炎の精は舞い踊る
燈夜(燈耶)
砂漠の国に、炎の精は舞い踊る
赤い鎧をガチャガチャ言わせ、お城の塔の見張り台に登って来た、おてんば姫様に、見張りの兵士は言いました。
「来ますか、姫様」
「来る来る。来るが、姫様はよせ」
「は、女王陛下!」
兵士は呼び方を変えました。
姫様は子ども扱いされるのが嫌なのです。
「姉貴が教えてくれたんだ。今年こそ効果があるはずだ」
「そうでしょうか。私めにはなんとも」
二人は空を見ます。
青い空と、見渡す限りの砂の海。
黄色い砂の海がどこまでもどこまでも広がっています。
「しかし、代わったことは何一つございませんが」
「いや……ほら、見ろ!」
姫が空の一点を指差しました。
「遠く、天に広がり来ますあれは?」
「どれどれ?」
よく目を凝らせば、そこだけなんだか黒く染み出しています。
「やった、来たぞ!」
鎧が再び鳴ります。姫様は飛び上がって喜びました。
── * ──
「本当にやるのか?」
「可愛い妹のためだもの」
そこは暖色の部屋だった。
訪れる者に温かみと、安らぎを……通り越し、その熱さは止めどない酷暑をもたらしている。
部屋の中央にその理由がある。
見よ。
巨大な炎が揺らめいている。
透明なガラスの奥に、いくつもの巨大な炎が渦を作り、巻き付いて、それぞれ絡み合う炎の蛇となり、うごめいているではないか。
「この、どうしようもないほどの
片手に金属の筒を持つ、黒髪の剣士が苛立ちも隠さず女に告げる。
その首からは、汗が滴り落ちていた。
不思議な事に、金属の筒からは、光の刃が伸びている。
「炎の精霊界に送り返すんです」
今さら何を聞くのか、といった呆れかえった表情で、樫の木の杖を手にした碧髪の女は告げる。
女は碧髪を馬の尻尾のように纏め上げ、髪留めで止めて後ろに垂らしていた。
白いうなじからは、汗の玉が見えていてもよさそうなのに、こちらは汗一つかいていない。
「剣でどうにかなる相手か? あれが」
男は光の剣の先で
「
「メチャクチャ言うな、あんた」
魔力炉は魔力の源泉だ。その上に設えられた精霊の召喚魔法陣を壊すという。
たとえこの女が太古の魔法を使う者とはいえ、そんな芸当が簡単にできると信じられるはずもなかった。
そしてさらに、この女がさせようという、
これもなかなかに骨だ。
通常の武器では傷一つつけられまい。魔法の武器でさえ、何度も切りつけなければならないだろう。そうなると、武器を振るう戦士も無傷ではいられまい。きっと、ただでは済まないだろう。
そこで、この光の剣を持つこの男を連れて来たのは正解だと言える。
「それはやれるさ。この光の剣でな? それに俺様の腕前だ、
男は両手を広げて抗議した。
「精霊守に舞わせ、鎮めてから一匹づつおかえり願う予定です」
「……その精霊守が、どこにいるって?」
男は呆れる。
「そこにいるじゃないですか。そのエルフ娘が」
「
妖精騎士。
遥か昔に滅んだエルフの王国の残した騎士の呼称だ。
「私もそんな妖精騎士がいるとは思っていません。ぶっつけ本番でやっていただきます」
「なんだって!?」
男は噛み付く。
「失敗したときは、みんなで全力攻撃です」
「結局そうか、力押しなんだな? 力押しなんだな!? あんたはいつもそうだ……俺は前々から思ってた、あんたは冷静でいつも何か考えているように見えて、その実、何も考えてないんだってな!」
今にも
「泣き言はそのくらいでよろししいでしょうか。そろそろ始めたいのですが」
「人の話くらい聞けよ!」
「あの、私……踊るんです?」
ミスリル銀の鎧を身に着けたエルフ娘が、不安そうに二人を見、初めて口を開いた。
