第二話 去って
数日経った、放課後。
「あームリー無理無理~こんなの私には無理だよ……蓮くん、助けて~」
私は握っていた原稿用紙を手放した。書き始めはイケる、と思っていたのに、いざ書き始めると筆が進まない。最初の一枚すら書くのがやっとだ。こんなペースで書いていって終わる気なんて全然しない。
「意外と折れるのが遅かったですね。予想では、次の日には折れると思ってましたが、3日続いたのなら良かったんじゃないんですか? よっ、三日坊主」
「ひ、ひどい……3日じゃないよっ! 四日坊主だよっ!」
「……それに何の違いがあるんですか?」
私が小説を書き始めて四日目。あの日は呆れて蓮くんは帰ってしまったけど、次の日には部活にきて、私に小言を言ってきた。蓮くん自身、小説の執筆には関わろうとはしないが、ああだこうだ、と何かと私に小言を……蓮くんには姑の才能があるのかも知れない。
「えーと……『僕はアルバート。勇者だ。容姿は整っていて、イケメンだ』って、自分のことイケメンって言うのって、どれだけ主人公ナルシストなんですか! 先輩の欲望がダダ漏れですよ!」
「ええー! やっぱり主人公ってイケメンがいいじゃん! イケメンは正義!」
「どんな世界なんですか! 容姿で善悪が決まる世界とか、もぅ世界終わってますよ!」
「でも、悪の幹部とかって基本ブサイクだよ? あ、魔王とかはイケメンでもいいかも……!」
「設定がいきなりブレてる! 魔王がイケメンだったら、両方とも正義になってしまうじゃないですか!」
「フッ……何を言っているんだ、後輩くん? 正義の反対は別の正義があるんだよ。それを私たちは忘れてはならない……」
「何勝手に誰かが言ってたことを先輩が言っているんですか! それらしくまとめたって、何も解決していないですよ!」
「もー、蓮くんは頭が固いなー。イケメンとイケメンが戦うんだよ? 正義でしょ?」
「意味わかんないです!」
蓮くんは本当に文句ばかり。もっと柔軟な思考が必要だと思うよ。……あ、実は二人は生き別れた兄弟でもいいかも。でもそうなると、種族が違うから問題が……。
「隠し子設定とかどうかな?」
「は? 何の話ですか?」
「いやー、腹違いの兄妹ってすればいいかーって。でも、兄妹で戦うとか悲しいよねー」
「いや本当に何の話ですか!? 意味がわからないです!!」
私の説明が駄目だったのかな。蓮くんにはどうやらイケメンの意味がわからないみたい。
「それより先輩! 変な設定とか別にいいので、ストーリーを進めて下さい! なんで原稿用紙六十枚くらいあるのに、一枚くらいしか進んでないんですか! 主人公の勇者、最初の村すら出てないじゃないですか!」
「いやー、面白そうな設定ばかり出てきてねー。気づいたらごちゃごちゃしてきて、どうしたらいいかわかんなくなってなちゃって……頭の中で、アルバート最初の村でしちゃって」
「なんでだよっ! ある意味平和になってる!?」
魔王も魔族の進行止めて、女性とのお見合いしちゃったし。問題もなく解決しちゃったので、自分の中で物語が終わってしまった。
「せめて、最後まで書きましょうよ! その結末になるまで過程はどこへ?」
「私の中にありますけど、何か?」
「何か? じゃねぇよっ! それを書けって言っているんですよ!」
蓮くんは難しいこと言うなぁ。だからこうやって私は頭をひねっているんだけど。
「か、書けないです……」
「え?」
「私にはこの続きが書けないですー! 何かこうしよう、って考えていたんだけど、いざ書こうとするとわからなくなって、思いつくまま書いていたら……あれ? 私、何書いているんだろ? と思って訳がわからなくなってそれで……もぅいいかなって!」
「よくないですよ! なんでやり遂げたような顔しているんですか! 先輩はまだ何もやり遂げてないですよ!」
「そんなこと言ったって……」
私には書けないもん。何のこれ、って誰かに聞かれても、説明すら難しいかも知れない。あーして、こうして、って決めていたのに、急に予定にもなかったことが起きて、私、頭がパンクしそう。
そんな私の姿を見て、蓮くんはため息をついた。
「……もぅ辛いなら辞めたらいいじゃないですか? 書くだけ無駄ですよ。誰も得しないし、先輩だって4日ですけど時間を割いたわけですし、十分じゃないですか。これで」
「それでも……」
辞めたくはない。私には才能とかはないのかも知れない。でも、ここで私が何とかしないと部活がなくなちゃうから……私が何とかしないと。
「はぁ……本でも見に行きますか?」
「……え?」
「いや、このまま部室にいても話は進まないでしょう? 本屋にでも行けば、小説の書き方とかわかる本あるでしょう?」
「蓮くん……」
なんて先輩想いな後輩なんだ!! 私は涙を出そうになる! なんだかんだ言って、蓮くんはいい子だなぁ!
