第23話 元総督クロス・リード

「ニマの荷馬車に人が。侵入者だ」

 兵士たちに囲まれる。左右は切り立った崖が続いている細長い地形のため、ぐるりと囲まれてはいない。しかし、前後は南の国レジーナの兵士たちで埋め尽くされている。ざわめきが起こった。

「まさか、マルス・マルタンとハンニバル・ユング! 北の国グラジオスの三傑が、なぜここに二人もいるんだ!」

 兵士たちが、恐怖にかられ、ひるんでいる。ひるみは後列にも波紋し、隊列に乱れが生じていた。

「行くよ、ここを切り抜けるのはかなり至難だ。息が続かなくても走り続けるんだ」

 隊列の綻びを見逃さず、ハンニバルが突破しようと一歩を踏みだした。

「……っ!」

 突如、ハンニバルに向けて、横から矢が飛んできた。頭を狙った矢を槍で弾くと鈍い音がした。落とされた矢は折れるわけでなく、粉々になっていた。

 どこから飛んできた。横には崖しかない。矢の角度からしても上に兵士が潜んでいるわけでもなさそうだ。

 青の鎧をまとった男、クロス・リードが三人の前に出てきた。

「ガスパで消息を絶った逃亡者が荷馬車の積み荷に紛れていたとはな」

 クロス・リードの声は低く、崖に反響し、遠くまで響いていた。

「ずいぶん久しぶりじゃないか。

「顔を合わすのは数年ぶりか。おまえたちの情報は入ってきている。ガスパで指揮官を倒したそうだな。非力な男だが、手こずったのではないか」

「さっき、だれもいない崖から矢が飛んできたんだけど。それにこの矢、矢も鏃も土でできている」

「そうだ、尽きることのない矢だ」

「これも、奇術か」

「この力の名前を知らないようだな」

 クロス・リードが人さし指をくるりとまわす。ハンニバルに叩き落とされ、粉々になったはずの矢が形を取り戻し、下からハンニバルに襲いかかった。「ぐっ」と呻く。避けきれず肩を貫かれていた。

「くそ、厄介な力だ」

 クロス・リードの顔は自信に満ちている。慢心ではない。つけ入れそうな隙がない。マルスがハンニバルを下がらせた。

「兵站を担っているなんて意外だったな。クロス・リードは最前線で指揮をとっていると思っていたよ。総督を更迭されたのか」

「なあに、おれ以上に優秀な人物がいるんだよ」

 笑みをこぼす。畏敬の念をこめた笑みだ。

「その力を教えてくれたか」

 クロス・リードは黙って人差し指をまわした。崖から次々と矢が現れ、襲ってきた。マルスはハンニバルを庇うように立ち、そのすべてを弾き飛ばした。

「やはり、グラジオスの三傑は簡単にはいかないな」

 しかし、クロス・リードはうれしそうだった。

「おれはいつの日か、おまえらと目見まみえるのを待ち望んでいたんだ」

「恋人に会うみたいな感じで言うのやめてくれないかな」

「数年前と違い、互いに偉くなってしまった分、最前線で直接剣を交える機会はほとんどなくなったからな」

「へえ、更迭されて喜んでいるように見えるね」

「南が北に勝利することが一番であることに変わりはない。だが、一個人としては軍隊長を離れてよかったと思っている」

 クロス・リードの闘気があがった。タウラを指差した。

「そこのガキに興味はないが、あのお方が始末しろとのことだから、確実に殺す」

「やはり異変の元凶は「あのお方」のようだ。総帥様と同じ人物とみて間違いないだろうね」

「クロス・リード、なぜタウラを狙う」

「おまえたちも感づいているのだろう。そいつがであることを。この時代に置いておくには危険な存在だ。おれたちにとっても、おまえたちにとっても。異分子は排除する。それがあのお方の言葉だ」

 時代の異分子。あのお方とやらは、タウラ――おそらくリーシャも――の存在も、二人が時空を越えてきたことも把握している。

 ハンニバルの言っていた見透かされているという感じは、このことだったのか。リーシャがグラジオスの歴史を知っているように、あのお方ももしかして、未来の人間なのか。タウラは剣を構えた。たとえ、クロス・リードが自分に狙いを定めているとしても、やられてやるつもりはない。マルスとハンニバルも戦闘態勢に入る。

「おれはおまえたちを侮りはせん。邪魔はさせんぞ」

「下がれ、下がれ!」

 兵たちが叫んでいる。

「……?」

 兵士たちがタウラたちから距離をとった。

「ありがたいね、戦いやすくしてくれたのかい」

「ああ、もっと戦いしやすくしてやる」

 クロス・リードは鞘から剣を抜いた。土でできた剣だった。それを思いきり地面に刺した。

分断せよクレイ・ダン

 タウラの背後、マルスの足もとで轟音が鳴り、急激な地割れが起こった。

「しまった!」

 ハンニバルとマルスが後方に飛びすさった。タウラとマルスとの間の溝が一気に広がっていく。そこには深い谷ができ、南の軍をふくめ、一行は分断された。飛び越えることはできないだろう。

「タウラ!」

 割れ目の向こうからマルスが声を張った。タウラは後ろを振り向く余裕がなかった。正面からマルスに勝るとも劣らない剣気が放たれている。

「さあ、剣士らしく正々堂々いこうじゃないか」

 助けはない。自分の腕だけで切り抜けなければならない。その状況がタウラの集中力を引き上げた。

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