side: BLOOD 7話 古代兵器

空に焔が移ったのか。

窓から覗く雲すら眩しい。

山の際すら色づいている。

だか、沈もうとする陽に、その輪郭は最早ない。

相反する向こう側は青白い。

銀の粒が一つ、二つ、姿を現し始めている。

(雨はこちらに来なかったか)

夕焼けを眺める朔弥。

その体は今や病室のベッドにない。

空になった皿を前に、食堂のテーブルに肘を付いていた。

服装はいつもどおり。

訓練中と変わらない出で立ちだ。

その下に、生傷を隠す包帯が巻かれている事実を除けば。

それから、

(やはりな)

トレーを手に後輩達が通りかかる。

挨拶されたので、朔弥も当たり障りなく返した。

視線が合えば重々しい表情を見せはするが、通り過ぎる頃には、声を潜めた私語が嫌でも耳に届く。

(もう広まってたか)

金曜日の夜。

隊員達は夕食を前に荷造りに勤しむ時間帯だ。

週末を有意義に過ごすべく。

官舎を抜け、外の世界を満喫すべく。

朔弥のように、地元出身でありながら、帰ろうとしない者もいる。

そんな彼らに、昼間の出来事が早くも伝わったのだろう。

真偽を確かめようとする野次馬根性こそ見せないが、隊員達の関心は朔弥に一点集中している。

(それだけじゃない)

照明を反映した、窓ガラスの自分。

額に包帯を巻き、邪魔にならないように上から眼鏡をかけている。

その上に生える髪の生え際。

毛先にかけて透き通ったように色素が失われていた。

鏡に擬態した窓は、テーブルを通り過ぎる同僚の視線と指先さえ写した。

(どう見ても目立つな)

原因は不明。

覚えならある。

あの時、赤い機体がエネルギー切れになってダウンしたせいだ。

(ブースター…活性剤だ。全身を焼かれる痛み。きっと、アレは副作用だったのか)

体がそれに追いつけず、目に見える形で表面に影響が出たのだろう。

診察した医官はそう教えてくれた。

しかし、朔弥にとって医官の診断など些細な伝聞だった。

むしろ、週末中に為すべき課題が重要なのだ。

たいていの隊員達は荷造りを終えてから夕食を摂る。

だが、朔弥は逆だ。

彼の荷造りは里帰りが目的ではない。

引越し、すなわち移動尚且つ異動だ。

(機神科、だったな)

医務室で鏑木と交わした会話が蘇る。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



機神マキナ。君を取り込んだロボットはそう呼ばれている」

機械仕掛けの神。

鏑木は由来を説明してくれた。

「太古の昔、宇宙から現れたオールド・ワン。彼らが神として人類を蹂躙していた時代だ。異形の神とその眷属に対抗して造られた兵器だよ。人が造りし神。異神殺しの神。偽りの神。機械仕掛けの神だ」

神。

島の異形を嬲り殺した兵器が。

(僕は科学者でもないし、発明家でもない。だが…なんとなく分かる)

今以上に進んだテクノロジーの産物。

とても古代の兵器には見えなかった。

まだ、造られてから日が浅いとしか思えない。

「そんな古代兵器が、なぜ空から?」

「現時点では不明だ。あの時刻に日本上空を観測した人工衛星があった。我々は許可を得てカメラを確認することができたが…息吹戸島上空を通過した飛行物体は存在しなかった」

その言葉に朔弥は眉をひそめた。

鏑木の情報どおりなら、あの機体…機神マキナは突然朔弥達の頭上に現れた、ということになる。

あり得ない。

(異次元のトンネルでもあるのか、あの島には)

太古の昔から、人知れず異形が存在したのだ。

今なら突拍子もない考えを言っても、軽蔑されないだろう。

「鏑木…さんは、あのロボットが古代兵器だと言いました。ということは、あれが島に古くから眠っていたというわけですか?」

鏑木は即答しなかった。

僅かに首を傾げながら、苦笑する。

「どうだろう。私は考古学者でも発明家でもないからなんとも…ただ、表面の塗装からすると、作られてつい最近のようにも見える。保存状態が良かったせいかもしれないが」

やはり。

朔弥の憶測は確信に変わった。

(一度身につけたからこそ、感じる。手触りというか、光沢というか、…まるで新車みたいに真新しいかった)

あれがあくまで古代兵器だというなら、作られた後現代にタイムスリップしてきたとしか言いようがない。

「君の機体はすでに回収された。防衛装備庁から研究員達が派遣され、早速中を調べようとしたが…貝のように硬く閉ざされている。彼らによると、プロテクトがかかっていて、持ち主以外は触れられないらしい」