「ぼ、僕には小説の書き方なんてわからないですから、書き方のわからない僕が教えるより、参考書みたいなものあった方がいいのかなって。先輩、バカだから原稿用紙の目の前で、そのまま一年過ごしそうで可哀想だなと思ったんです!」
「一言余計だよ! 蓮くん!」
蓮くんに感激したこの気持ちを返してほしい。
「……でも、ありがと。蓮くん」
「……」
人が感謝を言ったのに、蓮くんはそそくさとカバンを持って部室を出て行った。忙しい子だな、君は。
それから私は、急いで用意をして蓮くんを追いかけた。校門の所で蓮くんは待っていた。
「せっかちだな! 君は!」
「……」
蓮くんは私の姿を確認すると、スタスタと1人で歩き始めた。
「え、無視!?」
私は蓮くんの後ろを追いかけるようについていく。時折、蓮くんは後ろを見て私がちゃんとついて来ているか、確認しているようだった。心配なら一緒に歩けばいいのに、と私は思ったが、男の子ってそういうのは恥ずかしいのかも知れない、と私は予想した。
「蓮くんは、私と一緒にいると恥ずかしいのー?」
「……」
また無視された。男の子って難しい。
それから10分くらい歩くと学校から近い本屋に着いた。昔からあるような本屋で、所々古くさいがそれなりにお客さんがいる。若い人よりも年配の人が多い気がする。時間帯の問題だろうか。でも、時間的にも夕方だし、もうちょっと若い人がいてもいい気がする。
「やっと着いたね~。相変わらず、ここは若い人いないね~」
「大体の人は、大型の本屋に行きますからね。今はコミックとかもレンタルできたり、CDやDVDも大半が揃ってたりしますからね。少し遠くても、みんなそっちに行くんじゃないですか?」
あれ、返事が返ってきた。いつも蓮くんだ。思春期蓮くんは終わったのだろうか?
「それでも、このお店に来る蓮くんは特殊? それとも、変人?」
「どちらでもないですよ。僕は、こういうお店の雰囲気好きなだけです。本の種類は少ないですけど、本屋として、必要とするものはちゃんと揃ってますから、不便ではないですし、何より騒がしくないです」
「騒がしい? 他の本屋もそんなにうるさくないよ?」
「騒がしいってのは、音だけじゃないんですよ。なんて言うか、先輩にはわからないと思いますが、『人が騒がしい』って言うか」
「『人が騒がしい』? 人が本屋で騒いでたの?」
「いえそうじゃなくて……」
蓮くんは、どこかばつが悪そうな顔をした。
「でも、蓮くんが雰囲気が好きってのはわかるよ! 古いのが好きってことだね!」
「レトロって言ってください! 先輩! お店の前ですよ!」
「はいはーい! 分かりましたー!」
蓮くんはまたため息ついた。
「わかっているんですか、本当に……」
蓮くんが先に本屋に入る。
「……それと、さっきの質問ですけど、僕は別に、先輩と一緒にいるのが恥ずかしい訳じゃないですよ。勘違いしないで下さいね」
スタスタ、と。
「――――え、何故今!?」
男の子とは本当にわからないものである。これがツンデレってものかも。
私も遅れてお店に入ると新本が最初に並んでいる棚が目に入った。もちろん、そこには今月のラノベの新刊も。
「ほらほら、先輩。こっち。あなたのいるべき場所はそこじゃないでしょ」
「あー、ちょっとだけ~ちょっとだけだから~」
蓮くんに誘導去れるがまま、私は目的の棚に。小説の~系の本は、意外と多く、問答無用に蓮くんは『サルでもわかる……』と書いてあるものを取ろうとする。
「って、待てぇぇぇい! 何で一番にそれを取ろうとするのかな!? 私に説明してくれないかな!?」
「え……?」
「いや、ガチで戸惑ってもらっても困るんだが!?」
この子、馬鹿なのかも知れない。これでも私、年上だよ?
