side:BLOOD 14話 いと深きモノ

任務はまだ終わらない。

(こいつだ)

朔弥達に襲いかかってきた異形の機械人形。

どう見ても…なんとなくだが、機神マキナに見えなくもない。

というよりも、機神マキナそのものだろう。

当然回収して科学班に見てもらう。

鏑木ならそう言うだろう。

「おっとっと」

フックロープを使って戸塚も降りてきた。

「怪我はないのか?」

「そりゃ、こっちのセリフ。鏑木さんには報告してあるから、三十分くらいしたらオレらを引き上げてくれるはずだ。コレごとな」

コレ…と戸塚は半ば水に沈んだ機械の異形を顎で示した。

「触らない方がいい。頭を仕留めたとはいえ、普通の」



ザザ、と走る。

ノイズにも似た怪音。

無数の脚が滑るに等しい。

「おい、あれは」

戸塚の伸ばした人差し指の方向を確かめるまでもなかった。

朔弥が目を見張った先にソレは動いていた。

ソレ。

水面から僅かに浮かび上がる機神マキナの表面。

その上に広がる無数の点。

もしくは無数の、

(虫?)

幼い頃に見たことがある。

地面に落ちていたパンの塊に群がる、蟻の群体。

だが、あれよりも歪で異質。

なにしろ、湧き出た出所は一箇所だけではないのだから。

首ばかりか、肩や肘の関節からも溢れ出ている。

歪にして異質。

異質にして異様な、

(こいつらも異形…いや、

機械仕掛けの人型を動かしていた。

朔弥が動き出すのと同じタイミングだった。

機械の操り人形を捨て置き、異形の蟲どもは水面を滑りだす。

その様はアメンボなどとは似ても似つかない。

見たことはないが、下水道を移動する鼠の類だろう。

たとえここが日の当たる外界だとしても、紅い機械仮面ヘルメットは朔弥の素顔を彼の相棒に見せることなどない。

苦虫を噛み潰したような表情すらも。

「慌てんなよ、そっちはどうせ…」

大洞窟の岩肌。

それが風化した木造のごとく、亀裂が広がっていく。

鼠に齧られた壁さながらに。

「規格外すぎるだろ?! バケモンだからって…!」

虫食い…否、蟲喰いの岩肌へと真紅の機神マキナは腕を突き刺した。

この空間に重要文化財の価値があったとしても、追跡に何の影響もない。

ゆえに朔弥は堂々と亀裂を広げた。

「奴は海に出るつもりだ。そのまま海中に逃がす気はない」

「なら、海の装備が必要だな。鏑木さんに手配してもらうぜ」

戸塚に連絡を任せ、突破した岩肌の破片を浴びながら朔弥は異形の蟲を目指した。




亀裂から差し込む陽光が、本来ならば眼球を突き刺すはずだった。

(明反応に慣れるまでのタイムラグがない。ヘルメットの機能か?)

内臓されたゴーグルが朔弥の視力を測定し、視野を調節しているのだろう。

もしかしら裸眼での活動も可能ではないだろうか。

機械技師メカニックでも科学者ドクターでもない朔弥にとって、そのあたりのカラクリは理解の範疇になかった。

朔弥が気にしているのは地形だった。

車窓から見た通り、谷島周辺には海底から隆起した岩が幾つも生えており、それぞれが控えめに島と呼べる造形を成している。

朔弥の機神マキナは洞窟一帯に点在する小島から小島へと跳躍する。

目指す標的が岩肌を次々に飛び移るように。

海に逃げられては厄介だ。

『矢上三曹の機体は浅瀬までなら活動できます。それ以上の深さとなると専用のブースターを装備する必要があります』

が、と逆説を意味する一文字でいったん区切ると、機体のテストを終えた朔弥に南方は決定的な事実を伝えた。

『この機神マキナは地球外のテクノロジーで作られた物です。現時点で自衛隊われわれの標準装備のブースターを装備できる箇所が見当たらない以上、陸地以外での活動は避けた方がいいでしょう』

少なくとも、背中に飛行ユニットが備わっているため対空戦なら問題ないと教えられた。

しかし、空が飛べたところで捕縛を目的とした追跡に意味がない。

(足場が減ってきた。そろそろ海に潜り込むだろう)

