side: BLACK 8話 仮想世界の異邦人

ジェラルミンの質感を帯びた床から壁、天井にかけて這う暗緑色の血管。

歳月を経た人工建造物を内部から侵食し、あたかも共存してきたかのように覆い被さる。

(だからこそ偽装カモフラージュには最適だったのか)

外観と異なる素材の壁面に手を置き、蘇芳は時の流れを肌で感じとる。

千年以上前、機構は辺境の惑星や星系外へと領域を拡大していった。

惑星ティキラもまた、その被支配対象だった。

このドロイド生産工場は、この星の先住民が築き上げた神殿を内部から改装して利用したものである。

歴史遺産にして産業遺跡なのだ。

『まあ、複製ゲームにしちゃ、よくできてるわな』

そうだ。

ウルの言葉が現実に引き戻す。

あくまでこの惑星の密林地帯も遺跡も、実在するVRMMO…仮想現実大規模多人数オンラインゲーム内に再現したにすぎない。

そのゲームこそ、今回A.I.Aが蘇芳に依頼した、

「『コスモ・オンライン』。宇宙の統治者たる星間機構の研究機関、宇宙科学技術学院アカデミーが銀河系随一のIT企業、『カタナ・インダストリ』と手を組んで開発したシステムだ。生身の人間を量子化させ、電脳空間にダイブさせる機能を組み込み、」

『惑星から惑星へと移動する転移装置に仕立て上げた…だよな。地球人からは表向きオンラインゲームに見えるようにするため。まあ、いつでも転移できるわけじゃねえけどな』

黒い煤が右手に散る。

フードを下ろしてコートを翻すと、袖口から刃が飛び出した。

『おっと、お出ましか』

体温感知サーモセンサーにより灯る照明の下、無数の球が転がり近づく。

それら全ては軌道を変えることなく、ぶつかり合い、密着し、重力に反するかの如く、上へ積み上げられ、フロアと並行に伸びる。

上下左右四本の枝を生やす柱か。

否、

『どう見てもこいつは』

蘇芳の両足が自然体から肩幅へ、軸足を後ろに肩から下が真横へとずれる。

『依頼された標的じゃねえな。ゲームの仕様にあるモンスターだぜ』

怪物モンスターではなかろう。警備システム、スフィア型ガードドロイド、SPG2815シリーズだ」

よくご存知で、と皮肉混じりの溜息も吐き出された。

『旧時代の技術に物知りで助かるぜ。対処法まで知ってるなら、すべきことは分かってるよな?』

「当然仕留める。生かしておけばバグの影響を受けるだろう」

蘇芳は刃が伸びる袖口とは反対の腕を前に引いた。

その手は分厚い革手袋で覆われたように指先から肘にかけて無機質な外殻に包まれていた。

握り締めた拳。

その中は空ではない。

指の間から筒が伸び、その根本から飛び出た輪を人差し指が通っていた。

『つーことで、最深部までよろしく頼まあ』

球体スフィアで構成されたガードドロイドの全身を、文字と数字が流れるように走る。

夜の蝶が舞うミラーボール。

ウルならそう形容するだろう。

「ああ、確かに美しい」

蘇芳は呟いた。

感慨もなく。

ピタリ、と怪しい輝きがミラーボールの肢体から止まった。

「所詮は兵器だ」

ゲームのプログラムどおりに現れ、動くだけの無人警備システム。

それが大きく腕を振り被った。

蘇芳もまた左手を前に突き出す。

破砕音。

スフィア型の肢体に穴が開く。

回避しなかったガードドロイドは手足を床に落としてあちこちに転がした。

『実弾もバカにできねえな』

一般的に光学兵器の方が殺傷能力が高く、ドロイドのような機械兵器の内部を焼き尽くし、エネルギーを枯渇させることができる。

加えて、銃口から放たれる光線は実弾に比べると線状に長いため、射程距離が短くて当たりやすい。

つまり、命中率が高くなる。

使)命中率の高い光学銃を使い続けるとどうなるか。

標的に必ず当たるという慢心から、スナイパーは無意識のうちに集中力と動体視力を活用させる機会を失ってしまう。

つまり、銃の性能に頼りすぎるため、スナイパー自身の射撃の精度が落ちてしまうのだ。

『ゲームの中だってのに。リアルの感覚にこだわるのな、お前』

「この世界からすれば俺は異邦人だ」

今いる場所は仮想現実バーチャルだ。

現実世界リアルと違って自由度が高く、実際の自分ではなし得ないことができる夢のような世界。

だが、そこを闊歩するプレイヤーはあくまで現実世界の存在だ。

姿形や能力が非なるアバターを用いようが、その事実は変えられない。

そもそも、

(今の俺は現実世界の自分そのもの)