「じょ、冗談ですよー。先輩、もっと他もいっぱいありますから、ゆっくり見て行きましょう」
と言って、何でその本を棚に戻さないんだ? 蓮くん?
「そうだ! これとかどうですか? 『小学生でもわかる! 小説の書き方』っていうのは」
「それ何が変わったの!? 人間に進化しただけだよね!」
「え、では……『中学生でもわかる』?」
「何で疑問系なの!? 私は一個、上だよ!」
「……先輩、中学二年から始める本はありませんが?」
「学年じゃないよ! 学制段階が一個足りてないんだよ!」
まさか、本気で聞いているんじゃないだろうね! 蓮くん! 心外だよっ!
「うるさいよー、そこの二人。もうちょっと静かにしなさーい」
レジの方から男性の声が聞こえてきた。
「「す、すみません! 静かにします!」」
私と蓮くんは怒られてしまった。
「もぅ、蓮くんのせいで怒られちゃったじゃないか」
「ぼ、僕のせいですか? 先輩が騒いでたからじゃないですか?」
「先輩の責任は、後輩の責任ですー。悔しかったら先輩になって下さいー」
「お、横暴だ」
「これぞ、先輩の特権! 蓮くんも早く先輩ならないとね! まぁどうあがいても私がずっと先輩だけどねー!」
「む……」
私は蓮くんに胸を張った。
「おーい、うるさいよー?」
「ご、ごめんなさーい!!」
そんな私の姿を見て、蓮くんは鼻で笑った。
「さすがですね『先輩』」
本当に、いい性格をしているな後輩。
そこからしばらく、私と蓮くんは棚にあった本を読んでみた。どれも書いてあることは基本、変わらなかった。書き方が違っても大体の主旨は一緒で、代わり映えのない内容だった。
「どう? 蓮くん、いいのあった?」
「んー、良いのも何も、どれもこれを言っていことは一緒のような……やっぱり、僕が最初に取ったこの本が一番分かりやすいような……」
でたな、『サルでもわかる本』。私の天敵。
「いや、そんな毛嫌いすることないですよ。本当に馬鹿にするつもりなく、これが一番分かりやすいです」
「うぅー、でもー……」
「からかい過ぎたのは僕が悪いですから、ここは折れて下さい」
蓮くんからその本を渡される。イラストにはサルが鉛筆を持って踊っている絵が書かれている。
「……もぅ私を馬鹿にしない? もっと敬う?」
「それは時と場合によります」
「ケチ。……でも、決めても今は私、お金ないよ?」
「はぁ……知ってますよ。そんなこと。ここは僕が買ってあげますから、ちゃんと書き上げて下さいよ?」
「でもそれって、後輩にたかるみたいで……なんか……」
「そんなこと、どうでもいいですよ。頑張ってくれれば、僕はそれで。それでも気になるのなら、たまに飲み物奢ってもらうぐらいでいいです」
「蓮くん……」
「さ、行きますよ! その文化祭でしたっけ? あと半年もありませんから!」
蓮くんはそう言い残すとスタスタと、また勝手に歩いて行ってしまった。
「ありがとう! 蓮くん!」
私の足取りは軽く、蓮くんの後を追った。
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