side: BLACK 13話 『異土端』
五月晴れの陽射しを受け、グラウンドを囲む木々の緑は艶めいて輝く。
そんな新緑を背景とし、汗を拭いながら土埃の中を駆け巡る集団。
クラス対抗リレーやその先に待ち構えるインターハイに備えて励む、放課後のランナー達だ。
応援団を前にした吹奏楽部の生演奏は時折途切れたレコードのように中断する。ごく僅かな楽器だけが、たどたどしい外国語を発音するかのように、一小節分のみ奏でるのだ。
体育祭を控えた中学校において、名物とも言えるグラウンドの光景だった。
「うーん…」
そんな風物詩とは無縁な空間が校舎内の情報学習ルームだ。
今そこで、御堂亜理紗は自身のタブレットを睨んでいる。
しかしそれは、普段から愛用している物とは型番が異なる、学校指定の物。
彼女が就学する以前から、公立学校の各児童生徒にタブレットが支給されることになっているからだ。
(閲覧ならできるのに…)
やろうと思えば、ログインできる。
学校LANにかけられたフィルタリング機能を破ることなど朝飯前だ。
有害データやウィルスからの防御もこなせる。
問題は、
(トレースされたら確実にハッキングしたことがバレちゃう)
結果、こうして画面を睨むことしかできないのだ。
ちなちに、画面に浮かび上がるサイト名がこれ。
『異土端』
全国各地の都市伝説を集めた情報サイトである。
異国の土地を指す『異土』が、転じて『ここではない、どこか』→『この世とは別の世界』という意味を込めて名付けられたらしい。
中にはネット界隈や宇宙空間がテーマの話まである。
アナザーワールドならぬ、アナザープラネットを内包した、宇宙規模の怪異情報総合サイトなわけだ。
そんな怪異情報のうち、亜理紗が閲覧しているソースは一つ。
先日彼女が
『禁断のサーバー00』
従来『スフィア・ソフィア』には全部でサーバーが7つに設定されている。
一方で、一般ユーザーが入れない秘密のサーバーが存在するという。
そこには通常のゲームと異なるエリアが存在するだとか、ゲームの仕様にないキャラクター達が意思を持って生活しているとされている。
問題はいかにしてそのサーバーにログインできるかどうか、である。
特定のユーザーしか招かれないと入れないとか、この世とあの世が繋がる丑三つ時にだけ現れるだの、あちら側のユーザー13人と接触することが条件…などなど。
いずれも根拠がなく、信憑性に欠けていた。
『手持ちが3kあれば入れるとか』
『三途の川の渡賃てやつ?』
『RM狙いか』
『自キャラが男じゃ無理らしい』
『ネカマは論外』
それこそ根も葉もないいい加減な情報である。
(かといって、私もイマイチ知らないんだよねえ…)
あの日、亜理紗がログインできたのは、あらかじめサーバー00に繋がっていた夏目蘇芳の端末にハッキングしたからである。
夏目蘇芳。
探偵事務所の所長にして、人の姿をした異星人。
常人離れした力と頭脳を持ち、未知の技術である人型兵器、
二つ名を、
「ブラックスミス、か…」
これがただの眉唾臭いペテン師か、見掛け倒しの詐欺師であったなら、亜理紗は積極的に関わろうとしなかった。
だが、実際はどうだ。
(蘇芳さんはいろいろ知ってる。今街で起きてる事件のことも、人に紛れて暮らしてる異星人のことも)
それ以前に、警察内部でなければ手に入らない情報も握っている。
だからこそ、あれから何か進展がないか聞けると思ったのだ。
一週間前、市街地以北の国道で発見された遺体が二つ。
うち一つはトラックの運転手らしい制服姿だったという。
どちらも大型トレーラーのコンテナで見つかったらしい。
以来、通り魔の事件はバッタリ起きなくなっていた。
(見つかった死体が犠牲者だとしたら…それに、あれから一週間経つのに新しい被害者は出ていないみたい)
つまり、あれが通り魔の引き起こした最後の事件ということになる。
そして『最後の事件』以来、夏目蘇芳とは一週間連絡がついていない。
(電話にも出ないから留守電とメール残したのに…)
もう一つの連絡手段として、再びゲームにログインもした。
結果は、AFK(インしたまた離席)状態)だった。
それも00ではなく、一般ユーザーが使えるサーバーの一つ。
ただし、亜理紗がキャラクタークリエイトの際に選んだサーバーとは別だ。
(最悪、同じサーバーでキャラ作ろうかな。育てなくても倉庫キャラってことにすれば…)
「御堂さん、今いい?」
顔を上げると、同じ一年の男子生徒がファイルを片手に覗き込んでいる。
「え…何? 鮫島君」
物騒な名前とは裏腹に、当の一年男子は人当たりがよく温厚だ。
「いや、お取り込み中ならごめん。今夜の取材、来れそうかなって思って」
取材というのは、亜理紗が所属する総合情報メディア部の活動の一つだ。
生徒数の減少を受けてパソコン部と新聞部が合併した結果、誕生した部活である。
紙媒体の学校新聞だけでなく、ホームページやTwitter、InstagramなどのSNSによる学校情報の発信が義務付けられている。
(そうだった…私、今月の当番だったっけ)
鮫島は再度確認を取る。
「イケそう?」
「大丈夫。7時に正門の前ね」
母親の一件で、部活動終了直後に下校する日が続いていた。
探偵事務所を訪れた日は欠席した。
