第20話 海か陸か
マルスは困惑した表情を見せたが、すぐに引き締めた。
「これで大きな貸しができてしまったな。だが窮地を脱したわけではない」
「その通り。安心するには早いよ。タウラくん、おれはまだ危機的状況から抜け出せたとは思っていないよ」
グラジオスにマルスを連れ帰ってはじめて、この任務は成功したといえる。まだ任務は半ばであり、そのためにある程度の犠牲が必要な状況は去ってはいないということだ。タウラは神妙にうなずいた。
「何の話をしている」
「男同士の約束」
マルスは首を傾げていた。
「ところで、さっき倒した男だけど、あれはやっぱり奇術だよね」
風を起こす男、手や指を扱い風を起こしていたように見えた。マルスが捕えられた原因になったもので、風が起こるタイミング、質も違っていた。気まぐれのつむじ風というには意図がありすぎた。
「男自身が起こしていたと言っていたね。だいぶやっかいな力だ」
「あの男だけではない」
マルスがはっきりと答えた。
「他にもああいった芸当ができる者がいると牢で聞いた。どうやって力を得て、どのように扱っているのかは不明だ。だが、長年小競り合いを続けていたにも関わらず、以前はなかったものだ。
昨日、タウラが酒場の主から聞いた話と一致する。
「詳しく調べて対策を練りたいところだけど、あまり時間がないね。おれたちが暴れて、マルスが逃げたことはすぐに知られるだろうし。今後の相手の動きも気になる」
「定石で言えば、南は砂時計を狙うだろうな」
駆け引きの切り札が手元から落ちてしまったのであれば、本来の目的を遂行するのみだ。タウラたちが海路を使い、ガスパからグラジオスに戻るには、早くても三日はかかる。南の国が行動するには十分すぎる時間だ。
「すぐに攻め込まれたとして、ゴンザムがいるから負けやしないと思うけど、奇術を使う連中がうじゃうじゃいたら手を焼くだろうね」
奇術を使う男は、船を破壊したと言っていた。念のため離れの岬に停めてあった船を確認しにいったが、男の言っていた通り壊されていた。
「あの力があれば、壊すのも簡単だよね。別の船を奪うしかないか」
「ガスパの港は厳重に警戒されている。船を奪うのは得策ではないな。それに、グラジオスの港も守りは堅い。南が海から侵攻する可能性は低いだろう」
「まさか。それじゃあ敵さんは歩いて越境するしかないじゃないか」
「ガスパに馬車が用意されていたのを見なかったのか。あれはすべて陸路でグラジオスに向かうために用意されている。牢屋の中で聞いたのだから間違いないだろう。時間はないぞ。急げ」
「嫌な予感しかしないんだけど。どうするつもり」
「敵の兵站に紛れて我々も越境する」
マルスがきっぱりと言った。敵に紛れ、その懐に入り込むのだ。ハンニバルが舌打ちした。タウラにもわかるくらい、はっきりと拒絶を込めた舌打ちだった。
「あの山脈を越えるのか、いやだなあ。それにそんな簡単に入り込めるの。おれたちのこと血眼になって探していると思うよ」
「問題ない。南の国には名産があるだろう」
タウラは思いついた。カイルが特産品としてコルポトに持ってきてくれるニナだ。ものすごい臭い食べものだが、栄養があり乾燥させれば非常食としても役に立つ。その荷馬車にお邪魔しようというのがマルスの案だった。
ハンニバルが大きなため息をついた。降参という意味のため息だった。
「とんでもない考えが浮かんだもんだね。まったく、軍隊長のお考えにはいやになるよ」
「二人でガスパにやってくることに比べればわたしの考えなどましな方だ」
マルスがほほ笑んだ。それを見て、タウラは不思議な気持になった。いや、改めて実感したのだ。本来、交わるはずのない三英雄と普通に話をしている自分に。本当に、過去に飛んできたんだなあと、不謹慎ながら感慨深くなった。カイルが知ったら、きっと羨ましがるんだろうなあ。
「なにをにやついているんだ、タウラ。気を引き締めろ」
タウラはぺこりと頭を下げ、それから三人はガスパに町に戻っていった。そこの荷馬車に潜入するのだ。
ことこと揺られて国境を越える。そんな、安全な旅を期待していた。
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