side: BLOOD 12話 異形の機神

衝撃の直後。

体が重力に引き寄せられる。

その感覚により、朔弥は理解した。

今の自分は横たわった状態で岩壁にぶつけられたのだ、と。

墜落した高さはそれほどではなく、水飛沫の音が耳元に伝わった。


(洞窟に水…いや、潮溜まりか)


あらためて、ここが海により近い洞窟の最深部なのだと認識した。


(そうか、奥にまだ別個体が)


立ち上がり、辺りを警戒する。

朔弥の機神マキナを捕捉し、自らの巣穴へと引き摺り込んだ張本人。

それは身を隠すことなく、堂々と正面に佇んでいる。

それは明らかに「人」を象っていた。

あくまでも輪郭だ。

だが、異形蔓延る立ち入り禁止の洞窟に人がいるはずもない。

ましてや、甲殻類型のオールド・ワンが逃げていった方向から現れたのだ。

自ずと眉間に力が籠る。

目を凝らせば、自然と機械仕掛けの目に備わったカメラアイが焦点を絞ってズームするのだ。


(違う)


目をすがめて捉えた先は、


(生き物じゃない)


甲殻類型のオールド・ワンですら、脚の付け根や胴体には生き物特有の肌らしき柔軟な質感が見てとれた。

だからこそ、違いが分かる。

どこか光沢を伴う表面。

胴体と四肢の間のみならず、肘や膝などの関節に相当する箇所には、繋ぎ合わせたような凹凸が見られた。

むしろ、

(ロボット…?)

人に近いしなやかなフォルム。

どこか、己を包む機械の人型を彷彿とさせる。

頭の形や胸部の輪郭など、細部に多少の違いはある。

だが、他に似て非なる存在を見たことがない。

ゆえに、今目の前に対峙するソレは、明らかに同質マキナと呼んでも過言ではない。

だが、朔弥の胸中に侵入した風は、警戒のアンテナを立てた。


(明らかに機神科ウチのモノではなさそうだ)


そもそも異形の洞窟に潜んでいた時点で、人が中で動かしているかどうかさえ疑わしい。

なにより、朔弥にしか聞こえない警笛が絶えず鳴り響いている。

どちらかと言うと、


(異形の側だ)


真紅の腕先で拳をきつく握りしめる。

弾みで唸る軋み。

異様な人型が首を傾けた。

こちらの居所を把握したのだ。

来る、と身構えた直後。




ピシ、としなる鞭状。

朔弥の機体は水飛沫を上げた。

だが、四肢は自由だ。

くすんで浮かび上がる真紅の機神マキナ

ジグザグに走行しながら、距離を縮めようとする。

捕捉されて落下した感覚から察するに、あの人型のロボットならぬ機神マキナもどきは朔弥を遠距離から自分のテリトリーへ引き摺り込んだのだ。

だとすると、対接近戦用の捕縛できる装備が施されているはずだ。

技術屋ではないので原理と仕組みは分からない。

アレがロボットかどうかも分からないからだ。

だが、正面から向かっても無意味なことぐらい分かる。


(触手らしきモノがどこから生えてるかは知らない。だが、肝心の標的ぼくが動き回れば)


止まらない限り拘束されることはないだろう。

その間、こちらから一切攻撃を仕掛けられない。

ゆえに、隙を見つけるまでは集中力が頼みの綱だ。

一撃必殺など最初から望んでいない。


(飛び道具でもあれば楽なんだが)


銃器はない。

引き摺り込まれた時、落としてしまったのだ。

ゆえに、真紅の機神マキナは右手を構える。

息吹戸島の海岸。

異形の軟体動物を屠った瞬間。

チリ、と右手から生まれた黒い煤。

腕を振るうと、それは異形の頭部らしき球状へと降り注いだ。

捕縛せんと迫るうなりが強張る。

頭が僅かに傾く瞬間も見逃さない。


(今だ)


振り下ろす右手。

肘から手首を覆うように飛び出すのは、赤く脈打つ黒い仕込刀、アームズナイフだ。


(手始めだ。邪魔な触手から)


切れ込みから入って、肉の組織を割いていく感覚。

刀身から手首、肘へと伝わる、


「な…っ」


はずだった。

ガシ、と受け止められる程の硬質。

『確実なダメージ』という目論見は、

金属同士がぶつかり合う衝撃に否定された。


(触手じゃない? だが、あのしなやかな動きはどう考えても…)


また無機物の衝撃が伝わった。

アームズナイフの刀身ではなく、朔弥の脇腹めがけた鞭打ちである。

『打たれた』と呼ぶには重すぎる。

むしろ、『殴られた』に近い。

不意打ちに対する、不意打ち。

衝撃に備えていたにしろ、朔弥は生身の腹を殴られたように咳き込む。

水面に顔を張られる感覚により、吹き飛ばされた体を立て膝で起こした。


(触手でないとしたら)


目を凝らした先。

長くしなる部位の付け根を睨む。

それは胴体の肩から生えていた。


(腕…なのか)