黒く冷たく光る刃。

そこに映る自身の顔立ち。

刃から切り取ったような烏の濡羽色。

その前髪越しに睨む切れ長の目は赤みを帯びている。

『…ま、元々このゲームは軍の訓練システムを真似たモンだからな。お前さんのやり方は筋が通ってると思うぜ』

けどな、とドローンに擬態したウルのプロペラが前方を示唆する。

新たにフロアを転がる機械の守護者。

『忘れんなよ。仕事で来たってこと』





蘇芳は実在する惑星ティキラに何度か足を踏み入れたことがある。

先住民族の原始的な遺跡もあれば、機構の惑星移民が築いた入植跡地も現存していた。

そのうち、かつての生産工場や軍事施設も残っていた。

いまだに警備システムが稼働するのをいいことに、蘇芳はトレーニングに足を運んだものだった。

それができなくなってからは、こうしてA.I.Aの手を借りて星間ネットワークを繋ぎ、ゲームにダイブすることで擬似的に惑星探査と戦闘訓練を実施することにしている。

蘇芳にとって、ゲーム内のトラブル解決は戦いの修行でもあるのだ。

もちろん、目的は忘れていない。

(ここが地下二階か)

スフィア型ガードドロイドよりも高い敏捷性と索敵能力を誇る、ハウンド型ガードドロイドを倒したばかりだ。

跳躍を生かした移動と内臓された光学兵器による遠隔射撃。

各個体が交互に繰り出す連係技に対し、蘇芳は壁に隠れて狙撃。

数を減らしたところで左手のハンドガンで牽制しつつ、右手の手甲剣で刺突、ないし両断。

おかげで、

『おめでとう。この部屋で違いねえ』

ウルはプロペラドローンからマジックハンドを伸ばして空間パネルを出現させる。

これはゲームの仕様にないもの。

管理者権限で用いられる暗証ロック。

解除することで、プレイヤー側から見たに行けるのだ。

すなわち、システム側のサーバーに。

『さて、今から対峙するのは期間限定、場所限定のオリジナルボスだ。気を引き締めて行こうぜ』

「ゲートを開ける」

マジックハンドの根本が肩をすくめてみせた。

『別にいいけどよ…では』

亀裂。

テクスチャの歪みに蘇芳は触れた。

感触はない。

ただ、肩から足元まで引き寄せられる感覚なら分かる。

逆らうことなく、蘇芳の体は流れに身を任せた。

その後からウルも飲み込まれるように引き寄せられる。




『さあ、とっとと暴れようぜ』

空間の歪みから足を着地させ、蘇芳は正面を見た。

いる。

深夜の部屋の片隅に、ひっそりと集まる虫どものように。

実際それは、

「蟲か」

虫ではない。

人間の成人男性ほどある胴体に渦巻き状の楕円形が被せられ、そこから突起物が生えている。

それだけならシダ植物の一種にしか見えない。

その胴体を複数の鉤爪が持ち上げ動かしている。

壁面を構成するテクスチャを貪り齧りながら。

『またミ=ゴかよ』

ウルのぼやきをよそに、蘇芳は身をかがめて出入り口の隙間から侵入する。

窮屈だがどうにか上体を揺すり、室内に陳列する収納ケースの裏に隠れて様子を窺う。

『冥王星の衛星出身…つーか、今時は地球外でもあちこち見かけるからな。元がどこだったのか怪しいモンだな』

「いずれにせよ、オールド・ワンであることに変わりない。異形の神どもの落とし子だ」

小鳥が喉を鳴らすような声がプロペラに混じって木霊する。

『お前いい根性してるよ。あんなモンでもいまだに神なんて呼ぶんだからよ。連中からすれば、お前ら人間なんて駒か家畜だぜ』

数と場所を確認。

床に一。

天井に三。

を跨いで二。

大きさは地球でいうところの一メートル半。

中クラスだ。

キャスターの柱に沿って銃身を構え、引き出しから銃口を伸ばす。

「所詮、ゲームからすれば異物バグだ」

バグ。

ソフトウェアの不具合やプログラムの誤りを指す。

だが、このオールド・ワンは違う。

本来システムの仕様上に存在しないはずの欠陥。

存在しないはずの異物。

そして運営側とA.I.Aのデバッグにも引っかからなかったことから、ゲーム外から故意に入り込んだ存在だ。

