第21話 王との会話

 リーシャはグラジオス城から本隊に同行し、砂時計エーラ・クロツカの近くの駐屯地まで来ていた。砂時計がある草原を背にして、軍を展開している。陽はやわらかく、風も穏やかだが、あたりの空気は緊張している。

 ここで進軍してきた南の国と大きな戦いが起こるかもしれない。いや、起こるはずなのだ。グラジオス軍を指揮するのはマルスであり、戦いに勝利する。マルスが生き残ることが史実なのだ。そのためにはタウラとハンニバルがマルスを救出できるかにかかっている。二人がガスパに向かってから今日で五日目だ。

 あの二人ならきっとやり遂げてくれるよね。

 そう強く想うも、奇術を使う者というのか引っかかっていた。リーシャの時代には南の国レジーナに奇術を使う者がいるなど聞いたことがない。南にはどんな力が眠っているのか。グラジオスに気づかれないように力を育み、それが脈々と受け継がれていたのだとしたら。

「あまり浮かない顔をしていると兵の士気に影響する」

 王が側に立っていた。後ろにはゴンザム・メラが控えている。

「すみません」

「気丈でいることだ。兵の前では王の衣など大して役に立たんが、背を見て奮い立つ者もいる」

 命を賭して戦ってくれている王国騎士や兵士たちがいる。前線で戦う者たちがいるから国の平和が保たれているのは現代でもそうだ。

 なのに、自分の不甲斐ない姿を見せて、兵士たちを不安にさせては王女失格だ。リーシャは表情を引き締め、前を向いた。

「わたし、配給のお手伝いしてきます」

 そう言って走っていった。

「あの年で肝が座っていますね」

 控えていたゴンザムが王に話しかけた。現場の指揮を任されているゴンザムは、三英雄の中で一番体格が大きい。大柄な王でさえゴンザムより額ひとつ分届いていない。その風貌ながら部下への配慮は厚く、三英雄の中で最も統制のとれている軍隊と評価が高い。ゴンザムの言葉に王は微笑んだ。

「国を背負う者の風格は感じるがまだまだ。あの娘はもっとたくましくなるよ」

「王は本当に信じているのですか。彼女が」

「未来からきたことか」

「まあ、そうです」

「判らんよ、そんなことは。未来のことなど調べようもないしな。ただ、リーシャを見ていると放っておけなくなる」

「危なっかしいからですか」

「それもあるな。だが、突然現れた旅人に、一国の王であるおれがだぞ。普通ありえんだろう。これは恋なのかな」

 ゴンザムは、わずかに目を見開いた。

「まさか、ご冗談を。本当に未来から来たのであれば、彼女はあなたの子孫ではありませんか」

 王は肩をすくめる。「それもそうか」というのではなく「だからどうした」といったすくめ方だ。ゴンザムはその仕草を見て、これはあながち冗談じゃないなと思った。

「未来の王女と、声を失った少年剣士ですか。国の行く末を決めるこの時期に出会ったこと、数奇な縁を感じますね」

「この時代に必要な人間なのかもしれん」

「いくらなんでもそれは考えすぎでは」

 王は笑った。

「そうだな、すがっていては戦争には勝てん。いつでも出兵できるよう兵士たちの尻を叩いてこい」

「はっ」

 この日の夜半過ぎ、南の国は陸路によってグラジオスに攻め込んだ。

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