side: BLOOD 10話 初任務
谷島洞窟。
須賀の報告により、朔弥達が向かった先は高天市街地より東側にあった。
市外に近いこの地域には、火山活動で形成された花崗岩の山が聳え立ち、屋根型のフォルムは海路の目印になることから海外交流と海上交易の要でもあった。
ゆえにかつては山城が置かれ、戦の拠点として利用され、今でも神社仏閣には砲台跡が散在している。
「…で、昔の合戦跡にある洞窟は今や立ち入り禁止なのに、面白半分に入り込んだ輩がいるわけですか?」
地本のロゴが入った白い公用車に代わり、朔弥と戸塚はバンの中で馴染みのある戦闘服に着替えた。
後続の車両はそれぞれ異なる車種。
いずれも銃火器や通信機器、救護活動用の機材が詰め込まれている。
「今度は銃があるだけマシだな」
「問題は、オールド・ワン相手にどこまでやれるか、だ」
朔弥はアーカイブを思い出す。
一番新しいデータは二〇一四年。
南米奥地に生息する爬虫類型に対し、米軍は囲い込みによる機関銃の一斉射撃を以って押さえ込もうとした。
結果、鱗が剥がれた程度で致命傷には至らず、空爆という最終手段を使うことで巣穴に戻したという。
まだ、機械仕掛けの神が現れなかった頃のことである。
「
『もう用意してんじゃないすかねえ』
通信端末越しに須賀のぼやきが響く。
『奥の手は見せないってヤツですよ』
「下手に知られては、相手にリークするからだよ。オールド・ワンにも知性の高い種族はいるからね」
鏑木は異形に深く関わってきたのだろうか。
(この際だ。奴らのことで、分かる範囲内のことは全て聞き出すか)
バンの天井に頭をぶつけないように、朔弥は体勢を変え、ちょうど戸塚の正面にいる鏑木と向かい合った。
「オールド・ワンにも人間と同じ習性があるということですか? 言葉を解し、人間と同じようなコミュニティを形成している、と」
「そういう種もいるにはいる。中には人間社会に紛れ込んでいる個体も。今回のケースがそれに該当するかどうかは分からないが…少なくとも、数は少なくないと見た方がいいね」
それを聞いた戸塚は顔を青ざめた。
「なんつーか…オレ、要らなくないですか? むしろ、連中に
嫌ならお前は待機しろ、と朔弥は口にしなかった。
鏑木は戸塚にも同行を命じたからだ。
戸塚が須賀と連絡を取り合っているうちに、朔弥は鏑木に耳打ちした。
戸塚には出来るだけ後方支援をさせて欲しい、と。
いかに
息吹戸島でもエネルギー切れで危うく死にかけた。
機動テストに問題なかったとしても、実戦で必ず勝てるとは思わない。
あのロボットが常に頼みの綱だとは限らないのだ。
鏑木は承知の上だった。
「生身で異形に立ち向かうことがどれだけ困難か、すでに君達も理解している。だからこそ潜入時には
民間人から
戸塚には救出、朔弥は殲滅と役割を振り分けられた。
(そうだ。だからこそ、戸塚にはいてもらわないとな)
喉仏が震える勢いで唾を飲み込む友。
その肩に朔弥は生身の手を下ろした。
「力を貸してくれ」
自分以上に敵を倒せる可能性を秘めた友人。
そんな男が手を差し伸べている。
励ますためではなく、助力を乞うために。
「あくまで任務は救出だ」
「…あ、ああ! 絶対に救ってみせるぜ」
島の救助訓練を忘れない。
仲間達の時のようには。
谷島山頂までは通常のドライブウェイなので容易に到着した。
そこから獣道を広げたように舗装されていない坂道を通過。
瀬戸内海が見渡せる砲台跡地を逸れると、木々が生え茂る山道に入り込む。
「日差し、弱くなった気がするな」
「あ、ああ。夕方みたいで紛らわしいよな」
砲台跡地までは観光客らしき民間人がまばらに姿を見せていた。
だが、山林に入ると人の気配はぷつりと途絶えた。
バンから降りると、二人は再度狙撃が準備できるか確認をする。
風の向きと湿り気。
安全装置と弾丸。
連なり駐車する他の車両からも、同じ制服にヘルメットや防弾チョッキで身を固めている同胞が次々に姿を現す。
ただし、彼らは洞窟に近づこうとしない。
万一救出に失敗した時、あるいは朔弥達が殉職した時に備えた保険である。
(ミイラ取りのミイラ、ということもある)
同じ轍は踏ませない。
「健闘を祈るよ」
鏑木と目が合い、頷いた二人は木々に身を潜める突入チームに目で合図、牙を剥くように突起がぶら下がる洞窟の入り口に足を踏み入れた。
