第5話 山村聡太郎

1996年の9月、日本に駐在している協会員から山村年男が行方不明になり、アリスが発狂したと知らされた時、チャールズは年男がショゴスに喰い殺されたことを容易く想像できた。


年男は自分の息子、ナイアーラトテップからは『適合者』と呼ばれていた聡太郎をショゴスの生贄にする腹積もりだった。


しかし神の声を聞く者は、神の使命のために命を捧げる宿命にある。

人類に対して塵芥ほどにしか思っていない無慈悲な外側の神に、適応者として選ばれた者の末路は疑う余地なく破滅しかない。


神に選ばれた適応者の年男と、神が命じるままに適合者として命を授けられた聡太郎。どちらが神の贄たる名誉を賜るに相応しいかは明らかだった。


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チャールズは全てのスケジュールを延期または中止して、直様来日する。


病院でアリスの容態を確認すると面会を早々に切り上げ、聡太郎を宿泊させている横浜のホテルに向かう。


聡太郎は部屋からの眺望をじっと見据えて待っていた。


山村聡太郎、11歳で小学6年生。

適合者とナイアーラトテップから称された子だ。

切れ長の目は左目だけアリスと同じ碧眼で、右目と髪は漆黒だ。

白磁のような肌からは、生気が感じられない無機質な印象を受けた。


「初めまして、聡太郎」チャールズが話しかけると無表情に「初めまして、お祖父さん」と淡々と答えた。

声色からは今回の件に動揺している様子はなく、気味の悪いほど落ち着いて聞こえた。


その日からチャールズは、1日2時間ほどの聴取を4日間続けた。


チャールズが年男やアリスから受けていた報告と、聡太郎から聞き出した内容をまとめたものを以下に紹介する。


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3人の家族は崎原にある白鳥台という住宅街の一軒家に住んでいた。


家は平屋で、北東の玄関と繋がっているリビングを中央に据えた作りになっている。

リビングは南側に大きな窓があり、そこからは中庭が見える。建物は中庭を囲むようにリビングや部屋が配置されている。

キッチンはリビングの北側にある。


東側の2部屋は、アリスと年男の個室になっている。年男の個室は奥まっていて中庭を見れない。

西側には浴室とトイレと聡太郎の個室があった。西側の聡太郎の個室は中庭側に配置されている。

リビングの両側は壁で仕切られた小さい廊下と繋がっていて、廊下を挟み東側は北と南に2つの個室が、西側は北に浴室とトイレ、南に個室が配置されていた。


このような造りの建物だから、3人は互いに干渉を最小限で済ませ暮らしていた。

聡太郎にはそれが普通だったし、友達との付き合いも希薄な少年だったため比較することもなく、特別自分の家族の愛情が希薄だったとは感じていなかった節があった。


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年男は聡太郎のことを、頻繁に適合者と呼んでいて、名前で呼ぶことは稀だったという。

聡太郎がその意味を訪ねると『木星が磨羯宮に入るタイミングで、崎原神社境内で受精した者』だと説明された。


チャールズは、ナイアーラトテップが年男に神託として示した『来たるべき時と場所』の具体的な内容は事前にアリスから報告があり知っていた。


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チャールズの薫陶を受けてアリスも占星術に精通していた。

アリスは聡太郎誕生後の木星磨羯宮入りは、1996年1月3日に訪れることを知っていたし、その時聡太郎に起きることを危惧していたようだ。

聡太郎はアリスから、その日には良くないことが起きる可能性が高いと繰り返し諭されていた。


しかし、年男はそのことを然程重要視していなかった。このことからナイアーラトテップは御告げでその日に起きることを、年男に何も語っていなかったと考えられる。


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1996年1月3日から7日まで、聡太郎は高熱と悪夢に苦しむ。

この時になって初めて年男に、この悪夢についての説明がナイアーラトテップからなされた。

それまで全て事前に知らされていた年男は、拭えない違和感から疑念を抱いてしまったようだ。

年男は動揺を隠そうとしていたが、本心は焦燥し狼狽えていたとアリスはチャールズに報告していた。


高熱が下がると聡太郎は夢の内容を忘れていた。

年男はナイアーラトテップの神託で、夢の中場所を探し当てて聡太郎を連れて行くように命じられる。


年男は寝食構わず、使命に没頭していく。

今までの『正解があり従うだけのミッション』が『クエストを伴うもの』となった変化に抱く違和感を払拭したかったのかもしれない。


まずは退行催眠によって聡太郎から夢の内容を引き出す必要があった。

年男は部下の精神科医の協力と魔術的手法を組み合わせて催眠を行うが、この作業が7月までかかる。


そこから夢の内容を分析して、夢の中に出てくる場所を突き止める作業が9月までかかった。

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