朔弥の口から溜め息が漏れた。

安堵だ。

なにしろ、アレは歩く兵器だからだ。

自分以外の人間がアレに触れたら。

ロクなことにならない気がした。

朔弥の沈思黙考に気付かないのか、鏑木は手持ちのタブレットをスワイプさせ、画像を見せた。

「まあ、パイロットの君が目覚めたなら問題ないよ。あの機体に関してはいくらでも調べられる。だから、今は分かっている情報だけ教えておこう」

そう言って鏑木が紹介した内容は、過去に発見された機神マキナの痕跡である。

追いつこうと迫るかのように、錆が広がった機械らしき欠片。

かろうじて、手足の輪郭がある棒切れの形状。

ロボットらしきシルエットが浮かぶ、煤けた茶色の紙切れ。

そして、人が乗るには大きすぎる台座に、スポットライトを当てる作業着姿の男性陣などだ。

「まだ、部品と設計図、あとは生産工場の遺跡しか見つかっていない。だから、君が使った機体は完璧なまでに原形を留めている個体だ」

それで朔弥は合点がいった。

鏑木の視線。

どこか懇願に近い気がしたのだ。

完璧な形で現存する機神マキナ

そして、そのパイロット。

朔弥なくして赤い人型は機動しない。

異形に対抗する、唯一の手段なのだ。

「いずれも、使われた素材はどの元素記号にも該当しない。太古の地球にしか存在しない物質なのか、あるいは」



「地球外からもたらされた、とか」



瞬きに等しい間。

沈黙を守っていた松浦幕僚長。

顔の筋肉こそ不動の山。

視線だけが鏑木と交差した。

しかし、朔弥の呟きに応えたのは鏑木だけだった。

「さすがだよ、矢上君。君の説が正しければ辻褄が合う。我々の祖先自体が異星人だった…とか?」

わざと、片目だけが朔弥に視線を送り、反対の目は軽く瞑る。

(間違いない。からかわれている)

相手にはしないよう、朔弥はタブレットの資料に集中した。

遺物の後に続く、どこかの作業場らしき光景。

白衣姿に混じる、自衛隊員達。

「現在、我々は設計図をもとに機神マキナを製作、実験を交えながらこれまでもオールド・ワンの討伐に当たってきた」

すでに実用化されている。

朔弥だけが機神マキナのパイロットではなかったのだ。

「ただ、あの赤い機体は特別だ。アレは我々が作った物ではないからね。だから、君もある意味特別だ。あの機神マキナを動かせるのは、今のところ君だけだから。そして…今こそ、その力が必要だ」

「矢上二曹。ここから先は、情報部からの伝達事項だ。傾聴しろ」

初めて、ここでようやく松浦幕僚長は朔弥に声をかけた。

大事な事しか言わない。

そういう人なのだと、あらためて思い知らされた。

「先程説明したとおり、ここ半年で彼らの動きは活性化し、勢力は拡大しつつある。ゆえに」

ここからだと言わんばかりに、鏑木の姿勢が低くなった。

「我々防衛省は、各地域の自衛隊駐屯地に機神マキナを主力とする対異形戦闘部隊を設置してきた。まだ全国に行き渡っておらず、特にこの四国近辺にはそれに該当する組織がない。だから、君に提案したい」

提案、ではない。

朔弥には分かっていた。

鏑木は情報部から来た。

防衛省から来たことが明示された今、鏑木の提案は『要請』なのだ。

「陸上自衛隊第十四旅団普通科所属、矢上朔弥三等陸曹。本日付けで、貴殿には機神科への異動を命じる。機神科は、唯一オールド・ワンに対抗して機神マキナを有する部隊。つまり君が行くべき場所だ」

鏑木と話す前からだ。

朔弥の運命はとうに決まっていた。

あの赤い機体をその身に受け入れた時からだ。

立ち止まることも、引き返すことも朔弥の頭になかった。

だから、朔弥は頭に手を当てた。

鏑木という、国の役人にして防人に。

「了解です」

一部始終を見ていた松浦幕僚長と目が合った。

不動の表情を浮かべた顔。

首を揺らしただけで軽く頷いた。

「正式な辞令は三日後、来週の月曜日に降りる。それまで身辺整理を済ませておくように」

待ってるよ、と鏑木の分厚い手が、朔弥の包帯を巻いていない方の肩を、軽く叩いた。

「ああ、そうだ」

去り際に、とっておきの手土産を見せるかのように鏑木は教えてくれた。

「その機神科への異動の件だけど、実はもう…」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ここにいたのか、朔弥!」

