第24話 タウラの剣技
「騎士らしく一対一といこうじゃないか」
クロス・リードの初撃は受けずにかわした。まともに受けると剣が折られ、額から間二つに切り裂かれそうてしまいそうなほど、強烈な振り下ろし方だった。だが、避けてしまえばこちらのものだ。一撃で仕留めることのできる分、隙が大きい。
タウラは脇腹に斬り込む。しかし、剣は身体に届かない。躱された。身のこなしも鋭い。
「剣速が遅いな。牛でも相手にしているつもりか」
だったら間合いを詰めてやればいい。重い一撃を見舞われる前に懐に潜り込もうと、タウラの足が地を蹴り、砂塵を起こした。
「潔し。だが、そんな舞いのような剣技でおれを斬れると思うな」
数号打ち合ったのち、クロス・リードはタウラを弾き飛ばした。タウラが再度詰め寄るよろうとしたが、不穏な空気を悟った。
なんだ。
タウラの足が止まったところへ、クロス・リードは剣の向きを逆さにし、地面に突き刺す。
「踊るためには健常でなければいけないよな」
剣の周囲が鳴動し、土が幾重の塊となって飛び出してきた。タウラはすべてを躱すことができず、右肩と左太腿に直撃をもらった。鉄の砲丸をくらったみたいだ。呻き声も出せずにその場に倒れ込む。
「エラを使う相手との戦い方がまるでなっていないな」
この男、やはり土を操っている。岩石をもらった箇所に激痛が走っていた。骨は折れていなそうだが、剣を握る手に力が入らない。視界がかすんでいた。いままで剣を振ってきて、痛みを感じることなどほとんどなかった。これが戦い、命を奪い合う戦争なのだ。
「力のある者が生き残るのが戦争だ。そして、生き残るため、選ばれた者だけが扱えるのがこの力だ。身体の中にはエラがある。だが全員が得られるわけではない。蓋の開いていないおまえたちには扱えない力だ」
ガスパで倒した風を操る男も言っていた。
「あのお方に出会えたことで、おれはさらに強くなることができた。とはいえ、クロス・リードが剣以外のものに頼るなんて思わなかったがな」
その笑い方は自虐ではない、吹っ切れたような清々しさがある。
「おれは敵をいたぶる趣味はない。即死させてやる」
クロス・リードが膝をついていたタウラの首をはねようとした。その剣先が首に届く前に、上から空を震わすような音がした。崖崩れを起こし、岩石が落ちてくる。クロス・リードは後方に退いた。間一髪、タウラの目の前に岩石が落ちていた。
「溝を作った歪みか。運のいい男だ。だが次はない」
タウラは目の前に落ちてきた岩石を見ていた。なんだろう。何かが聞こえる。声なのか。でもいまの状況でタウラに話しかけられるのはクロス・リードしかいない。
――こっちだよ。
だれだ。目を閉じ、声の聞こえる方向、正面に向けて剣を振った。崩落してきた岩石が割れていた。
「なに」
剣で割れるほど岩石はやわらかくも小さくもない。タウラは軽く腕を振っただけに見えた。タウラ自身、腕に力を込められる状態ではなかった。クロス・リードが再び剣を地面に突き立てた。石塊がタウラを襲う。それを同じように斬った。
「どういうことだ」
初めて出くわした生物を見るような目で、クロス・リードはタウラを見ていた。それは、ただの非力な剣士を相手にする圧倒的強者の目から、一人の剣士に対する興味の色へと変わっていた。
剣士たちの戦いを、溝の向こう側からハンニバルとマルスが見ていた。
ハンニバルの反応はクロス・リードと同じものだったが、マルスは得心がいっている。
「あれがタウラの本来の剣術だよ。彼は剣と同化する」
「同化?」
「グラジオスでタウラの稽古をつけていたんだが、そのとき気がついた。彼の剣は集中すればするほど彼自身の意志がなくなっていく。身体の感覚が失われていくと言った方が近いかな。没頭するのとは違う。剣の意志というものが存在するならばそれに従っているようだった」
「まさか、それじゃタウラくんは自分の意志で剣を振っているんじゃなく、もぬけの殻ってことになるじゃないか」
「心を預けているのだろう。本当は人など斬りたくはない。だが敵を斬らなくては剣士としての存在価値はない。彼の暮らす時代には人を斬るなんてことはしないのだろうな。彼の時代と今の時代での葛藤と矛盾が、彼の意志を剣に託すことになったのかもしれない」
「甘っちょろいね。心を閉ざして戦っているようなものじゃないか。マルス、きみがきらいそうなタイプなんじゃないの」
「たしかに剣に責任を持っていないと見ることもできるが」
マルスの先の言葉をハンニバルはわかっていた。
「まあ、歯切れが悪くなる気持ちはわかるけどさ。美しい剣だ」
マルスはその言葉にうなずいた。
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