ということは、あれですか。ぼくがどんな写真を撮っても、それがぼくにとっての読み方だから、それで納得してしまうと」

「そうです。どんな予想外の写真を撮ってもらえるかを楽しみにしてるんです」

 それはそれでプレッシャーだけど。なんだ普通だね、みたいに言われたらショックだ。

 それにしても、作り物めいた容姿をしているけど、中身はわりと面白い人だと思った。もう少し話をしてみたい気がしたけど、ぼくが撮影すべき写真の話は聞けたから、打ち合わせは終わりだった。

 作者と編集者の打ち合わせはまだあるのかと思ったけど、そうではなかったらしい。仮想空間から迷い込んだ美人がぼくと一緒にエレベータに乗りこんだ。編集者に見送られる。

「あの」

「はい」

「撮影のとき、同行してもいいですか」

「え?まだどこで撮るかも決まってませんけど」

「どこで撮るとしてもです」

「はあ。撮影なんて、見ても面白くないですよ」

 以前萌さんを富士山撮影に連れて行ったときの記憶がうっすら浮かぶ。

「かまいません」

「もしかして、新しいことに挑戦したいとか」

「いえ、小説の中でなんでも実現できるので、そういう欲求はありません」

「はあ」

「わたしがいたら邪魔ですか」

 美人に見ていられると落ち着かないと思う。

「まあ、心臓にわるいというか」

 エレベータが一階に到着してドアが開く。

「このあと予定ありますか?」

「いえ、帰るだけです」

 本当は上から見えた庭園を探そうかと思っている。

「では、本屋へ行きましょう」

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