湿気が溜まった空洞内。
濡れた岩壁を手摺りのように支えとし、朔弥達は奥へ歩みを進める。
帽子に取り付けたライトが頼りだ。
白い道筋を足元に投げかける一方、蝙蝠を刺激するため、時折奇声と羽ばたきが飛びかかった。
「今ので異形に気づかれたよな?」
黒い翼が頰を掠めた後なので、戸塚の顔は青ざめていた。
「それなら好都合だ。遭難者が無事にやり過ごせるだろ」
「それはそれでありがたいんだけどよ…なあ、そういやお前」
今更のように、切り出された。
このタイミングで。
「お前、地元が
「一応な」
朔弥の生まれ育った地域が『平成の大合併』により県庁所在地のある県の中心に統合されて二十余年が経過した。
もっとも、その出来事が彼の日常や思想に影響を与えたことはなかったので、実感は湧かない。
「じゃあ、知ってるよな。昔、この辺りが合戦場だったってこと」
教科書に記載されている事実だ。
それは単なる史実に留まらず、数々の伝説を生み、当時の絵巻物や唄から後世の小説、大河ドラマの題材にすら取り挙げられてきた。
「今でも落武者の鎧やら骨やらが川底に沈んでたり、浜辺に打ち上げられたりするらしいぜ」
「僕は川で亀を見かけたことがある。外来種らしいが、川の水が暖かいから繁殖して増えたらしい」
朔弥のズレた返答に、戸塚は突っ込まなかった。
声色は緊迫したままだ。
「鎧や死体だけじゃない。この洞窟なんか特にそうだ」
「『そう』?」
「霊だよ、霊。落武者の怨霊だ」
その話か。
朔弥は帽子をずらした。
照明が足元から奥へと投げ込まれた。
「『異土端』って聞いたことあるか?」
「井戸なら昔実家にあった」
「都市伝説ばっか集めた情報サイトだよ。ネットロアってヤツだ」
戸塚は情報通だ。
まさか学生が話のネタにしたがるようなソースまで利用していたとは。
「そのサイトによると、ここは有名な心霊スポットらしいんだ。落武者の霊があの世に繋いだからとか。だから行政は立ち入り禁止にしたって噂だぜ」
朔弥の溜め息は岩肌の亀裂から漏れる隙間風にかき消されたようだ。
「崩れやすくなってるから、誰も近づけたくなかったんだろ? あるいは、通路が複雑に入り組んでるから、中で迷わないように遠ざけたとか」
おおかた、そんなところだろう。
朔弥の郷里にもそんな怪談やら都市伝説の類は腐るほど転がっていた。
幼い時分は冷たい唾を飲み込んで聞かされたものだった。
子供というものは、暗闇と姿形が見えない存在を恐れるのだ。
だから成人した今となっては、いつどこの誰がいかにして発見したかどうかも分からない『情報』など戯言にしか聞こえなかった。
理屈をもってあらゆる矛盾点を鋭く追求していく人がそばにいたために。
そういえば、と朔弥は今更思う。
(兄さんなら、どう応えたろうな)
「いたぞ」
自身より小柄な体格の戸塚に、腕を強く引き寄せられた。
朔弥を引っ張ったまま、戸塚のもう一方の手は前方を指差している。
湿った大地を蹴って突き進む人影。
うわずった声のような息遣い。
間違いない。
「アレだな、好奇心旺盛な探検家ってのは。おーい、お前か! 勝手に中に入っ…」
戸塚は前に進み出ようとするが、その前に朔弥は制した。
(妙だ)
近づくにつれ、遭難者の顔が照明を浴びて浮かび上がる。
出口か救助者を見つけて安心し切った表情ではない。
安堵すべき状況の中、いまだ悪夢を彷徨うかのように血の気がないのだ。
(動揺? いや、恐怖か。酷く怯えて見える)
朔弥は目を細めた。
駆け寄る民間人より後方を。
「おいおい、どうした?」
戸塚は無線で鏑木に報告しようとしたが、朔弥の異変に気づいて手を止めた。
朔弥は額を抑えていた。
激痛。
眼球から眉間、こめかみ、頭頂へと駆け抜ける。
割れそうな頭に爪を立てた。
(この、感じは)
初めてこの身を捧げたあの日。
針を通して細胞組織へ送られた異物。
間違いなく、あの日を境に朔弥は肉体に変化が起きた。
(分かる)
感じるのだ。
遭難者は死に物狂いで駆けてくる。
出口を目指しているのではない。
息切れしているはずの口から、絞り出す声が甲高く絶叫した。
「助けてくれえ」
男の声とは思えない声色。
嘲笑うかのように背後の怪音と混ざり合う。
地を掻く鉤爪の音と共に。
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