食器の返却口に隣接した出入り口。

戸塚の声が顔と共に、廊下から飛び出してきた。

「ああ、間違いねえ…医務室出た後って聞いたから、あちこち探してたんだよ。お前、もうなんともないのか?」

メインディッシュのカツはすでに胃の中に収まったはずだというのに。

むせ返りそうになる感覚を抑えながら、朔弥は戸塚を凝視した。

前髪から包帯が覗くが、顔色はなんともなさそうだった。

「お前の方こそ、いいのか? 怪我してたんだろう」

「ああ、オレは平気。元々血の気が多い方だから、縫う必要なかったぜ」

戸塚の頑丈さは同期の中ではダントツなのだ。

包帯を巻いている箇所が他にもあったので尋ねたが、当の本人は平素と変わらず飄々としていた。

「横になってなくていいのか?」

「それはオレのセリフ。なにしろ、お前…」

言いかけてすぐ、戸塚の手が朔弥に伸びた。

愚問だった。

食堂から投げかけられる視線が多すぎたのだ。

「立ち話もなんだろ? まずはオレの部屋に来いよ」



隊員達に割り当てられた各部屋は、ちょうど四、五人で使える相部屋だ。

幸い、戸塚の班は彼を除いて誰一人としていなかった。

当然である。

彼らと顔を合わすことなど、この先到底二度とないのだから。

「お前、お偉いさんと話し込んでたらしいからな。先に飯は食っといた」

二段ベッド以外に何もない、伽藍堂。

唯一戸塚のプライベートスペースは寝床のみ。

そして、その掛け布団の上を今や膨らんだエナメルバッグが占領していた。

「早いな。もう荷造り終わったのか」

戸塚の実家は横浜にある。

たった二日間しか休めないのに、わざわざ飛行機や列車を使って瀬戸内海を越えるのは馬鹿らしい。

そう言って、戸塚は滅多に帰らない。

朔弥と同じく、数少ない居残り組のはずだった。

鏑木から異動を告げられるまでは。

朔弥と共に島を生き延びた戸塚光流。

彼もまた、機神科へ配属を命じられたのだ。

「タイヘンだったぜ、異動と引越しの準備。こんな中途半端な時期にな」

聞けば、医療処置を施されて早々に鏑木から事情を聞かされたという。

島の出来事は戸塚の常識すら変えてしまったのか。

情報部の話を疑う余地なく選択を迫られ、上の意向に従うことにしたのだ。

「つうか、あの状況じゃ首を縦に振るしかなかったけど…どうなるんだろうな、オレら」

今更悩んでも仕方ないことだが、取り止めのない想像はいくらでもできる。

異形殺しの部隊。

それが果たして、こんな中核都市のどこにあるというのか。

部隊の規模は。

人員は。

機神マキナ以外の装備は。

「僕は今夜中に身辺整理する。そして明日にでも、装備庁が回収したあいつの様子を見に行くつもりだ」

「ああ、お前が使ったロボットな」

防衛省きっての科学者やエンジニア達さえ、頭を悩ませたオーパーツ。

あのロボットに触れれば、何か分かることがあるかもしれない。

鏑木と同意見だった。

(もう一度、アレを身に纏う必要がある。どこまで使いこなせるか…できることと限界を確かめないとな)

記憶にあることといえば、手から煤のような物が飛び出したこと。

そこから、形状の異なる武器が出現したこと。

未知のエネルギーが必要なことぐらいなのだ。

(そういえば)

異形と機神以外に、朔弥はこの日遭遇した存在を思い出した。

ここを離れる前に、確かめなくては。

「戸塚、彼女…シオンさんはどうした?」

島に舞い降りた記憶喪失の女性。

その名を聞くと、戸塚は眉をひそめて首を横に振った。

「救助に来た衛生科の連中に引き渡した。市内の病院に搬送されたらしい」

「そうか」

無理もない。

シオンの身元は分かっていないのだ。

医者なら、彼女の記憶を取り戻す手助けができるだろう。

そこから先は、朔弥達が関与すべきことではない。

(だが、彼女の場合は)

確認のため、朔弥は戸塚を真正面から見据えた。

「全部話したか? シオンと初めて会った時のこと」

「そりゃ当然。嘘も隠し事もしてない。そしたら、同じ質問を何度もされたぜ。あの子がどこから来たか、本当に知らないのかって。化物だロボットだ、有り得ない話はしてきたくせに…ホントに空から降ってきたのか、とさ。オレの話、まるっきり信じてないぜ。絶対」

どうやら、鏑木達もシオンに関しては心当たりがないらしい。

だが、朔弥は間違いなく聞いた。

マキナ。

たしかに、シオンはそう呼んだ。

そして明らかに、

『…ね…が…ろ…し、て…』

掠れた声で、折れそうに細い首から響いた囁き。








『お願い。殺して』

シオンはたしかにそう頼んだ。

誰かの死を望んで。

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