「師匠、オルファさん」
「アリムルゥネ、あなたはあの人の娘。ならば精霊を鎮める舞は、体が、魂が覚えているはずです」
件の妖精騎士、アリムルゥネを見つめる魔導師オルファの視線と言葉はあくまでも真摯だった。
「……うわー。メチャクチャ言ってるよ、この人」
「声に出てます。良いですか? ガイアリーフ、アリムルゥネ。そろそろ始めます」
男、ガイアリーフは諦めた。
そして、
アリムルゥネはゆっくりと眼を閉じて、意識を空気の流れに任せたまま、魂の旅に出る。
──するとどうだ。
今、アリムルゥネの前には幻影が見える。
アリムルゥネの前で、幼い時に己を捨てた母が舞っているではないか。
美しい舞だ。
剣舞。湖面を滑るかのような足の動き、風に乗るかのような手の動き。
妖精騎士アリムルゥネはミスリル銀の剣を抜き放つと、次第にその動きを辿り始める。
まだ見ぬ母と、一緒に舞う。
同じ動きで。
同じ線を取り。
同じ調子で──。
魔導師オルファは呪文を唱える。
今では誰も知らない、太古の魔法だ。
炎の精霊界から精霊を永遠に召喚し続ける、魔法陣を今砕く。
樫の木の杖が踊る、革の鎧の下の、長い脚が滑らかに拍子を刻む。
そして詠唱、呪文は成った!
「まはま・ぴろぽ・めでけ・かえら・えです・みどら・はまっと!」
炎の精霊力が暴走し始める。
部屋が揺れ始め、精霊を閉じ込めていた容器にひびが入り、そこから
剣士、ガイアリーフは心を決めた!
鎮魂の踊りが効いているのか、蛇の形をした
二匹目三匹目が少し素早く現れた。
炎の舌が、ガイアリーフの肌を焼く。
「熱い!」
と言いながらも、彼は炎の蛇の体を次々と裂いてゆく。
一方で、炎の蛇が妖精騎士アリムルゥネにも寄る。
アリムルゥネはステップを踏みながらもミスリル銀の剣で蛇の頭を割った。
「熱い!」
眠そうにしていたアリムルゥネが目を見開き、瞬間、鎮魂の踊りが終わる。
妖精騎士の眠気が覚めて、件の舞が中断されたのだ。
炎の蛇が、今や全員に向かってくる!
「だから言わんこっちゃない! オルファ!」
剣士、ガイアリーフが魔導師を呼ぶ。
魔導師オルファは動じない。
ねじくれた樫の木の杖が踊り、足が複雑なステップを踏む。
彼女は吹雪の呪文を編んでいた。
「銀狼よ、氷雪を呼びし銀狼よ、雪の娘と共に、全てを凍てつかせよ! ブリザード!」
魔法の発動と共に、猛烈な吹雪が
もうもうと上がる水蒸気の中で、
やがて静かになった部屋で一言オルファ。
「ちょうど良い蒸し風呂だったでしょう」
そういうオルファは肌にうっすらと汗をかいていた。
── * ──
「黒雲だ……」
あれよあれよという間に、お日様は陰り、黒雲が天を覆います。
まもなく、ポツリ、ポツリと水滴が落ちて来ました。
湿り気が、姫様と兵士を濡らします。
そしてそれは、本格的に姫様と兵士の鎧を濡らしていきました。
「雨、ですな?」
「そうとも、雨だ!」
砂漠の姫は喜びました。
炎の力が弱くなり、水の力が元に戻ろうとしているのです。
「姉貴に感謝しないとな! 今年こそは、と思ってたんだ!」
「これで砂漠も……」
「もう砂漠じゃない。明日には一面の草原、明後日には一面の花畑だ!」
姫の言うとおり、一週間後、砂漠は一面の草原となっていたのでした。
そうです。
この砂漠の国に、雨がもたらされたのです。
それは、この砂漠の国にとって、またとない贈り物となったのでした。
炎の精は舞い踊る 燈夜(燈耶) @Toya_4649
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