Chap.4-2

「すごい!」

 青い空、輝く水平線。そして同じような見た目の人たちが渦巻く灼熱の砂浜。ヒゲ、短髪、ほどよく脂肪の乗ったガッチリムッチリのガチムチ筋肉、陸上選手のようなスジ筋、ラグビー体型、水泳体型、様々なジャンル(?)のオンパレードだ。

 そして色とりどりのビキニパンツ、競泳パンツ、サーフパンツ。なかにはどさくさにまぎれて「え?」と目を疑いたくなるほど生地面積の小さい水着を履いている人もいたりして。

 こ、これがゲイビーチ。ここが日本であるとは、にわかに信じられない。

 ぴちぴちと小さめのタンクトップを着たお兄さんと目が合う。日差しと同じくらいまぶしい笑顔を向けられて思わずぽーっと見惚れてしまった。白いタンクトップに強調された日に焼けた肌のイメージが脳裏に焼き付く。ここでは普通の海水パンツを履いて、生白い僕らの方が逆に目立ってしまいそうだ。僕ももうちょっと身体を鍛えなくちゃなあとションボリした気持ちになる。

「これ、みんな……こっちの人たちなんですよね?」

「そういうことになるね」

 車から担いできた荷物を砂浜に下ろしたタカさんは腰に手をあて、僕が目を白黒させているのを面白がっている。

「そんな反応がいいと、連れてきたかいがあるなあ」

 梅雨明け最初の週末ということもあってか、台知久海岸は大盛況だ。リリコさんの言っていたように、身体に自信のある人が多いのだろう。肉のオンパレードというか、男臭いオーラ全開というか。はしゃぐ声に混じる「イヤー!」とか「キャー!」という黄色い声がなかったら威圧的な光景といいますか。あってもなくても威圧的な光景といいますか。異様な熱気に包まれているのは確かで、一般のファミリーが間違ってこのビーチに迷い込まないことを願うばかりだ。

「どうしたの、一平くん……顔が真っ赤じゃん?」

 ユウキが覗き込んでくる。笑いかけてくれたタンクトップのお兄さんの残像を頭から追い払う。

「だってみんな裸だから、すごいと思ってさ」

「そんなん、お風呂行ったらみんな裸じゃん」

「そりゃそうなんだけど。お風呂とはまた趣(おもむき)がちがうといいますか」

「そりゃ、海だからね」

 タカさんに笑われてしまう。

 車からみんなで分担して持ってきた荷物をタカさんが広げてくれたでっかいレジャーシートの上に思いおもい下ろしていく。レインボーカラーのパラソルを白い砂浜に突き立てると、ぐっと雰囲気が増した。

「ヨシ!」とタカさんは拠点(?)の出来栄えに満足した声を出して、おもむろにアロハシャツを脱ぎ捨てた。太陽のもとにタカさんの裸体が露になる。下は既に紺色のサーフパンツで準備万端。そのぬぎっぷりに拍手が上がる。

「タカさん、さすがジムで鍛えてるだけあるなあ、いい筋肉!」

 ユウキがタカさんの腕の筋肉をペチペチと叩いた。そんなユウキの水着はオレンジに赤いラインの入ったサーフパンツだ。

「タカ、あんたちょっとたるんできたんじゃないの?」

 リリコさんにそっけなく言われて「そうかなあ?」とタカさんは、肉付きのよい自分の腹のあたりを手の平でさすった。

「歳には勝てませんな」

 とため息をつく。

「ヤダァ! タカちゃん来てたの?」

 唐突に甲高い声が響き、びっくりして辺りを見回した。

 坊主頭で目のクリッとしたオジサンがタカさんに向かって手を振りながら砂浜を走ってくる。妙にピチピチとした紅白縞々模様の水着を着ていて、カラフルなてるてる坊主を連想した。ちょっとフケて見えるけど、もしかしたらタカさんやリリコさんとそう変わらない年齢かもしれない。