これ以上マイペースな行動を続ければ、先輩どころか他の一年生に良く思われなくなる。
決められた役割は果たさなくては。
(逆に言うと、それさえやっておけばあとは文句言われないもんね)
日々の情報発信と定期的な広報活動。あとは自由参加型で各々好きな活動ができるのだ。
一時間だけならオンラインゲームをするも良し。
自身でサイトやブログを立ち上げるも良し。
中には亜理紗のようにプログラミング言語を習得してアプリ開発に取り組む上級生もいれば、美術部や写真部と掛け持ちしてグラフィックアートやデジタルイラストを描いて投稿する女子もいる。
そんな自由な活動展開こそ、亜理紗が入部を決めた理由である。
「ところで、何見てたの?」
隠す間もなく、慌てて隠そうものなら挙動不審で気味悪がるだろう。
それに同じ一年なら、と亜理紗は『異土端』のページを見せた。
「ああ、これか…」
「こんなウワサ、他のゲームでも聞いたことないでしょ」
「そうだなあ、『ゲームのキャラと一心同体になる』とか、『精神だけゲームの世界に閉じ込められる』とかなら聞いたことあるけど、あれはマンガで…それにしても」
鮫島は意外そうに亜理紗を見つめる。
「どうかした?」
「いや…御堂さんって見かけによらないなあ、って思って」
首をかしげる亜理紗に鮫島は分かりやすく伝えようとする。
「御堂さんはさ、どっちかっていうとパソコンとか機械関係より絵とか料理やりそうなイメージがあったから。のほほんとして、女子ならみんなやりたそうな…それが
ああそれ、と亜理紗は思わず苦笑いした。
「別に無理して入ったわけじゃないの。たしかに、美術部とか家庭科部も興味あったけど、のぞいてみたら期待してたのとは違ってて…」
美術部も家庭科部も、自分の作りたい物を楽しくマイペースにできる空間だと思っていた。
実際の美術部は、顧問が芸術家肌のせいか、美術の授業の延長戦の如く、ひたすら部員はコンクールの課題作りに熱心に取り組んでいた。出入り自由で描きたい物を気ままに描ける雰囲気ではなかったのだ。
家庭科部もそれに同じ。ただしこちらは、料理手芸を母親から仕込まれていた亜理紗にとって、技術面が好きになれなかった。
米の洗い方にしろ、玉結びの仕上げにしろ、祖母や母とはやり方が違う。
そのせいか、部員達のやり方に馴れにくい、付いていきにくい気がした。
窓越しに覗き見していたことがバレてあやうく勧誘されそうになったため、急遽駆け込んだ先が情報学習ルームだったことは偶然か、必然か。
定期的に新聞を発行することを除けば、イラストを描いたりゲームをしたりできるので、亜理紗は入部を決めて今に至る。
「もちろんパソコンも頭に入れてたよ。部活動終了時刻と同時に帰れるし、総体や体育祭とは関係ないから大きな行事に巻き込まれないし…あ、でも取材も編集もちゃんと一緒にするから。ほら」
亜理紗は『異土端』のページ項目をもう一つ開いた。
『高天市立東雲中学校の七不思議、大禍時の怪人』
「今夜の取材目的。真偽を確かめて、根も歯もないウワサだって証明する…そうでしょ?」
単に生徒のオカルト面への好奇心を刺激し、体育祭のストレスから気を紛らわせることが暗黙の目的…というのは建前で、新入部員達の肝試しという口実だった。
もちろん学校の敷地内には入らず、周辺を歩いて周るだけだという。
(怖いのダメだけど、校内には入らないっていうし、この時期でいう夜の7時ならそんなに暗くならないはずだもんね)
大丈夫、といかにも自信ありげな亜理紗の声に鮫島は信用し切ったようだ。
「じゃあ、よろしく頼むよ。今日は部室に来てないけど、今井さんやカオルも来るから」
今挙げた二人は、いずれも他の部活と掛け持ちだ。
来るのは週に2回というペースはザラである。
「分かった。いったんウチ帰って荷物置いてからね」
打ち合わせが済むと、亜理紗は『異土端』のページを閉じ、宇宙空間が浮かび上がるログイン画面にアクセス。
いつも使っているサーバーとは別のナンバーを選択した。
(とりあえず、チュートリアルだけでも終わらせましょうか)
小一時間経過。
顧問の点検が入った後端末の電源を切り、部員達に別れをつげると、亜理紗は帰宅した。
ブラウスとベストにジャンパースカートという神戸のミッション系に似た制服を脱ぐと、動きやすいスポーツカジュアルにお色直し。
ジャージのパーカーとデニムのホットパンツ、足元のインナーソックスにスニーカーという出立ちは、初夏に相応しい。
リュックには筆記具とタブレット。
頭にはタブレットへの通知が入るウェアラブル端末…ヘッドフォンを装着。
(よしよし)
夕飯はスーパーの惣菜売り場で見つけた天ぷらに、レタスとキュウリにミニトマトのサラダ、そして小分けに冷凍しておいた雑穀米。
帰ってすぐ食べられるように冷蔵庫にお盆ごと食器を入れておく。
「じゃあ、行きますか」
ココアブラウンとミントグリーンのバイカラーが気に入って買ってもらった自転車に跨り、スマホを確認する。
蘇芳からの連絡。
そして、母からも。
(私って、連絡待つばっかりだね)
せめて自分は待たせないようにしよう、とペダルを踏む足に力を込めた。
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