キリがない鬼ごっこを終わらせるべく、朔弥は真紅の腕から生える黒い指を広げた。

機体の右掌から煤とノイズを伴い、再び弓が形成された。

跳躍と同時に弦を引くと、透けていた物が露わになるように矢が浮かび上がり、自然とつがえた状態になる。

念じたわけでもなく、ひとりでに形成されていく矢を朔弥は躊躇わずに解き放った。

それは蟲どもの這いまわる軌跡を墓標の如く穿つ。

羽虫ほどしかない大きさと、何かに吸い込まれるかのように速い逃げ足だ。

簡単に矢は掻い潜られる。

それでも、朔弥は矢が刺さった一点まで着地して確認する。

得物の先端は、迷うことなく群体の一個体を捕らえていた。

矢に限りはない。

全て仕留められなくともいい。

逃げたければ、好きにすればいい。

だが、追跡をやめるつもりはない。

いわば、朔弥は獲物を仕留める狩人だった。

「鏑木大佐。南方三曹に伝えてください。捕獲した個体を絶対逃がさないように、と」

『もちろんだ。それに追いかけっこは直に終わるよ。強力な助っ人を呼んだからね』

助っ人、と耳にして最初は須賀の顔がよぎった。

模擬戦で相手をしてくれた彼は、距離に関係なくあらゆる武器を使いこなし、手慣れた動きで朔弥の一歩も二歩もリードしていた。

経験豊富な彼が来てくれるのか。

しかし援軍が来る気配はない。

小島がもうすぐ途切れる。

虚しいほど広がる青い海原を前に、朔弥は口端を歪めた。

(ここまでか)




『ああ? もうへばってんのかよ』



顔に水飛沫がかかる。

機械の顔に覆われた朔弥の皮膚が濡れることはない。

だが、冷やかしのように『冷たい』という感覚だけが刻まれた。

(誰だ)

上から降り注ぐ声。

『見下ろす』というより、『見下す』声だ。

聞き覚えのあるはずが、確かめようがない。

機神マキナのヘルメットに内臓されたゴーグルは視力を調節できるが、直射日光そのものを遮ることはできないのだ。

逆光を受けて海面から躍り出た影を認識できなかった。




それが同じく機械仕掛けの人型だと理解できた時、すでに羽虫の囀りは途切れていた。

海中に潜る直前、異形の蟲どもが密集していた岩肌が消失したのだ。

噛み砕かれたような小島の残骸と瓦解音を後に残して。




(何が起きた?)

立ち尽くす朔弥の背後。

重厚な着地音に対して即座に振り返り、身構えた。

『おっ、いい反応。けど、おせえな』

片膝をついた姿勢から中腰へ。

そのまま仁王立ちに直立する、機械仕掛けの人型は紛れもなく機神マキナだった。

それも青に近い紺色を基調とした黒いライン入りである。

朔弥の機体のような双眼デュアルアイではなく、サングラスのようなゴーグルが顔半分を覆っている。

全長はあまり変わらないが、色やデザイン以外で違いが見受けられた。

(手足の作り…背中に負っているリュックのようか重装備…水陸両用といったところか)

加えて、ヘルメットに覆われた朔弥の目が一点を捉える。

紺色ネイビーがテーマの機体が胸元に刻んだ印章エンブレムを。

紛うことなき日本におけるネイビー…海上自衛隊の証である。

『海自呉基地掃海艦『おのごろ』専用機神科所属、山咫大地やまただいち二曹。たった今異形の虫ケラを食い尽くしたところだ』

ご苦労、と彼の上官らしき男の声が同じ回線から朔弥の耳にも届いた。

『瀬戸内海地区の隊員も一緒だな?』

『一緒もなにも無事ですよ。鬼ごっこしてたんですから』

しれっとした返答に朔弥の眉根が片方だけ持ち上がる。

『鏑木大佐、聴こえているか?』

相手機神マキナのパイロットにとって上官らしき男の呼びかけは、朔弥の上官にも届けられた。

『ええ、ご協力感謝します』

『本来なら海自われわれも関わるべき案件だが、優先事項がある。後処理は君達に任せる』

異形の回収と現場検証、救助された民間人の保護と一部の破壊された文化遺産の報告は全て朔弥達の仕事だと言いたいのだ。

ただし、オールド・ワンに関するデータは貰う。

それだけは譲らないらしい。

『まだ日は浅いが、よくやったな、矢上三曹』

一応労いの言葉がかかった。

『そのまま躍進してくれ』

「はっ」

『引き上げていいすか? もう用はねえわけだし』

朔弥に興味がないのか、山咫からは何も返ってこなかった。

『ああ、とっとと帰ってこい』

『おつかれさまでした』

少女のように若い女性の声を最後に、通信は途絶えた。

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