神様はトキメキました!

 襲う雷撃は幾重にも折り重なり、少女神様アリスエージェントビブリアスを狙い打つ。

 だがエージェントもその手にしかと少女の手を握り……木陰を、切り立つ岩を――そして乾ききった小川を走り抜ける。

 走り抜けた後には無数の穿たれたクレーターが刻まれ、勇者を名乗る男シグムントが俺TUEEEの無双力をまざまざと見せ付けていた。


「ははっ!良いね、良いね!俺様の雷撃で踊って見せてくれよ、異物共!」


「くそっ……どっちが異物だ!好き勝手やりやがって!」


「はわわわわわっ!?」


 それでも逃走を図るエージェントは、寸での所で雷撃を交わし……且つ少女神様を守る様に立ち回る。が、エセ勇者の言い放つ通り——いささかドンくささが目立つ神様が手を引かれて振り回される姿は言い得て妙な状況である。

 当の手を引かれた少女神様は目を回しながらも追い縋っていた。


 しかし——異物と称した者たちを追い回すエセ勇者だったが……視線の先に捉えた七色の光の壁を見るや眉根を寄せて吐き棄てる。


「ちっ……〈異区画境界線〉か。あそこに逃げ込まれちゃ俺様でも手出しできねぇ。」


 エセ勇者が言葉を吐いたのと時を同じく、エージェントと少女神様がするりと光の壁ふもとにある岩場へ姿を消した。


「まあいい。どの道手は出せずとも、奴らの行き場もないわけだからな。これからじっくり甚振いたぶってやるのも悪くはねぇ。」

「精々無駄な逃避行でも楽しんでやがれ、異物共が。」


 荒れ狂う雷撃を嘘の様に沈静化させたエセ勇者。悪態のままきびすを返す。

 されどその眼光はこれからいつまで異物と称した二人を甚振いたぶろうか――そんな野卑やひた色に染まっていた。




 激しかった地を割く爆轟が収まった頃――

 エージェントは神様少女の頭を抱く様に身をひそめる。

 そこはエセ勇者が〈異区画境界線〉と呼んだものに相当する場所である。


 未だ警戒の目を岩場影より外へと飛ばすエージェント。それに対し……神様少女は、あり得ぬ己の状況を理解するのに必死であった。


「あ、ああああのっ!?ビアスさん、わた……私まだ――」


 パニくる少女は今まさにエージェントに。男性経験など欠片も存在せぬ少女にとってははなはだ酷である。


「……どうやらしのげたようだな。ん?何だ、アリスとやら……オレが何――」

「っと!?わ、悪りぃっ!……いや、ワザとじゃないんだ。」


「はい……その、大丈夫なのです。ちょっとびっくりしただけで……。」


 不可抗力ではあるが、結果的に神様少女を抱きとめた形のエージェントも慌てて距離を取る。そうして青年と離れた神様少女だが——鳴り止まぬ心臓の音と共に、得難き経験の中で困惑ながらも僅かに寂しさを浮かべていた。


 しばしの沈黙。

 どちらとなく気まずい雰囲気で言葉が途切れた、二人。と、言いようの無い空気に耐え切れなくなったエージェントが口火を切った。


「あー、さっきオレが境界が……って言ったよなアリス。」


「は、はひっ!?た、たしか事——!?」


 そして未だ鳴り止まぬ心臓が、神様少女の舌を絡ませてしまう。


「ぷっ……くくくっ!」


「ふにゃあああぁぁ!?噛んだーーーっ!?」


 神様に吹き出すエージェント。

 己が失態でパニックになる神様少女。


 けれどその和気藹々は本人らも知らぬ内に、二人の距離を近づける事となる。

 同時にほぐれた緊張の中……改めてエージェントが問いへの返答を返した。


「境界……異区画境界線てのは、この世界本来の大地とが生む境界だ。言わば奴らの力に抗う世界のせめてもの抵抗——」

「この区画の僅かな隙間一帯が、障壁となっている。本来の世界には戻れないが、そこからの加護が俺達を守ってくれている訳だ。」


「元の世界の、せめてもの抵抗……ですか。」


 語られたのは、滅びゆく世界に僅かに残る正常なる物理事象。

 世界を憂うエージェントの言葉は、世界が元に戻りたいと願っていると言う事実を……図らずとも神様少女の心へと伝播させる事となったのだ。

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