「ああ、おケイさん」

 タカさんはバツが悪そうな困ったような曖昧な笑顔を見せた。

「だれです、あの人?」

 リリコさんに耳打ちする。

「タカのお店の近くで、DSバーやってるマスターよ」

「ディーエス?」

 と言っても、まさかチャビが遊んでいるゲーム機のことではないだろう。

「Dはデブ、Sはスリム。それぞれの頭文字をとってDSよ。簡単にいうと、デブ好きの細と細好きのデブをくっつけるお店ね。で、あの人はくっつけババアってわけ」

 リリコさんはしかめつらをした。別に悪いことではないと思うけど。

「もう、タカちゃん水臭いわねえ。来るなら来るって言ってくれれば、わたしたちの車、まだ余裕があったのに。あ、でもその他大勢の皆さんの乗るスペースはなかったわねえ」

 僕たちをぐるりと見渡した。

「おケイさん、今日はお店で車出したのでしょう? 自分たちはこじんまりと来たもんですから」

「あら、そうなの? ならいっそうちのお店に合流しちゃう?」

 腰をクネクネさせながらそんなことを言うおケイさんに、タカさんはやんわりとお断りをした。

「あら、そう残念。また後でねえ」

 と手のひらをヒラヒラさせながら去って行く。通りすがりにこちらへ一瞥をくれた。リリコさんのことを睨んだのかもしれない。

「見た? あの強引さ。あたしあの人苦手よ。DSの店やってるくせに自分はDにもSにも興味ないの」

「へー?」

「タカに興味があるのよ。あからさまに態度に出したりして、ああいうのホント品がないわ」

 リリコさんは、おケイさんの後ろ姿に向かって鼻にシワを寄せた。同じオネエ言葉を使っているが、リリコさんとはまた違うタイプの人だ。リリコさんには一本ピンとしたものがあって、あの人のよう他人に媚びたりは決してしない。

「まいったね」

 タカさんが苦笑いをする。

「今日は店非公式だけど。今みたいなこともあるし……やっぱり一通り挨拶して来ないとダメだな」

「二丁目でお店をするって、大変なんですねえ」

「大変なのはどんな仕事だって一緒だよ。ただちょっとだけ、付き合いを大事にしないといけないかもな」

 お店のイベントとして常連客を連れ、この台知久海岸に来ている人も多いのだとタカさんは言った。出張版の新宿二丁目みたいだ。夜の町のことはよくわからないが、どんな商売でも人との関わりを大事にしないといけないのはわかる。営業の仕事に例えるなら、客先との何気ない会話だって仕事の一部なのだと先輩に教わった。相手の会話の端々から何に興味がありそうか探れとか、媚びを売るのではなくサービスを売るのが自分たちの役割だとか。僕は未だにそういう仕事が出来ていないかもしれない。

 そんな思いを口すると、

「そんな風にずっと気を張り詰めていたら、疲れてしまうさ。自然とできる範囲のことをすればいいんだよ」

 タカさんが僕の肩に手を置いた。

「そうそう。一平くんはちょっと真面目過ぎるんだよなあ。ハメを外すのも必要じゃん。ぼくと一緒にビューティーパトロールに行こうよ。もしかしたら素敵なイケメンとの出会いが待ってるかも」

 ユウキが格好をつけて燃えるような太陽を指さす。ビューティーパトロールとは、この海岸のようにゲイが集っているスポットをイケンメンを探して歩き回ることだ。

「それって、あわよくばナンパされるかもっていう、典型的な待ち子の発想よね。自分から声もかけられないのにうっとうしいったらありゃしない」

 リリコさんはレジャーシートに体育座りをして、全身に日焼け止めオイルをすりすりし始めた。ふだんから気をつかっているので、白くてとてもキレイな肌だ。もちろん今日は女装をしていないので冴えない男丸出しだが、うしろ姿をパッと見たら女の人と思ってしまうかも。

「うるさいな。そういうリリコ姐さんは、カレシ欲しいとかいいながら、何も行動しようとしないじゃん。ただ座っているよりは可能性あると思うけどな」

 ユウキが口をとがらせた。

「ユウキと違って、ガツガツしてないだけよ。大人の余裕ね」

 本当にそうかな? と思う。男が欲しいとか、誰か面倒見てほしいとか口癖のように言っている割には、ユウキの言う通り口ばかりで、リリコさんの身の周りには男の気配が一切ない。女装してるときは華やかな分、近寄りがたいってのがあると思うけど、こうして男装姿のリリコさんはモテないことないと思うんだけどなあ……本人にカレシをつくるつもりがないように見える。


Chap.4-3へ続く

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