すなわち、

『まさかオールド・ワンを殺すためのシミュレーションが本物を呼び寄せるとはなあ』

蘇芳が生身で電脳空間を越えてゲーム内に転移したのと同じく。

そして、デジタルで複製された惑星ティキラを貪るオールド・ワンもまた、現実世界から現れた異物なのだ。



『異物って表現には語弊があるぜ。せめて異邦人にしとけよ』

「それを言うなら、このゲームにログインするユーザー全てがそうだ。俺は奴らと別のやり方で入り込んだにすぎない」

さて、と蘇芳はあらためて足元や頭上など自身の近辺を確認する。

元はロボットの骨組みにあたる素体保管庫だったようだ。

辺りには手足の一部と思しき破片が散逸している。

老朽化したと思しき棚もろとも。

いずれも合金らしく、冷たい質感が薄明かりに鈍く輝く。

(準備は整った。手始めに)

ケースを支える柱同士の隙間に銃口を潜り込ませる。

室内にいる集まりは氷山の一角にすぎない。

連中の大半は巣穴と外界を繋ぐ穴から半身だけ覗かせた状態だ。

つまり、巣穴は彼らに塞がれている。

(お引き取り願おう)

引き金をかけた指の第二関節。

それが強く折り曲げられた。

発砲。

銃声。

浮き上がる楕円の首。

壁へ走る亀裂。

忙しなく上下する鉤爪、歯を噛み鳴らすが如く。

口蓋を震わせる音が重なり合い、不協和音が合金製キャスターを小刻みに揺らす。

だが、蘇芳の銃口は沈黙しない。

軽量化した引き金は容易く前後し、指がきつく曲げられる度に重い破裂音が宙に飛び、異形は撃たれ、打ちつけられる。

立て続けに仲間を過半数失った。

ついに巣穴にたむろしていた個体が勢いよく飛び出した。



蘇芳は銃口を引っ込めた。

被弾箇所と死骸の倒れ方から弾道は把握されている。

当然、狙撃手の位置はわれている。

「手筈どおりにやれ」

『あいよ』

身を低くし、蘇芳は移動した。

すでに甲剣を宿した右手に力が込められる。

棚の間を前傾姿勢で疾駆。

ハンドガンを手首に隠した左手には、黒い煤が散り、掌から黒い砂鉄が溢れ落ちる。

それを蘇芳は周囲に散布する。

川底の砂利が擦れ合う音。

ミ=ゴの鉤爪が生えた脚と砂鉄が接触した証拠だ。

(場所は確認できた。あとは)

蘇芳は立ち止まり、自身の足元にも砂鉄を落として靴底で踏み躙る。

棚の間で打ち鳴らす鉤爪。

甲高い雄叫びが大きくなっていく。

近い。

ウル。

『せーの』

間延びした掛け声。

直後に掻き消された。




爆風。

甲殻の肢体。

瓦礫に混じって打ち上げられ、落下先に積み上げられた。

『今年こそ見たいよなあ、花火』

先端から燻り縮んでいくミ=ゴの骸。

ドローンのカメラ越しにウルは天井すれすれから見下ろした。

傍らにはフードを羽織った長い黒衣。

相棒にして主人、探偵にして、

『普通、アパッチリボルバーに銃や刃物や拳鍔以外の装備はねえはずなんだがな。さすがお手製。魔法って便利だねえ』

黒い煤。

あらゆる物質を構成する素子。

夏目蘇芳は思念一つで操り、物質の合成を可能とする魔法を操る。

異星だろうと、仮想空間だろうと可能である。

ゆえに、蘇芳はその無条件の万物創造能力を異形殺し、すなわち破壊に利用している。

刃に、銃に。

今放たれている得物は鉄線ワイヤーだ。

それはキャスター付き収納ケースの一番高い引き出しに巻きついている。

かくして、鉄線の主は重力の縛りから解放され、宙を舞い、棚に着地した。

『第一段階終了だな。あとは』

巣穴に滑り込む鉤爪。

つんのめりながら上体を退路へ押し戻している。

『さあて、案内してもらおうぜ』

手首のスナップを利かせ、蘇芳は床飛び降りた。

片手と片膝を突くのも一瞬。

転びながら巣穴の奥へ逃げ帰るミ=ゴの背中を追った。

巣穴の奥。

現実世界と仮想世界の狭間へ。

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