洞窟の異形であれば、前脚に該当するだろう。

だが、関節らしき凹凸部は明らかに肘に相当する。

肩の付け根が波打ち、金属らしくないうねりを見せているのだ。

金属の質感に生物の動き。

ロボットなのか異形なのか。

島で相対した巨大生物よりも得体が知らなかった。

機械仕掛けの仮面ヘルメットに内臓された暗視ゴーグル。

そこから朔弥の眼鏡で矯正された肉眼に映る光景ときたら。


(無理もない。ここは明かりのない洞窟。赤外線カメラでしか奴の輪郭は捉えられない)


そう理解はしても、朔弥は顔をしかめないわけにはいかなかった。

視界を覆う、暗緑色のモニター。

対峙する人型は顔の造形が分からない程ぼやけて見える。

位置と動作、表面上の意匠らしき凹凸が見えるだけで精一杯だ。

それに、観察は長続きしなかった。

失敗したとはいえ、不意打ちに対する警戒レベルは上がった。

触手、もとい伸びる腕の数が増えた。

それと二本だけではない。

泡立ち膨れ上がる両肩からそれぞれ、孵化したようにしなやかな凶器が飛び出した。

いずれも金属の硬質的な光沢を放っている。


(機械というより、機械生命体だな)


起き上がった朔弥は上体を低くし、右腕を構えた。


(島の時と同じ…付け根を狙うしかないか)


異形の腕が宙を滑る頃、真紅の軌跡を描いていた。

刀身、切先、肘、膝。

滑らせ、打ちつけ、打撃を逸らす。

膝をつき、首を傾け、回避した。

特に肩や首を狙った攻撃には用心だ。

掠めれば、装甲ごと肉片を持っていかれそうな気がしたのだ。


(異形の腕だろうと、ロボットに変わりはない。弱点があるはずだ。たとえば)

上体を低くする。

助走をつけ、水面と平行に滑り込む。

構えた刃がさざ波を作る。

刹那、僅かに伸びる腕がぎこちなく強張った。

地形を利用した死角に気を取られたゆえに、

(遅い)

間合いに到達すると、朔弥は今度こそ右手を振り上げた。

関節。

ロボットにしろ人形にしろ、四肢と胴体の繋ぎ目さえ断ち切れば、



「朔弥、離れろ!」



足元から水柱。

中から飛び出す重厚な鈍器。

ヒュ、と仮面スレスレを風が切った。

つられて顔が無理矢理上を向かされる勢い。

朔弥は目を見開いた。

(脚が…!)

異形の機神マキナは水飛沫を上げながら踵を伸ばしたのだ。

それは金属特有の光沢と、らしからぬ粘性を帯びて柔軟に宙を舞う。

(伸ばせるのは腕だけじゃないってワケか)

再び朔弥はバックステップで後退。

代わりに硝煙を伴う発砲音。

異形の脚に被弾したのか、動きが硬直する。

「危ねえとこだったな! 駆けつけてやったぜ!」

岩壁の間から戸塚が狙撃したのだ。

「しっかし、頭はガード固いよな…もうチョイ射撃訓練しとくんだったぜ」

どちらかというと戸塚の方が接近戦に向いている。

体格差で上の朔弥よりも、身軽で機敏な体術を得意とするのだ。

むしろ小柄な戸塚なら、攻撃を掻い潜りながら懐に潜り込めたかもしれない。

(だが、僕より目はいい。こちらが動きを抑えている間に)

被弾箇所と硝煙から弾道を特定したのか、異形の機神マキナは戸塚の居場所を把握したようだ。

狙撃手の方向に頭が向く瞬間を朔弥は放っておかない。

朔弥は自分の腕を相手の腕に巻きつけるように捻り、手首を掴んで抑えた。

脚も同様に後ろから巻きつけるように絡ませ、膝を曲げて無理矢理伏せる姿勢を強いた。

自分より体格や腕力が上の相手にも通用する、関節技の一つだ。

これなら当たる確率は高くなる。

(今だ)



機械の仮面を揺さぶる振動。

それは拘束している異形の頭部に確実に被弾したことを物語る。

(やったか)

赤外線センサーで浮かび上がる戸塚の表情が手に取れた。

緊張が解けて溜め息をついている。

(これで全て殲滅した。後は)



『まだ離すな!』

無線から耳管へ。

初めて聞く上官の張り詰めた声に、朔弥の筋肉が再び警戒を取り戻す。

だが拘束のカラクリが分かったのか、異形の機神マキナは上体をくの字に曲げて脱した。

「朔弥、いったん…!」

折り曲げたままの体勢で、異形の脚は今度こそ赤い機神マキナの捕らえた。

歪曲した脚に胸を蹴り上げられ、朔弥の機神マキナは水飛沫と共に宙を舞った。

悲鳴の混じった戸塚の怒声を聞きながら、朔弥は岩壁に叩きつけられると水の中に沈むのだった。


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