第18話 奇術を扱う男

 夕日を背にしていたため、広場に集まった者たちにはふたつの影が落ちてきたようにしか見えなかった。その影のひとつ、ハンニバルが両刃の槍でもって断頭台を斬り倒した。逆の刃で、驚きの収まっていない執行人も斬った。

 一瞬の静寂、それから広場中に悲鳴が響き渡った。混乱に乗じ、タウラはマルスの手枷を外す。

「ハンニバル、それにタウラ? おまえたち、どうしてここに」

「きみを助けにきた以外にないでしょう。ちょっと離れてて」

 広場は処刑台に現れた闖入者ちんにゆうしやによって騒然としている。

「死神ハンニバル!」

 灰色のローブをまとった指揮官に獲物を向ける。

「あんまりその呼び名は気に入ってないんだけどな。まあ、仕方ないか」

 弧を描くように槍をまわし剣を構えようとした指揮官を斬り倒した。一瞬、ハンニバルの表情が変化したのをタウラは見逃さなかった。

「指揮官殿」と、兵士が叫びながら処刑台に登ってくる。ハンニバルは表情を変えずに、兵士たちを片っ端から斬り捨てていく。両端に刃をつけた槍には大量の血がこびりついていた。

「死にゆくきみたちに葬送曲でも唄ってあげたいのだけれど、あいにく時間がなくてね」

 ハンニバルがマルスに剣を投げてよこした。しっかりと受けとる。

「ここを突破するよ。西の岬に船が停めてある」

 タウラはマルスに肩を貸そうとした。

「大丈夫だ。どんなときでも剣を振る力は残してある」

「そうだろうね、さすが軍隊長様だ」

 処刑台から降りて走り出す。広場を抜けるのは一苦労だった。兵士だけでない。町民もいるから、むやみやたらに剣を振れなかった。ハンニバルとマルスはしっかりと見極め、斬りかかってくる敵だけを相手にした。

 広場を抜けても周囲には大勢の兵士が配置されていた。ハンニバルが選んだのは回り道など一切しない正面突破だった。走りながら、攻撃をかわしながら、巧みに槍を操っている。

 いつの間にかマルスが横に並んでいた。二人は速度を落とさず兵士を蹴散らしていく。

 すごい。

 個々の実力もさることながら、目も合わせていないのに、二人の連携は一糸の乱れもない。たった二人の猛攻に、侵攻を阻もうとする兵士たちの中で混乱が生まれていた。その隙を見逃さずに、さらに加速した。

 いつしか、兵士の包囲を抜け、通りの先には人がいなくなった。町を出るためには、この先のT字路を西に曲がるだけだ。三人とも、息があがってきている。マルスにいたっては、ずっと監禁されていた状態から、全速力で走っているのだ。なのに、遅れることはなかった。

 最後の角を曲がった。ここを抜ければ町を出る道にぶつかる。兵は追ってきているが振り切れる。そう思った矢先、正面から突風が吹きつけてきた。危うく足が浮きそうになるのを堪え、その場に踏みとどまろうとしたが、身体が押し戻される。

「この風は」マルスが声をあげる。

 強烈な風はタウラたちの進行を阻んだ。

「どこへ行こうとしているのですか。グラジオスのねずみさん」

 道の先から灰色のローブをまとった男が現れた。広場の断頭台でハンニバルが斬ったはずの指揮官だった。青白い頬はこけ、目がくぼんでいる。それが眼光を鋭く見せていた。男は不敵な笑みを浮かべている。

「手ごたえはあった。指揮官にしてはあまりにあっさりやられたとは思ったけど」

「ええ、たしかにあなたは斬りましたよ。さて、何を斬ったのでしょうかね」

 男がハンニバルに向けて投げる動作をした。だが何も飛んできていない。

「……!」

 突然、ハンニバルが槍を振った。空を斬った。それなのに、斬れる音がしたのだ。

「この手ごたえ、さっきと同じだ」

「ほう」と男が感心した声を出す。

「目には見えなくとも感知する力はあるようですね。さすがはグラジオスの死神だ」

 ゆったりと粘り着くような声だ。

「演説してたときとはずいぶん雰囲気が違うじゃないか」

「演技は大事ですかえねえ。やられっぷりも見事だったでしょう」

 悪趣味なやつだなと、ハンニバルが悪態をついた。

「それにしてもが仰っていた通りだ。マルス・マルタンを助けにくる者たちが必ず現れると。そのうちの一人は白髪の寡黙な男であると」

 男はタウラを見た。

「どんな猛者かと思えば、人を殺したこともない青臭いガキじゃないですか」

「なぜ、タウラを知っている」

「なぜでしょうかねえ。殺したあとで教えてあげましょうか」

 目は猛禽類のように光っている。追ってきていた兵士たちが退路を塞ぐ。一本道を前後で封じられた。マルスが後方の兵に身体を向ける。

「わたしがこいつらを抑える」

「一人じゃ無理でしょ」

「やるしかあるまい。その男の奇術に注意しろ。どういうからくりになっているか」

 再び風が吹いた。風の質が変わったと言うべきか。押し返すような風ではなく刃物で斬られているような痛みを伴った。

「奇術なんて手品みたいな言い方しないでくれませんか。これはわたし自身に宿る力です」

「さっきの手ごたえの正体もそれってわけか。生身の人間は風なんか起こせやしないでしょ」

「才能のない人間は、です」

 今度は上から吹きつけてきた。巨大な掌で押さえつけられているみたいに。三人の手が地面についた。

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